連鎖する不幸

 そんなこんなで。

 わたしは必要以上にべたつきに行くことなく、朝の祠へのお参りとお供えを日課に加えただけで、特に代わり映えのない日々を送っていた。

 お供え物はクッキーだったり炊飯器で作れるスイーツだったり、あとはおむすびやタッパーに詰めたおこわだったり。基本的に自分と友達用のおすそ分けって感じで、肩肘張らないものばかりをチョイスした。お菓子作りはヘロヘロだけど料理はわりと小さい頃からやってたし、いまは一人暮らしだから食べられるものは作れてるはず。たぶん。友達も美味しいって言ってくれるし。

 タッパーとかの捨てられないものは翌朝お供えを置くところに置いてあって、蓋の上に付箋メモでお礼が添えてあったりして。しっかり洗っておいてくれてるところやお礼を添える細やかな気遣いが、物凄く用務員さんらしいなって思った。

 帰り際なんかに用務員さんと会うこともあったけど、挨拶したり向こうから今日も美味しかったよってお礼を言ってもらう程度だった。特別っていうほどじゃないけど少しだけ変わった日常が温かくて、やめ時を見失ったまま月日が流れ。

 気付けば、冬休みが迫っていた。


「さすがに冬休みには学校来られないからなぁ……どうしよう」


 学校裏の、祠へと続く入口で立ち尽くしながら、わたしはひとりぼやいた。

 冬休みのあいだは部活の練習がある人とかしか入れないから、帰宅部のわたしにはどうすることも出来ない。四月から部活やってますけどって顔で侵入する手もなくはないけど……それもちょっとどうかと思うし。


「お嬢さん、どうかしました?」

「うわあ!?」


 突然背後から声がして、わたしは漫画みたいに飛び跳ねた。

 振り返ると用務員さんがいて、おかしそうに腹を抱えている。


「で、どしたの、こんなとこで」

「いやあ……明日から冬休みなので、どうしようかなって」

「そういやそうだったねえ」


 あの日から二ヶ月とちょっと。

 色んなものを作ってはお供え物として祠に届けてきた。

 あの日に壊してしまったことへのお詫びと、直してくれた用務員さんへの感謝とをめいっぱい心に込めて。許してもらえたのかはわからないけれど、いまのところ祠の祟りみたいな不幸には見舞われていない。それどころかちょっとした幸運が続いて、寧ろいいのかなって思ってしまうくらいだったりする。


「まあ、休みの日にまで来なくてもいいんじゃないの? 俺も冬休みは休むしね」

「用務員さんも冬休みなんですね」

「そりゃねえ。さすがに休暇くらいもらいますって。学校関連の委託業者ってそんなもんよ? 小中学校の給食センターなんかそうじゃない」

「あ、そっか。確かにそういう業種もありますよね」


 お休みの日にまで取りに来てもらうのは却って申し訳ないし、休み明けに再開ってことで大丈夫かな。そう思っていたのに。


「ていうかさ、もう充分もらったし休み明けまで持ってこなくていいんだよ?」

「えっ」


 思わず用務員さんの顔を見上げると、優しい眼差しでわたしを見下ろしていた。


「破損箇所は大したことなかったし……抑も君の咎じゃなかったんだから」

「それは、そうですけど……」


 最近は、なにを作ろうか考えて買い物するようになって、それが楽しくなってきていた。でも、楽しくなってきている時点で用務員さんのためでも祠の神様へのお詫び目的でも何でもない、ただの自己満足になっているのだと気付いた。

 それに、元を正せばわたしが修繕費とかを気にしていたから、代わりにって言ってくれただけだったんだよね。


「なにより君、いま一人暮らしなんでしょ?」

「え、ええ……あれ? わたしその話しましたっけ」

「あー、前にお友達との会話が聞こえたのを覚えてたのかも。ごめんね、盗み聞きの告白みたいになっちゃった」

「ああ、なるほど……いえ、大丈夫です」


 学校で作業している人が学校内での会話が聞こえるのなんて当たり前だし。でも、そんな当たり前を気にしてくれるこの人はやっぱり優しい。いまだってわたしと彼のあいだにはちょっとだけ距離がある。手を伸ばせば届くけど、伸ばさないと届かない微妙な距離が。


「実は、ちょっと楽しかったんですけど……でも、それなら」

「楽しかったの?」


 押しつけになるだけだし、やめますね。

 そう続くはずだった語尾がぶっつり途切れ、目を瞬かせる。あまりにも意外そうな声で言われたから驚いた。


「え、と……はい」


 こくんと頷いて、指先でブレザーのリボンを弄びながら、ぽつぽつ話した。


「いままで料理って、自分一人が食べられればいいだけのものだったんです。材料も適当に安いのを買って、栄養バランスとかも其処まで考えたりしなかったし……でも用務員さんにもってなったら、なにを作ろうか考えるのが楽しくなったんです」


 お陰で、いままで見たこともなかった並びの棚を見に行くようになったり、一人で食べるには多いものにも手を出しやすくなったり、いいことのほうが多かった。


「そっか、楽しんでくれてたんだ。てっきり負担になってるものかと」

「とんでもないです。寧ろ一人分のほうが作るの大変なんで。それに、自分の作ったものを誰かが食べて喜んでくれるのって、案外うれしいものだなって……」


 改めて言葉にすると自己満足の極地だなあと思う。

 それに食費とかの負担を気にしてくれてるけど、実は用務員さんにおすそ分けするようになってからというものプチラッキーが続いてて、負担どころか色々余るくらいだったりする。例えばスーパーに卵と牛乳を買いに行ったらの福引きでお米五キロが当たったり。商店街にある老舗和菓子屋の支店にふらっと寄ったら、丁度十万人目のレシートで和菓子詰め合わせをおまけでもらえたり。

 そういうときは、当たったお米でおにぎりを作ったり、手作りお菓子にもらい物の和菓子も一緒に「頂き物ですが美味しかったので」と添えたりしている。


「んー……じゃあ、休み明けもお願いしていいかな?」

「! はいっ、是非!」


 自分のしたことが誰かの喜びになる機会なんて、そうそうなかったからうれしい。あんまり用務員さんに依存しちゃうのも良くないなあと思いつつ。でも、高校にいるうちしかこういうことも出来ないだろうし。暫くは許してほしいな。


「そんじゃ、そろそろお帰り。体冷やすからね」

「はい。次に会うのは年明けですね」

「だねえ。元気でね。良い年末を」

「ありがとうございます。用務員さんも、良い年末を」


 少し気の早い年末の挨拶を交わして、帰路につく。

 すっかり冬景色になった校庭は何処か寒々しくて、節くれ立った枝が伸びる桜も、頼りない立ち姿の木蓮も、じっと寒さを耐えているように見える。

 学校指定の可愛くないダッフルコートは重たいだけであまり温かくなくて。手袋やマフラーは自由だから、皆其処で防寒とお洒落をしている。髪色は自然色じゃないと駄目だけど、髪型には厳しい規定はない。でも冬はやっぱり寒いからアップにしてる人はあまり見ない。わたしも冬は下ろしっぱなし。雪の日はスニーカーでも良くて、でもそうなったのは二年くらい前なんだって。何でも雪道をローファーで歩いてたら滑って腰を打って入院しちゃった受験生がいたとかで。しかも本命が受けられなくて自殺未遂騒動まで行ったから、校則の見直しが入ったのだそう。

 治安の悪い学校ほど校則が厳しいっていうのは本当で、うちの学校も比較的厳しい部類に入る。西区の高校ほどじゃないとはいえ、靴下の色や長さまで厳しく決まっているのはどうかと思う。

 五年前までは夏服の下にインナーを着てはいけないなんて意味不明な校則があったらしくて、当時の女子生徒が徒党を組んで「男性教師が女子高生の透けブラを見たいだけ」「汗掻いてるとジロジロ見てくる教師がいる」とSNSで騒いで、インナーの着用許可をむしり取ったなんて不名誉な歴史もある。


 そして今回、うちの高校はまたしても不名誉な理由でニュースになった。

 浅間先輩は出回った動画が衝撃的だったこともあって、ネットニュースだけでなくテレビのニュースにもなったらしい。

 メディアの人たちが最寄駅周辺でインタビューをしていたって、電車通学の友人が迷惑そうに話していた。目を合わせたら近寄ってくるから、見ないようにして早足ですり抜けるようにしてるなんて、クマか化物みたいな扱いをしていたっけ。


 わたしを祠に突き飛ばして逃げた先輩たちは、結局学校には戻ってこなかった。

 浅間先輩は、警察の精神病院に入れられたって話を最後に噂すら聞かなくなって。高橋先輩は、妊娠発覚後も色んな人と寝てその度に相手に検査薬を見せつけるようになったらしくて、SNSで要注意人物として実名晒しがされてるって友人に聞いた。笹本先輩は、打ち所が悪かったとかで意思疎通が出来なくなったらしい。意識があるときでもずっと宙を見つめたまま呻き声を上げているだけだとか。

 浅間先輩を筆頭にSNSの相互フォローから二人の先輩も引っ張り出されて、他の無関係なフォロワーたちまでなにか知ってるんじゃないかと突撃されたり、あることないこと言われたりしていたって沙帆が言ってた。女子バスケ部の被害が大きくて、先輩たちだけじゃなく、うちの学年の子も「学校にいなくても迷惑なんだけど」ってぼやいていたのをわたしも聞いたことがある。

 あの日あの場所にいた三人がこんなことになって、非現実的だと思っていた祟りや呪いの類いが、最近は本当にあるんじゃないかと思えてきた。でも本当にあるなら、何故わたしにはこれといった不幸が舞い込んでないんだろうって疑問は残るけど。

 もしかして、神様も謝ったら許してくれたりするのかな。


「ただいま」


 無人の家に挨拶をして、無音が返されるのにも随分慣れた。

 1Kのマンションの、四階。オートロックで風呂トイレ別。日当たり良好で駅まで徒歩十分。これが東京のど真ん中だったら、物凄い金額になっていただろう物件だ。

 鞄を床に落として上着を脱ぎ、コートハンガーに引っかけてカーペットに座ると、脚を伸ばして深く息を吐いた。ローテーブルの上にあるリモコンでエアコンをつけ、鞄からスマホを取り出す。

 沙帆から通知が来ていることに気付いて、Birdを開いた。


「え……?」


 沙帆からのメッセージには、浅間先輩があの日に撮影したわたしの画像を、先輩の家族が彼女のスマホを使ってネットにあげて、炎上しているとあった。

 先輩の家族はネットで「コイツがうちの家族を呪った! 祠を壊して呪いをかけた陰湿な女! 皆コイツを潰して!」と画像付きで投稿。それが拡散、炎上していた。

 でもこの画像は、わたしが呪いのために祠を傷つけているのではなく倒れた拍子に壊れたようにしか見えなくて。返信一覧に並ぶ意見も概ね「何処が?」って感じ。

 なにより浅間先輩と高橋先輩、笹本先輩の評判が元々あまり良くなかったことと、普段先輩方に迷惑をかけられていた他の生徒たちが「これってイジメの証拠じゃん」「脚のとこ靴の跡ついてない?」「顔腫れてんだけど、顔面殴って突き飛ばしたってこと?」と追い打ちをかけていることもあって、先輩側の言い分を信じてる人は殆どいない。

 でも、髪で顔が隠れているとは言えモザイクなしでネットに流れてしまったから、暫くは制服で外に出ないほうがいいと沙帆が忠告してくれた。


「冬休みで良かった……」


 精神的に疲れ果ててしまい、わたしはクッションを抱きしめて横になった。沙帆に一言お礼だけ送って、スマホを閉じる。

 瞼を閉じると眠気が襲ってきて、抗うのも億劫だったわたしはそのまま眠りの国へ旅立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る