しあわせの淵

 気付いたらわたしは、不思議な場所にいた。

 温かな月の光が差す神社のようなところで、白い玉砂利が敷かれた広い空間で幼い子供たちに囲まれている。見た目は五歳から六歳くらい。黒髪おかっぱの女の子と、白髪おかっぱの男の子。朱色の髪を姫カットにした女の子と、金髪くせ毛の男の子。

 正直顔と髪型だけじゃ性別がわからないくらい全員可愛くて、男女の判別は着物を参考にした。これで異性の着物を着ていたらお手上げだ。

 子供たちは手まりを持っていたり折り鶴を持っていたり、紙製の凧を抱えていたりして、何だか時代劇の世界に迷い込んだかのよう。

 白い満月が頭上に輝く夜なのに視界は真昼のように良好で、子供たちの表情一つ、着物の柄一つまではっきり見える。遠景の森も、お社の建物も、全部。


『あそぼ』

『あそぼー』


 鈴のような可愛らしい声に誘われて、わたしは頷いた。

 双子っぽく見える白髪と黒髪の子に両手を引かれ、わたしは子供たちに神社の縁側みたいなところへ上げられた。勝手に上がっちゃっていいのかなって思っていたら、朱髪の子が『父様ててさまのだいじだからいいのよ』と言った。

 この子たちのお父さんが許可してくれてるってことなのかなと解釈して、靴を脱ぎ縁側の座布団に腰掛ける。するといつの間に用意したのか、金髪の子がお盆にお茶とお菓子を持って傍に膝をついた。


『あげる』

『たべていいよ』


 いいの? と改めて訊くと、子供たちは『たべてー』『おいしいよ』『ぼくたちのおきにいり』『おいしいよ』と口々に薦めてきた。

 きらきらした目に囲まれていりませんとは言えず、白いおまんじゅうを一口囓る。子供たちの言うとおり、本当に美味しかった。ふんわりとした食感も、ほのかな餡の甘さも、なめらかな舌触りも、優しい香りも、全てが絶妙で。美味しい以外の語彙が霧散してしまうほどに。

 うっとり味わっていると、子供たちが『おいし?』って訊いてきたので、わたしは満面の笑みで頷いた。


『よかったー』

『おいしって』

『よかったね』

『おそろいだ』

『おいしいね』


 きゃらきゃら笑う子供たちも何だかうれしそうで、見ているだけで和む。

 お茶も頂きながら可愛いなあって癒されていたら、いつの間にか子供たちは髪色と同じ毛並みを持った子狐になっていた。でもわたしはそれをおかしいと思わなくて、寧ろやっと本当のお顔を見せてくれたってうれしくて。子供たちを順番に膝に乗せて小さいおててを握ったりふわふわの毛並みを撫でたりして、思い切り愛で尽くした。


父様ててしゃま


 どれくらいそうして遊んでいただろう。

 不意に金色の子が背後を見上げてそう言った。つられて振り向くと大きな黒い狐が此方に歩いてくるところで、わたしはお邪魔してますの意味を込めて小さくお辞儀をした。


『いらっしゃい。うちの子たちと遊んでくれてありがとうねえ』


 目を細めて言うその声に何となく覚えがある気がして、首を傾げる。

 いつか何処かで聞いたような、でも何だか頭がぼんやりとしていて思い出せない。子狐ちゃんたちは『あそんでる』『おててあったかいよー』とうれしそう。


『この子らが君の作るお菓子に夢中でね、会いたいってせがまれたもんだから。急に呼んじゃってごめんね』


 お菓子?

 もらいはしたけど、あげたことなんてあっただろうか。

 そう疑問に思って、記憶を辿って、思い至ったのが一つ。

 眩しくて温かいこの空間。神社のような建物と、小さな狐ちゃんたち。そして一際大きな狐のおじさま。おっとりとした優しい口調の、このは――――


『今度、この子たちにも作ってやってくれないかな。勿論、材料費はこっちが出す。ていうかいままでもそうするべきだったよねえ。気付かなくてごめんね』


 見上げるほど大きな狐が、しゅんと頭を下げて耳を垂れさせている。

 何だろう。用務員さんのときも、時々可愛い人だなって思ったことがあったけど、狐の姿だと破壊力が段違いだ。朱色のお化粧とかたくさんある太い尻尾とかは威厳があるのに、仕草が圧倒的に可愛い。

 わたしは不思議なくらいこの大きな黒い狐さんを用務員さんだと受け入れていて、年末の挨拶したばかりだけど会えてうれしいな、って気持ちでいっぱいだった。


『おいしいの、つくってくれるの?』

『くれるの?』


 まあ、喜んでもらえるなら吝かではないけど。狐って人間と同じもの食べて大丈夫なんだっけという疑問が湧いてくる。それとも普通の動物とは違うからいいのかな。いままで大丈夫だったなら大丈夫ってことでいいのかもだけど。

 何にせよ、作ること自体は全然なんてことない。寧ろこんな可愛い子たちが喜んでくれるなら本望だ。

 ふわふわのほっぺたをもちもちしながら、どんなお菓子がいいかななんてのんびり考えていたら、遠くで『ありがとうね』って優しい声がして――――気付いたら目を覚ましていた。


「……夢……?」


 なんてしあわせな夢だろう。

 ちっちゃくて可愛い子たちに囲まれて、あったかい縁側でじゃれ合って。それから大きくて可愛い狐さんにまで会っちゃって。

 いくら疲れて寝落ちしたからってこんな現実逃避しなくても。

 そう自分に呆れつつ立ち上がり、夕飯の支度をしようとキッチンに回り込んだ。


「うぇ!?」


 瞬間、斜め上にすっ飛んだ声が出て、自分の声にびっくりした。

 キッチンには、笠地蔵でしか見たことないような大量の食材が山と積まれていて、足の踏み場というか人の入る隙間がなかったのだ。まさか寝ているあいだに知らないお地蔵さんが来たわけじゃないだろうし、やっぱり夢の狐さんだよね、これ。

 スーパーの福引きが当たったプチラッキーどころじゃない。山が出来ている。


「え、と……ええっと、んと……取り敢えず、仕分けしようかな……うん」


 お米にお野菜、お塩にお味噌にお醤油。実家に帰省したときでさえこんなに大量の農作物を持ち帰ったりはしない。ていうかわたしの実家、別に農家じゃないしね。

 他には小麦粉やお砂糖、乳製品まであって、これだけあれば用務員さんのところにいた子たちの分を作っても充分どころか余るくらいだ。


「冬休みだけど、どうしよう……うちに神棚作って其処に祀る……?」


 さすがに冬休みにまでマスコミが張り込んでるなんてことはないだろうけど、でもネットの記事を見て学校を覗きに来る人くらいはいるかも知れない。部活は休み中も普通にあるし、部員狙いで来られる可能性はゼロじゃないよね。

 でもまあ、こんだけの食材を一ヶ月もない休みで使い切ることはないだろうから、練習も兼ねてありがたく休みのあいだのごはんにさせてもらおう。

 念のため常温で置いておけるお菓子も作って、寝るとき枕元に置いてみようかな。夢で会えたなら、夢枕的な効果でワンチャン届くかもだし。


 そうと決まれば、早速準備開始。

 百均や雑貨屋さんで大量に購入したラッピングや、キッチングッズ屋さんで新たに買ったクッキー型、チョコペンにチョコチップ。

 将来パティシエになりたくて勉強中の友人、愛純から教わった、授業の手順よりも簡単なクッキーを作る。学校の授業は、あくまで基本形。だからやろうと思えば短縮できる箇所も手順通りにやっているらしくて。わたしみたいに不器用で覚えることが多いと混乱するタイプは、もっと簡単なやり方のほうがいいんだって教えてくれた。炊飯器で作るもふもふパウンドケーキも彼女のレシピだ。

 料理も回数を重ねないと上手になれないんだから、お菓子作りだって「どうせ下手だから」なんて言ってらんない。人にあげるものを作るんだから、尚更。

 カカオとプレーンのクッキーを作って、ラッピングは五つ。リボンは、赤と黄色と白と黒。これは夢で見た狐ちゃんたち用。用務員さんは見ているとどうもピンク色が好きみたいだから、ピンクのリボンにした。

 そういえば最初のときも、ピンクのリボンをポケットにしまっていたっけ。

 子狐ちゃんたちは初回だから毛並みの色にしたけど、好きな色がわかったらそれにするのもいいかな。

 届けられなかったらそのときはそのときで。冬休み明けに改めて持っていこう。


「ちょっとは上達したんじゃない? どうだろ」


 写真に収めて、友人たちと作った鳥の巣――グループメッセージ機能の通称――に画像を添付して『調理実習のときと比べてどう?』と送ってみた。一番最初に既読をつけてくれたのは沙帆で、サムズアップしながら『いいね!』と言っているウサギのスタンプを送ってくれた。それから三十分くらい経って、愛純も『上達したね』ってメッセージに続けて『ワシが育てた』と渋い顔で腕組みをしている白猫のスタンプを送ってきた。愛純のスタンプは何処でこういうの見つけてくるんだろうっていうのが多くて、これもその一つだ。


『ありがとう! 自信になった!』


 二人に返信すると、帽子を目深に被ってニヒルに口元だけで微笑むトレンチコート姿の白猫が『いいってことよ』って言ってるスタンプを二人ほぼ同時に送ってきて、思わず「んふっ」て声が出た。

 沙帆もこれ持ってたんだ、って思ってたら愛純からスタンプのプレゼントがきた。もしやと思い開いて見たら、案の定。ハードボイルドキャットという名前のスタンプシリーズが一つ届いていた。

 折角なのでわたしもグラスを傾けながら『礼を言うぜ』と言ってる渋い顔の白猫を送る。するとまたさっきの『いいってことよ』が返ってきて、今度こそお腹を抱えて笑ってしまった。面白スタンプなのに汎用性高いってズルい。

 冬休みのあいだは友達ともあんまり会えなくなるし寂しいな、って思ってたのに、全然寂しさを感じる暇がない。なんてありがたいんだろう。


「わたし、恵まれすぎてるな……」


 ベッドに横になって、今し方のやり取りを読み返す。

 友達にも恵まれて、優しい用務員さんとのご縁も出来て、可愛い子たちにも遊んでもらえて。こんなにしあわせでいいのかな……って思いながら目を閉じた。

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