第二章 鉱山村へ

第29話 ツルハシ(聖剣)

 酒場で仕事の話をしてから数日が経った。

 すでにマオさんやユリウスはそれぞれ、自分の仕事を果たすために旅立っていた。

 一方の俺は館の部屋で鉱山に行くための準備をしていたのだが、それが思うように捗らなかった。



「鉱山を調べるって言ったらやっぱりツルハシとか準備した方が良いのか?」

「いや、大剣これがあれば大丈夫だろう」



 まさか大剣で掘るつもりなのか……。


 エレンの怪力で鉱山の壁を攻撃……。

 鉱山が崩壊しないか、それ? どう考えても俺たち自身も危険だよな?



「いや、それはだめだ! 鍛冶師にツルハシを何本か作らせるからそれが出来るまで待っておけ」

「……大丈夫なんだがな」



 どこかエレンは不服そうだったが、それでも渋々頷いてくれる。

 すると、部屋の扉がノックされる。



「ライル様、今よろしいでしょうか?」



 扉の向こうからルーの申し訳なさそうな声が聞こえる。



「あぁ、全然問題ない。入ってくれ」

「はい……」



 ルーが入ってくる。

 彼女の格好はこの領地に来たときと同じで白いローブをしっかり着込んで、手には数冊の本を抱えていた。



「えっと、どうしたんだ、その格好は?」

「ライル様、私も鉱山の探索を手伝います!」

「いや、さすがに鉱山内は危険だぞ? 何が出てくるかが全くわからないし、どんな危険があるかわからない。そんなところに連れて行くわけには――」

「いえ、だからこそ付いていくんですよ。危険な場所なら私の回復魔法が役に立つと思います。それにこう見えても私、いろんな知識がありますよ!」



 本を見せながらなんとかしていっしょに付いてこようとするルー。



「そうだな、ルーには付いてきてもらった方が良いかもしれないな。戦闘は私が居ればどうにかなるのだから……」



 確かにエレンの言うことも一理あるか。

 戦闘は彼女に任せて、他の冒険者達に鉱山を少し掘ってもらったりして、出てきた物をルーに調べてもらう。

 これが一番捗りそうだな。



「わかったよ。ただ、本当に危険な場所だから十分注意だけはしてくれ」

「はいっ、わかりました!」



 嬉しそうに笑みを見せてくるルー。


 これから危険なところにいくのになんで嬉しそうなんだろうか……。



「あっ、お弁当とかいりますか? 私が準備しますけど」

「現地調達で良いんじゃないか? とりあえず焼けば食える」



 エレンのその言葉で俺はオークの丸焼きを食ったときのことを思い出した。

 そして、ルーの手を掴み、全力で頼み込む。



「大変かもしれないが、なんとか全員分の弁当を準備してくれ! 俺たちが無事に鉱山の探索が出来るかはルーにかかってるんだ!」

「わ、わかりました! が、頑張って作らせていただきます」

「そうだな。美味い料理が食えるに越したことはないからな。なんだったら私が素材を取ってきて――」

「これで……、これでナーチの店から食材を買ってきて作ってくれ! 足りなかったらまた言ってくれたら良いからな」



 俺は自分の財布から適当に銀貨を取り出してルーに手渡す。



「えっと、こんなに使わないと思いますが、わかりました。腕によりをかけて作らせていただきます」



 お金を受け取ったルーが部屋から出て行くとエレンが不服そうに口を尖らせながら言ってくる。



「もしかしてライルは私のことが嫌いなのか?」

「いや、そんなことはないぞ?」



 ただ、エレンの作ってくれた料理に良い思い出がないだけだからな。



「そうなのか……? で、でもさっきは嫌がっていたじゃないか」

「エレンのことを嫌がるはずないだろう。いつもエレンには感謝してるよ」

「そ、そうか……。そ、それならいいんだけどな……」



 エレンが頬を緩ませて顔を背けていた。



「さて、それじゃあ俺たちも鍛冶師の所に行くか。もしかすると頼んでいたツルハシが出来ているかもしれないからな」

「あっ、ら、ライル、待ってくれ」



 俺が部屋から出て行くとエレンが慌ててその後を追いかけてくる。



 ◇



「領主様、お待ちしておりました。頼まれていたツルハシ、出来てますよ」



 鍛冶屋へと行くとすぐに鍛冶師の男が近付いてくる。

 ただ、渡してきたツルハシにはおかしな部分があり、俺は苦笑を浮かべながら聞いてみる。



「どうしてツルハシは薄緑色をしているんだ?」

「それはもちろん魔物の素材を使っているからですよ」



 実際にツルハシを握ってみるとわずかばかりに輝き出す。



「どうしてこのツルハシは光っているんだ?」

「勇者様……、いえ、ハンナさんが精霊を宿されたからです」



 どうして武器でもないツルハシを聖剣化させようとしているんだ……。


 思わず俺はため息を吐く。



「まぁいいか。これは普通にツルハシとして使えるんだよな?」

「もちろんです。むしろこの方が使いやすいと思います」



 実際にツルハシを持った感覚は確かに軽くて使いやすそうに思えた。

 この聖剣化されたツルハシが三本と普通のツルハシが三本の計六本を鍛冶師から受け取る。


 ただ、聖剣化されているなら威力が上がっているんだよな?

 誰に持たせるかは考える必要がありそうだ。


 まぁ、まだ聖剣と言うには出来が悪い物なのでそこまで気にする必要はないか?



「なぁ、ライル。私も軽く使わせてもらっても良いか?」

「そうだな……、試すなら外に出た方がいいな」



 最悪を考えると流石にここで試してもらうということはできない。



「助かったよ。それじゃあ俺たちは行くからな」

「はい、領主様、お気をつけて……」



 鍛治師に見送られて俺たちは町の外へと出て行く。



 ◇



「まぁ、ここだったら何かあっても大丈夫かな?」



 町がだいぶ小さく見えるところまで離れると俺はようやく安心してエレンに聖剣化したツルハシを渡す。



「何もここまで離れなくても良かったんじゃないか?」



 周りに草木しかない草原のど真ん中。

 ここなら万に一つ、エレンがとんでもない攻撃をしたとしてもトラブルになることはないだろう。



「いや、聖剣がどれほどの力を持ってるのかわからないからな。一応危険がないか俺も先に試してみる。そのあとエレンも使ってみてくれ」



 俺はツルハシを構えると思いっきり地面に振り下ろしてみる。

 すると、ツルハシは簡単に地面に刺さっていた。


 あまり力を入れずに掘れるようだ。

 これは確かに重宝するかもしれないな。



「よし、それなら次は私の番だな」



 エレンも俺と同じようにツルハシを構える。

 その瞬間にツルハシが色濃く光りだす。



 あっ、これまずいやつじゃないのか?



「お、おい、エレン……。様子が変だ、手を止めてくれ」



 そのまま力の限りツルハシを振り下ろそうとしてるエレンに告げる。

 ただ、その制止は間に合わず、エレンの振り下ろしたツルハシが地面に刺さる。


 その瞬間に凄まじい音を響かせて、地面にぽっかりと穴が開く。


 そして、それと同時にエレンが持っていたツルハシが砕け散っていた。



「ふむ、威力はなかなかだが、耐久性に難ありだな。まだ強化の必要があるな……」



 それを見た俺はため息混じりにいう。



「とりあえずエレンは普通のツルハシを使ってくれ……」

「ど、どうしてだ! 魔物を倒すならより強い武器が……」

「これは魔物を倒す武器じゃないぞ……」

「そういえばそうだったな……」



 しみじみと頷くエレンに俺は苦笑を浮かべる以上のことはできなかった。



「ら、ライル、大丈夫!?」



 慌てた様子のハンナや町の護衛に残ってくれている領民たちが武器を手にやってくる。



「もしかして今の音を聞いてきたのか?」

「うん。今の音、とてつもない魔物が現れたんじゃないかな? ボク達で相手になるかはわからないけど、マオさんが戻ってくるまではここの領地を守るって言ったから……」

「それはなんというか……すまん」



 エレンが頭を下げる。

 それを見てキョトンとしてるハンナ達に詳しい事情を説明する。



「そっか……、確かに聖剣には使う人の力が強ければ威力を増すという効果があるよ。もしかするとエレンがすごく強いからここまで威力を発揮したのかも」

「でも、未完成の聖剣じゃないのか? しかもツルハシだし……」

「うん、そうだよ。少しでも掘るのが楽になればって思って付与したんだけど……。本物ほどの効果も出ないし……」



 つまり本物の聖剣をエレンが持つと……。なんだか恐ろしいことになりそうだな。



「とりあえずエレンは俺が普通の武器を支給するから下手な聖剣を持つんじゃないぞ!」

「ライルが私のために……!? も、もちろんだ。ライルが準備してくれるなら私はその武器を使うぞ!」



 嬉しそうな表情を見せるエレン。

 とりあえずこれで味方も巻き込みそうなほど高威力の攻撃を突然エレンがすることはなくなるだろう。


 俺は心の中でホッとため息を吐いていた。



 ◇■◇■◇■



「ユースリッグ様、ユースリッグ様はおられますか!?」



 白髪交じりの初老の男が大慌てで扉を叩く。

 すると中からめんどくさそうな声が聞こえる。



「なんだ、セバス。私は今、書類整理で忙しいんだ!」

「それが、住民たちが給料を上げろと騒いでおりまして……。兵士たちに鎮圧はさせますが、もういつまで抑えられるか……」

「そうは言っても我が領にこれ以上奴らに渡す金はないぞ! いや、ちょっと待て……。おい、セバス、入ってこい!」

「はっ」



 セバスと呼ばれた男が部屋の中に入ると体つきがよく、モノクルをつけた中年のユースリッグが地図を広げてみていた。



「たしかここに鉱山があったよな?」

「はい、しかし、そこはお隣のアーレンツ様の領土ではないでしょうか?」

「いや、この地図は大雑把でここは領地の境目にある。実はこの鉱山が我が領地・・・・の中にあってもおかしくないだろう?」



 ニヤリとユースリッグが微笑む。

 つまり、これを機にこの鉱山を我が領土にしてしまおうということのようだ。



「し、しかし、このように地図に描かれてしまっていては言い訳のしようがないのでは?」

「いや、大丈夫だ! ちょっと大臣に地図が間違っている・・・・・・・・・ことを伝えればどうにかしてくれるであろう。セバスは住民たちをそこの鉱山に送り込め。鉱石を多くとればその分だけ金をやるぞって伝えろ。取り分は……五パーセントもあれば十分だろう。それで寝る間も惜しんで働かせて稼がせろ!」

「はっ、かしこまりました。ではそのように手配させていただきます」

「あと、王都行きの馬車も準備しろ。私が自ら大臣と話をしてくる。あとのことは任せたぞ?」

「かしこまりました。ではすぐに準備させていただきます」



 セバスは頭を下げたあと、住民たちの中でも屈強な者を厳選して、鉱山へ行くように伝える。



「おいおい、そんな安い金で危険な鉱山に行けっていうのか?」

「もちろん道具は支給されるんだろうな? もちろん移動の馬車も」

「そんなものはありません。これは領主様のご命令です。嫌なら出て行ってもらっても構わないんですよ? その際は盗賊として王都に報告しますが」

「くっ……」



 男たちは唇を噛み締め、渋々鉱山に行くための準備を始めていた。

 それを見届けると今度は馬車の方を手配する。



「店主はいますか?」

「なんでございますか?」



 店の奥から運送屋の店主が顔を出してくる。



「領主様の馬車をお願いします」

「あ、あの金で出来たやつを使うのですか?」

「……お願いします」

「か、かしこまりました! すぐに準備いたします」



 大慌てで馬車の準備を始める店主を見てセバスは大きくため息を吐いた。

 ユースリッグ様のご命令で働かせてもらっていますが、このままだとこの領地は長くないんじゃないでしょうか?

 それなら次に仕えるべきお方を早めに探す必要があるかもしれませんね……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る