第26話 淫夢と魔族軍
マオさんと二人、酒場の中に入ってくるとエレンが一人未だに酒を飲んでいた。
「この程度で酔い潰れてどうするんだ? 酒場の店員だったら一晩中飲み続けられて当然だろう!」
「ふぁ、ふぁい……」
顔色を赤くして、目を回しながらも更に酒を飲んでいこうとするミリム。
「こらこら、エレンと同じくらい酒が飲めると思うな!」
「うむ、ミリムはそこまで酒の強いやつじゃないからな」
マオさんが頷いてくる。するとエレンは少し驚いていた。
「でも、サキュバスと言っていなかったか? 男を虜にすることに特化した種族なんだし、酒のお酌も得意なんじゃないのか?」
「普通のサキュバスなら……な。計算高く男を落としてくるはずだが、まぁこいつの場合は向こうから勝手に言い寄ってくるんだ。……まぁ、体験してもらう方が早いか。ミリム、軽く能力を使って良いぞ」
「うぅ……、まだ目が回りますよー……」
ミリムはその場でゆっくり立ち上がる。
そして、彼女の体から淡いピンクの光が発せられる。
◇
一瞬くらんでしまうがすぐに目を開く。
特に何も変わった様子もない。
ミリムの虜になるような魅了系の魔法かとも思ったが、別にそういったものでもなさそうだ。
「一体何が起こったんだ?」
首を傾げつつ自分の体を確かめる。
やはり何も変わっていないな……。
「マオさん、今のは何が起こったんだ?」
彼なら何か知っているかと思って聞こうとするがマオさんの姿はそこにはなかった。
「えっ? マオさん?」
周囲を見渡すがやはりマオさんの姿はない。今周りに居るのはエレンと……ルー!?
今日はいっしょに酒場へ来ていなかったはずなのにどうしてここにいるんだ?
「ライル様……」
どこか顔を赤らめて、ゆっくり俺の方に近付いてくる。
目の焦点が合っていないところを見ると熱があるのかもしれないな。
「ルー、体調が悪いなら今日は休むと良い」
「いえ、ライル様……、私――」
すぐ側に近付いてくるとそっと体をくっつけてくる。
「私、ライル様のことが――」
「待て! ライルは私のものだ!」
無理やり体を引っ張られる。
するとエレンもルーと同じように目の焦点があっておらず、頬を赤く染めていた。
「ら、ライル様は私のものですよ! え、エレンさんには渡しませんから」
「いや、私の方がライルに頼られている!」
言い争いを始める二人。
さすがにこれはおかしいと思わされる。
すると更に俺の肩が叩かれる。
こ、今度は誰だ!?
嫌な予感を抱きながら俺は振り向いてみる。
するとそこにはマオさんがエレン達と同じような表情を見せてきていた。
いや、マオさんだけではない。
ナーチやユリウス、ハンナ、他にもこの領地に来てくれた皆が同じような表情を見せながらゆらゆらと近付いてくる。
一体何が起こっているんだ……。
近付いてくる領民達に押しつぶされそうになりながら俺は意識を手放していた。
◇
「はっ、い、一体何が!?」
「おっ、もう戻ってきたのか。さすがライルだな」
目が覚めるとマオさんが感心したように頷いていた。
「えっと、ま、マオさん……だよな?」
「……? どういうことだ。我は見ての通り普通のマオさんだぞ?」
いつも通りのマオさんだったので俺は少しホッとしていた。
そして、改めて周りを見てみるとこの場にルーの姿はなく、エレンとハンナ、あとはミリムが居るだけだった。
「えへへっ、マオさん……」
「ライル……、今日はどこに狩りへ行こうか」
エレンとハンナは頬を緩ませて、心地よさそうに眠っていた。
一方のミリムは頬を緩ませて、口元に涎を垂らしながら恍惚の表情を見せていた。
「こ、これはなかなかの夢ですね……」
その表情を見て、俺はようやくミリムの力について理解する。
「つまり、淫夢を見せる能力か……」
「あぁ、そのものが最も好意を寄せる相手が夢の中に登場するようだぞ。そして、ミリムはそれを糧にするんだ。まぁ精だけではなくあぁやって本人自身も楽しんでいるんだけどな」
マオさんが少し呆れた表情をミリムに向けていた。
「そ、そんな、ひどいですよー、魔王様がやれって言ったんですよー」
「楽しめとは言ってないぞ?」
「それは私のサキュバスとしての本能がそうさせるだけですよー」
「まぁこういうやつだ。悪いやつではないし、悪いことをしても今みたいに夢を見せるだけだからな。意識を強く持てばライルみたいにすぐに戻ってこれるし……。それよりもミリム、ここでは我のことはマオさんと呼べ」
「えっと、魔王さん様ですか?」
「いや、マオさんだ!」
「わかりました、マオさん様」
「うむ、それでいい」
……いいんだ。
俺は二人のやりとりに苦笑しながらエレンたちが目覚めるのを待っていた。
◇
「あ、あれっ、私は一体?」
しばらくするとエレンが目覚める。
「目が覚めたか? 体調は大丈夫か?」
「あ、あぁ……、大丈夫……。ってライル!? そ、その、わ、私は――」
顔を真っ赤にして慌て出すエレン。
彼女がそんな姿を見せると言うことはよほどすごい夢を見ていたのだろうな。
俺は苦笑を浮かべながらミリムの力のことを説明する。
「さっきまでの出来事は全部ミリムのサキュバスとしての能力だぞ?」
「えっ? そ、そういえば、さっきのライルは雰囲気がどこか変だったな……。そ、そうか……、あぁ、そうだよな。うん、私は全部わかっていたぞ……」
ようやく事態を飲み込めたエレンは何度も頷きながら頭の中を整理しようとしていた。
その間にハンナの方も目覚めたが、彼女は目が覚めた後もどこかぼんやりとしている様子だった。
「マオさんと酒場の経営か……。うん、勇者として働くよりよっぽど良いよね……」
やはり先ほどの淫夢の余韻がまだ残っているようだった。
俺は再びエレンにした説明を繰り返しハンナにもすることになった。
◇
「それにしてもここまですごい能力を持っているとは思わなかったぞ」
俺は改めてミリムのことを見直していた。
うまく彼女を使う人物がいたらこの領地は全滅していたんじゃないだろうかというほどの力だった。
ただ、マオさんは苦笑を浮かべながら答える。
「いや、これを使っている間はミリム自身も動けないことと敵味方関係なく全ての人物に掛けてしまうこと、あとはライルみたいにあっさり抜け出してくる人物もいるから案外使いどころは難しいんだ」
「前にマオさん様が忙しそうにしていたときに間違って使ってしまって、すごく怒られてしまいました……」
「当たり前だろ! あのときは徹夜何日目だったと――。いや、過去のことを今更言っても仕方ないな。とにかくここにいる間はこの能力は使わせないようにするから安心してくれ」
「そうだな……」
そのままマオさんの言葉に頷きかけたが、よく考えるとぐっすり自分の好きな夢を見ることが出来るのは仕事になるんじゃないだろうか?
「もしこの能力を使ってする仕事があると言えばミリムはしたいか?」
「私は魔王様……、いえ、マオさん様のお手伝いをするために来ましたので!」
「そうか……」
本人がやりたがっていないなら無理に勧めることでもないな。
俺は苦笑混じりの笑みを浮かべるミリムを眺めていた。
◇
そして、ミリムがこの領地にやってきてから数日が過ぎた。
その間は鍛冶師の調子を伺ったり、マオさんの酒場の様子を覗ったり、領内を見て回ったりと平和な日々を過ごしていた。
しかしある日、眠ろうとしたタイミングでエレンが起こしに来る。
「ライル、大変だ!」
「な、何かあったのか!?」
慌てて飛び起きるとエレンとマオさん、さらにはハンナの姿もあった。
「魔族が大軍で攻めてきた。もう遠目で姿を確認できるほどだ!」
いや目で確認できると言われても俺には真っ暗にしか見えないのだが……。
ただ、エレンの言うことなので間違いないのだろう。
「わかった。エレン、こんな時間に悪いが手を貸してもらっても良いか?」
「もちろんだ!」
エレンがすぐに頷いてくれたので俺は少しホッとしていた。
「マオさん達はどうですか?」
「今回の件は我が招いたことだ。もちろん力を貸そう」
「ぼ、ボクもちょっと怖いけど、マオさんを奪い取ろうとする相手は倒してしまうよ!」
「いや、先に説得をした方が良いだろう。相手が魔族なら我が話せばわかってくれるはずだ」
「そ、そうだね……。うん、それじゃあボクは何をしようか……」
ハンナは確かに勇者だが、実力的にはここにいる護衛や魔物狩りの面々と同程度か少し劣るほどだった。
ただ、この場にいるからこそ頼めることもある。
「ハンナは町の人を安全なところ……と言ってもあまりないか。この館に集めてくれないか? そして、護衛の人らと協力してここの死守に努めてくれ!」
「うん、わかったよ! とりあえずすぐに行ってくるね!」
ハンナは慌てて飛び出していった。
それを見送った後、俺はどう対処をするか考える。
まずは正面を切って戦う案……。
これは論外だ。
いくらSランク冒険者のエレンと魔王であるマオさんがいるといっても相手は魔族軍。
倒せるかもしれないがこちらも被害が出る恐れがある。
それなら逃げるか?
それも論外だな。この領地を見捨てるなんてことをしたら俺を信じてこの領地に来てくれた人たちを裏切ることになってしまう。
そうなるとやはり説得するのが一番……ということになる。
ただ、今回は以前の神官長がやってきたときとは違い、最初から攻めてこようとしている相手に説得することになる。
相手の足を止めさせるには、やはりマオさんが姿を見せることが一番なんだよな……。
マオさんもそれを望んでるなら――。
でも、マオさんに仕事を押しつけてきた相手と言うことを考えればおそらくその説得は失敗するんだろうな……。
相手はマオさんに仕事を無理矢理させるためだけに来るわけだし……、それに魔族軍ということは魔物もいるかもしれない。
魔物達はさすがに言葉が通じないだろうし、倒さざるを得ないか。
「マオさん、魔族ってどうやって魔物を操ってるんだ?」
「あれは卵の時期から育ててるんだ。もちろん力が弱い者だと途中で殺される可能性があるがな……」
それならば、魔物を使ってる魔族を説得できさえすれば――。
「よし、わかった。それならまずは説得することから考えてみるか!」
「ライル……、感謝するぞ……」
マオさんが小声でお礼を言ってくる。
「ただ、説得できなかったときは……いいな?」
「もちろんだ。我もこの領地の人間を害しようとしているなら全力で抵抗するからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます