第28話 次の目的へ

 ようやく脅威が去ってくれた。

 俺はホッと安心しながら去っていくライゼンたちを眺めていた。



「これで問題は解決かな」

「そうだな。ライルのおかげだ、本当に助かった」



 マオさんが頭を下げてくる。



「いや、結局ユリウスに頼る形になってしまったし……」

「でも、僕もここにいるみんなもライルがいなかったらこの地にも来てなかったよ? みんなを集める理由になったんだからもっと誇ってくれたらいいんだよ……」



 ユリウスがポツリ呟く。

 そして、そのまま俺の背中にもたれ付いてくる。



「疲れた……。家までよろねー」

「はぁ……、わかったよ。それじゃあ俺たちは先に行くよ。みんなもありがとう」



 俺はユリウスを担ぐとそのまま彼を家へと運んでいく。



 ◇



「ありがとうね……」



 いつものようにクッションに抱きつくとユリウスが改めてお礼を言ってくる。



「それを言うなら俺の方が助かったよ」

「それにしても書類仕事をすると言いながら魔族の核心部分が書かれた紙を押さえるなんてライルもやるね……」

「えっ?」

「僕が書類を触ってる限り魔族に異変があったらすぐに判断が出来るようになるよ。これでこの領地の問題が一つ、完全に解決されたね。もう魔族領地は脅威にはならないよ。必要な職業があれば魔族の方で募集をかけても良いかもね」

「そ、そっか……」



 必死に今の危機を逃れることしか考えてなかったけど、よく考えるとそうなるんだな。



「あとはやっぱりこの領地の資金だね。一撃で資金を集めることが出来る聖剣作りを継続しながら、定期的にお金を稼げる何かを見つけないといけないね。聖剣作りは鍛冶師の腕を上げるか、もっと腕の良い鍛冶師を見つけ出すこと。定期的なお金稼ぎは今の何もない領地だと思いつかないね。ところでライル、この地図を見てくれるか?」



 ユリウスがいつの間に持ってきたのか、この領地の地図を広げていた。

 まぁ大雑把なもので北の未開の大森林が全て俺の領土になっていたりするものだった。


 でも、ユリウスが言いたいのはそこではないようだった。



「これだよ。ここはライルの領地で間違いないか?」



 ちょうど隣の貴族、ユースリッグ領との境目だった。鉱山と書かれているのか?

 ただ、ユリウスが指さしている場所は俺の領地内に入っている。


 無駄に領地の広さだけはあるんだよな……。本当に。俺自身が把握できないほどに――。



「間違いないぞ。そこは俺の領地内だ」

「そうだね。……うん、それならもしかしたら……」



 ユリウスが何か考え事をする。それを不思議に思いながら俺は彼を眺めていた。



 ◇



 それから数日後、突然俺はユリウスに呼び出された。

 大急ぎで彼の家へと向かうとそこにはマオさんの姿もあった。



「ユリウス、今日はどうしたんだ?」

「……本当にこの書類だけで忙しくなっていたの?」



 ユリウスの手元には十枚ほどの紙が置かれていた。

 それを遠目で見たら『給料の支払いの許可』という文字が見えたので確かに重要そうな書類だった。



「い、いや、我のときは必要なものから要らないものまでかなり多数の書類が混じっておったぞ?」

「つまり、これを仕分けた魔族がいるということだね……。これからを考えるとその人物……欲しいかな。でも、先にお金を安定させる方が先決になるか……。よし、それならライル、今晩魔王酒場に領民全員集めてくれないか? 打ち合わせがしたい」

「それはいいが……、どうして酒場なんだ?」



 打ち合わせをするなら俺の館とか色々な場所があるのに……。



「それはもちろん、堅苦しい打ち合わせより飲み食いをしながらした方が気が楽でしょ? あっ、もちろん支払いはライルね」



 ユリウスがにっこりと微笑む。

 まぁそのくらいの金ならあるだろうが――。



「これから金が必要になるんじゃないのか? それなのにここで使う必要が……あるんだな?」



 ユリウスの表情を見て、俺は何か考えがあってのことだと確信した。

 それにこの領地の金のことも彼が一番知っているのだから、破産するような無茶なことはしないだろう。



「あっ、でも、ライルも覚悟しておいてね。僕の策が失敗したらこの領地はかなり窮地に立たされることになるから。もちろん、そうならないように動くけど……」

「あぁ、わかったよ。ユリウスを信じるぞ。マオさん、全員分の料理を準備してくれるか?」

「もちろんだ。むしろ毎日ほぼ全員がやってくるからな」



 いまだに娯楽らしい娯楽が少ないからか、マオさんの酒場は連日大盛況だった。



「これで準備は大丈夫だね。あとはライル、僕はこの領地を少し空けると思うから何かあったら君の思うとおりに動いてね。余計なことを言うより、多分その方が上手くいくから……」

「……わかったよ」



 意味深な言葉を残していくユリウス。

 俺らしく……、つまり、何があっても領民を信じて守っていけば良いんだな。

 絶対に無理をさせずに、しっかりとした待遇で――。


 俺達が頷くとユリウスは嬉しそうに微笑む。

 そして、これからすることを説明してもらった。そして――。



「あと、もう一つお願いがあった……」

「なんだ?」

「僕を酒場までおぶっていって……」



 真面目な雰囲気だと思っていたのに、その言葉を聞いて俺は思わずため息が出てしまった。



「わかった……。おぶれば良いんだな?」

「いや、ライルに頼むようなことじゃないだろう。我に任せておけ。その間にライルは領民の方を頼む」



 マオさんがにやりと微笑む。

 そして、ユリウスの体を片手でつまみ上げてそのまま酒場へと運んで行ってしまう。



「あ、あれっ、こ、これは僕が思っていたのと違うよ……。わわっ、落ちる、落ちる……」



 悲鳴を聞き流しながら去って行くマオさんを見送った後、俺は領民一人一人に声を掛けていった。





「みんな、よく集まってくれた。これから大事な話をしようと思う。ただ、堅苦しいのは嫌だろうから、適当に飲み食いをしながら耳を傾けてくれ。今夜は俺のおごりだから」



 それを聞いた瞬間に歓声が酒場の中をこだまする。



「これでいいんだな?」

「うん、もちろんだよ。つかみは大丈夫。あとは仕事のことを頼んでいってね」



 ユリウスがクッションをしっかり抱きしめながら俺の耳元で呟く。

 少し緊張するものの俺は一度息を呑んだ後、もう一度話しかける。



「突然のことなんだけど、これから何人か領地を離れた仕事を任せたい。もちろん嫌なら断ってくれても良い」



 場の空気が一瞬で固まる。


 やっぱりいきなりよその領地に行ってくれなんてことは嫌だよな……。


 でもこの領地のために仕方ないことだと心が痛みながら話を続けようとする。


 するとそんなぴりついた空気の中、マオさんとエレンは相も変わらず酒を飲み続けていた。



「んっ? どうしたんだ、みんな。せっかくライルのおごりなんだ。飲まないと損だぞ?」

「そうだな。それにライルが無茶な頼みをしてくるとは我には思えん。だから安心して破産させるつもりで飲み食いしてやると良いぞ」



 二人は笑いながらもテーブルに置かれた料理を食べていく。

 それを見た領民達はお互いを見合って、ゆっくり料理を食べ始め和やかな雰囲気になっていった。


 それを見て、俺は二人に対して軽く頭を下げる。

 するとエレンがそれに気づき、手に持っていた酒樽を軽くあげて反応してくれた。


 そして、改めて俺は仕事の内容について話し出す。



「まずはユリウスだな。王都に行くんだな?」

「うん、少しすることがあるんだよ……。だからナーチ、移動の方よろしくね」

「うにゃ、わかったにゃ。馬車の手配は任せて欲しいにゃ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。配達なら俺がやるが?」



 小さく手を上げたのはこの領地の運搬を任せている元神官だった。



「いや、君には別の仕事を任せたい。少し危険もあるだろうし強要は出来ないのだが」

「大丈夫だ! それがこの領地のためになるのなら!」



 神官はすぐに頷いてくれた。

 それを見た後に周りの皆を見回す。



「他の皆にも同様に危険な仕事を任せることになる。もちろん断ってくれてもいい。ただ、怪我をしないように最大限の配慮をする。装備も新調してくれてかまわない。旅の間の宿代も移動の馬車も当然俺が代金を持つ。高くなっても良いから好きな宿に泊まってくれ。それにそんな危険な仕事をしてもらうんだ。給料はいつもより多く払うし、それにもし万が一怪我でもした場合はその治療やその間の給料も全額保証する。だからそれでもしてくれるという人物がいるなら……名乗り上げてくれると助かる」



 一瞬静かになった後、今日一番の大歓声があがる。



「ま、まじか!! 給料上乗せの上に装備品を新調して良いのか?」

「い、移動を馬車でして良いのか!?」

「高級宿……、俺、泊まったことないんだよな……」



 その歓声を聞いて俺はホッとため息を吐いた。



「それじゃあ、仕事の内容だがまずはユリウスの供について行ってくれる人だな。護衛も兼ねている。これを数人とあとはマオさんと一緒に魔族領に行ってもらう人だ。これは誰でも良いが……」

「ちょ、ちょっと待って! マオさん、魔族領に帰っちゃうの?」



 ハンナが悲しそうな表情をマオさんに向ける。



「いや、どうしても我でないと出来ない仕事があるのでな。少し出向かないといけない。もちろんハンナにはその間、この酒場を守ってもらいたいのだがどうだ?」



 マオさんがハンナの手をギュッと握ると彼女の顔は真っ赤に染まる。



「も、も、もちろんです! マオさんが戻ってくるまでしっかりこの酒場は守って見せます!」



 手を握り返すとハンナは何度も頷いていた。





「それでは話は戻すが、マオさんと魔族領に行ってもらう人とあとはこの領地内にある鉱山の調査だ。これは何が起こるかわからない。俺も一緒に出向くが、万が一のことを考えるとエレンと他に数人来て欲しい。そして、最後にはこの領地に残ってくれるもの達だ。魔族から襲われることがなくなったとはいえ、まだまだ危険は残っている。万が一のことを考えてしっかりと装備を調えておいて欲しい。急で悪いが、数日後には俺も出発する。危険が嫌なら別の領地へ移り住む手配もするが――」



 俺の言葉を遮るように更に領民達の歓声が上がる。



「ま、まじか!! ここに残っても装備を調えて良いのか!?」

「ここに来ると決めた時点で危険なことはわかっていたからな。それに領主様のことだから俺たちのことを考えて行動してくれてるに違いない!」

「俺は行くぞ! 俺に出来る仕事を持ってこーい!」

「あっ、ずるいぞ! 俺もだ、俺も行く!」



 周りからどんどんと手が挙がっていき、俺はホッとしていた。

 危険な仕事で、しかも遠方。

 嫌がる人が多数いるのはわかっていた。


 そんなことを任せるなんて、ホワイトな領地を心掛けていた俺にとっては苦肉の策でもあった。

 でも、そんなこと関係なしに領民達は俺のことを信用してくれたようだ。



「この結果も今までライルが作り上げてきた信頼のおかげだよ」



 ユリウスが微笑みながら答えると俺は嬉しくなって一度頷いた。



「それじゃあ誰に来てもらうのが一番危険がないか考えてまた言わせてもらう。ただ、これだけは言っておくが、大変な仕事だからこそ、しっかりと休んでくれ! 絶対に無茶だけはするな! それだけは俺が許さないからな!」

「おぉー!」



 手を突き上げる領民達。


 そして、話が終わると皆朝まで飲み食いを楽しんでいた。最後にマオさんから受け取った請求書はさすがにとんでもない金額だったが、それでも皆が俺を信用して付いてきてくれると知ることが出来たので、安いものかなと考えるようにする。


 引きつった笑みは浮かべてはいたが――。

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