第27話 説得
「もうすぐ魔王様のおられる領地だ! 絶対に魔王様にだけは攻撃するなよ」
魔王軍ライゼンが大声を上げると、魔族兵が声をあげる。
「ライゼン様、あのボロボロの木の柵で覆われた町でしょうか?」
「そうだ! あそこが目的地だ!」
「では早速火の魔法を――」
魔族兵が魔法を使おうとするので、ライゼンが慌ててそれを止める。
「バカ! いきなり何をするんだ!」
「ですからあの領地を襲うんですよね?」
「だからまだあの領地には魔王様が居るんだ。いきなり滅ぼしては魔王様を怒らせかねないだろう。だからまずは魔王様と合流してそれから滅ぼすんだ」
部下の脳筋具合にライゼンはため息を吐いていた。
元々魔族では力こそ全て。力があるものが上の地位に就くことが出来る構造になっていた。
「お前たちもまずは私の指示に従え! とにかく魔王様をお探しするんだ!」
「はっ!」
一同の号令を聞いたあと、ライゼン達は町の方へ向かって進んでいく。
すると町の入り口で数人、ライゼン達の前に立ち塞がるものたちがいた。
ただ、そのうちの一人にはとても既視感がある。
「ま、魔王様……、よくぞご無事で……」
ライゼン達魔族軍は一同跪いて、頭を垂れていた。
◇■◇■◇■
「ライゼン、お前どうしてここに来たんだ!」
マオさんは跪く魔族に対して怒りをあらわにする。
「魔王様のお仕事を手伝うためにございます」
「では我のここでの仕事を答えてみよ!」
「もちろんこの領地を滅ぼして我が領地にするために――」
「……違う」
意気揚々と話すライゼンと呼ばれた魔族。
しかし、マオさんは怒りの籠もった低い声で答えていた。
「で、では、この人間達を奴隷にして――」
「……違う」
「ではでは、この下等生物どもで何かの実験を――」
「…………違う」
マオさんがだんだん苛ついてきているのがわかる。
腕を組み、足踏みをしている。
「も、申し訳ありません。わ、私にはこの程度のことしか思いつかなくて――。で、ですが、今一度魔族領にお戻りいただけませんか? 我々には出来ない仕事が溜まっておりまして――」
「……そういう所だ。とにかく我にしかできない仕事が溜まっているというなら、それを持ってここに来い!」
マオさんは自分が言いたいことをはっきりと言った。
するとライゼンはゆっくりと顔を上げて、突然笑い出す。
「ふふふっ、そういうことですか……。魔王様はご乱心になったのですね、そこにいる人間に誑かされて……。わかりました、私ライゼンが魔王様を元に戻して見せます」
俺を睨みつけてくるライゼン。
そのまま真っ直ぐ走り出して、殴りかかってくる。
「ライル、下がれ!」
エレンが俺の前に立ち塞がり、剣でライゼンの拳を受け止める。
「くっ……」
「なるほど、これほどの人間が居ようとは……。魔王様が苦労するわけだ。だが、私と魔王様、二人の力を合わせたら勝てぬ相手ではない。魔王様、お力を……」
ライゼンがマオさんの方に視線を向ける。
マオさんは肩をふるわせて拳をギュッと握りしめていた。
そして、その拳をそのまま地面に振り下ろす。
すると地面に大きな穴が開き、俺たちもライゼン達も驚きのあまり口を開けてしまった。
「いい加減にしろ、ライゼン! この領地に手を出すことは我が許さん!」
「し、しかし、魔王様。あなたはこの者達に騙されて――」
「我は誰にも騙されておらん! 我の言うことが信じられないか?」
「い、いえ……、そ、そんなことは……」
「ならば我が言ったとおりに、我しか出来ぬ仕事とやらをここに持ってこい」
「そ、それがその……、魔王様のお部屋は現在大量の書類により、どれが必要なものかすらわからない状態でして、一度魔王様に見ていただかないとその……、魔族達の給金はおろか、休みの許可や、税の徴収すらままならない状態なんです。だから魔王様――」
ライゼンが今にも泣きそうになりながら必死にマオさんのことを説得していた。
しかし、マオさんが難色を示している理由もわかる。
今までマオさんは無理矢理働かされていた。
その理由がまともに仕事が出来る人物がマオさんしかいなかった……ということだろう。
あれっ? これってもしかして簡単に解決できないだろうか?
要するにマオさんしかできないものだけは彼に任せて、後の仕事が出来る人物さえいれば良いってことだよな?
「マオさん……?」
「あぁ、ライルの言いたいことはよくわかる。でも魔族軍の中に書類を任せられるやつはいないだろう。我以外は――。ただ、安売りの書類とか本当に要らないものだけでも分けられるやつがいたら……と思ったんだが、まさかここまで強硬手段に出てくるとはな。これは我のミスだ。奴らにはきつく言って聞かせておく」
マオさんがグッと拳を握りしめると魔族軍の中から「ひっ……」と小さく悲鳴が上がっていた。
「それなら簡単に解決できるかもしれんぞ?」
「う、嘘だろう? 我がずっと悩んできた難問だぞ。一体どうやって……魔族の誰が我の代わりに書類仕事をしてくれるというんだ?」
「別にする人が魔族じゃなくても良いんだな……。まだ本人の許可を得てないからわからんが、でも彼なら――」
「そうか……、大賢者がこの領地には居るんだったな」
「あぁ……、さすがにマオさんが絶対に見ないといけないものまでは出来ないが、それ以外なら完璧にこなしてくれそうだぞ」
「ふむ……、それなら確かに……」
「ま、魔王様、どういうことでございましょうか? 私には一切何のことか……」
ライゼンが困惑した様子のままマオさんに確認してくる。
「喜べ、ライゼン。我の願いとそなた達の望み、両方叶う手段があるやもしれん」
「それは一体どういう方法――」
「はぁ……、それは僕から説明するよ」
ユリウスのため息交じりの声が聞こえてくる。
でも、彼は家から出ない。こんな所から聞こえてくるはずないのだが、どういうことだろうか?
声のした方を振り向くと皆を避難させに向かったはずのハンナがユリウスを担いでいた。そして、その隣には彼女の剣を持ち運んでいるルーの姿もある。
「はぁ……、はぁ……、ど、どうしてボクが――」
「ご、ごめんなさい……。私にもっと力があればよかったのだけど……」
「ううん、ルーが悪いわけじゃないよ。それもこれも全てはこのぐうたら大賢者が悪い!」
「そんな、これでも必死に仕事をしようとしてるのに……」
「それなら自分の足で歩いてしろー!」
「あ、あはははっ……」
乾いた笑みを浮かべるルーと喧嘩を始めるユリウスとハンナ。
ただ、かなり必死に運んできてくれたようでハンナは息を荒らげて顔は真っ赤になっていた。
「まぁ、ハンナのことは置いておいて……。やっぱりこういう結末になると思ってたよ……。出来れば僕が働かなくて良い別の結末になって欲しかったけど――」
ユリウスは諦め混じりのため息をもう一度吐いていた。
そして、俺の前まで来るとハンナの背中から降りていた。
「ライル、君が頼みたいことはわかった。魔王が確認しないといけないもの以外の書類仕事は僕に任せたいってことだね?」
「あぁ、もちろん、今まで通り家の中から出なくて良い。それは俺が保証する。だからどうだろうか?」
「……まぁそのくらいなら片手間に出来るからね。ライルの頼みなら仕方ない。給料ももらっているわけだし、そのくらいの仕事はさせてもらうよ」
よし、これで説得の材料は全て調ったことになる。
俺はまだ困惑した様子のライゼンを含めた魔族軍に伝える。
「このまま俺たちの領地を襲わずに帰ってくれるなら、マオさんに届いている書類仕事はこのユリウスが全てこなしてくれる。ただ、もしそれでも襲ってくるようならここに居る魔王、勇者、大賢者、聖女、Sランク冒険者の全員で相手にするがどうだろうか?」
睨みを利かせるマオさん。
エレンも嬉しそうに剣を魔族に向けている。
大賢者はうつらうつらして今にも寝そうだった。
ルーは慌てふためき、俺の後ろに隠れて顔だけ魔族の方に覗かせている。
ハンナは膝に手をついて、必死に息を整えていた。
うん、まともに戦えそうなのはマオさんとエレンだけだな……。
結局状況自体は変わっていないもののライゼンは少し考える素振りを見せていた。
「ほ、本当に書類が片付くのか?」
「あぁ、色々な取り決め等はしないといけないだろうが、溜まっている書類くらいならあっさり片付くな」
それを聞いた魔族軍から歓声が上がっていた。
「こ、これで給料が貰える。ようやくまともな飯が食えるんだ!」
「わ、私も三十連勤から解放されるのね」
「グルルルルルゥゥゥゥ……」
「あぁ、お前の餌も買ってやれるぞ。もちろん経費でな」
完全に魔族軍は戦う気を失っていた。
もうこれは勝負があっただろう。
ライゼンはグッと唇を噛みながらも頭を下げていた。
「わかりました……。申し訳ありませんでした……」
悔しそうにしながらもそれだけ言うと魔族軍を率いてそのまま戻っていった。
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