お供え交流
「てかさー、なんで先輩たちいきなりあんななったんだろうね」
「さ、さあ……?」
放課後、帰り支度をしながら友人がぼんやりとそう言った。
わたしには思い当たることがあったけど、あまりにも非現実的な話だし、なにより騒ぎが活発ないま祠のことを不用意に話して「呪いの祠ってこと!?」なんて展開になって面白がられたら目も当てられない。
「わたし委員会あるから、先行くね」
「ああ、そっか。おっけおっけ。気ぃつけて」
「そっちもね。じゃあまた明日」
「まったねー」
ひらりと手を振る友人に見送られ、わたしは教室をあとにした。
放課後の廊下は西日が差していて、クリーム色のリノリウムが橙に色づいている。窓の外では運動部が走り回っていたり、テニスコートのほうからはボールを打つ音が聞こえてきたり、そうかと思えば特別棟にある音楽室から吹奏楽部の練習が聞こえてくる。今日は合唱部が体育館ステージを使っているらしく、バスケ部のドリブル音に紛れてピアノの伴奏と合唱の声が聞こえた。
特別棟三階奥の図書室に入ると、既に委員長がいた。
「すみません、遅くなりました」
「ああ、来たね」
委員長はサラサラストレートのロングヘアとキリッとしたつり目が印象的な、所謂和風美人の三年生だ。身長も百七十五センチと高く、何度か運動部に勧誘されているところを目撃したことがある。
「悪いんだけど、副委員長は先日の事件で暫く不在にするとの連絡があった。可能であれば参加曜日を増やしてもらえると助かる」
「そうなんですね……わかりました。わたしは帰宅部なので、増えても大丈夫です。先にバイトのスケジュールだけ送りますね」
「ありがとう。今日の夜にでも委員会用グループBirdで送るよ」
「はい」
カウンターに座ってスマホを開き、ロック画面を見る。丁度友達からのBirdの通知が来ていて、青い鳥のアイコンの端に小さな数字が表示されていた。
内容は『駅前にマスゴミ来てるから、もし用事あるなら気をつけて』というもの。わたしは通学に駅は利用しないけど、お兄ちゃんが二駅先の私立に通ってるから一応連絡しておいた。まあ、そっちまで行くことはないだろうけど。
それからはいつも通り仕事をして、最後に委員長と一緒に戸締まりをして昇降口に向かった。辺りはすっかり薄暗くなっていて、遠くには金星が輝いている。
先輩は裏門から自転車で帰るらしいので、昇降口で「さようなら」と挨拶をして、わたしは一人正門へと向かった。運動部も片付けに入っているので、賑やかな号令はもう聞こえない。秋が深まってきたから日が落ちるのも早くなっているし、そろそろベストやカーディガンをクローゼットから出しておかないと、なんてとりとめもなく思いながらローファーを鳴らして歩く。
「あ……」
正門に差し掛かると、門柱の根元にしゃがんでなにかしている背中が見えた。背の高い灰色の作業着が、ちょんと小さく丸まっている。
「用務員さん、こんにちは」
「んぁ? おー、こないだの。傷は残らなかったみたいだな」
よっこいしょ、と言いながら立ち上がり、用務員さんはへらりと笑った。左の頬を指先でトントン指す仕草が何だか可愛く見えて、わたしは「お陰様で」と答えた。
「あの、気になってたんですけど、修繕費とかどうすればいいですか……? わたし祠が学校の備品なのか、誰か個人の所有物なのかもわからなくて……」
「あー、いいのいいの。祠の整備も俺の仕事のうちだから。ほれ、此処のさび取りと一緒一緒」
そう言って親指で門柱をビシッと指すので、用務員さんの横から覗く格好で門柱を見る。金属製の鉄格子みたいな作りをした、横スライドの門の車輪部分と柱の根元が錆び付いていて、周囲に茶色い破片が落ちているのが見える。
門のさび取りと同じということは、祠も学校の一部に含まれているのだろうか。
「ずっと、こういうのを細かく補修してくださっていたんですね」
「それが仕事だからねえ。お給料分は働かないとでしょ」
言いながら胸を張る仕草がおかしくて、思わず笑みがこぼれる。
「まあ、もしどうしても気が済まないって言うんなら、またあれ作ってよ」
「……? あれ、ですか?」
またと言われても思い当たる節がなく、首を傾げる。用務員さんとちゃんと対面で会って話したのは、先週末のあの日が初めてのはず。
そう思っていると、用務員さんは胸ポケットから細いリボンを取り出した。両端が谷型に切られた、装飾用の細くて小さなピンクのリボン。あれには見覚えがある。
「あ。もしかしてあのクッキー……?」
「そうそう。お供え物は置くだけじゃなく、お下がりを頂くまでがお供えだからね。あの日は管理者としてありがたく頂きましたってこと」
「えっ! そうだったんですね……すみません、無作法で」
「いやいや、お陰で久々に手作りのものにありつけたから寧ろラッキーみたいな?」
おどけて言うと、用務員さんはリボンを胸ポケットにしまい直した。もしかして、気に入ったんだろうか。
「この年で一人暮らしやってると、なかなか人の手作りって出会えなくてねえ。別に外食が不味いってんじゃないんだけどさあ」
「それはまあ……よく聞きますね」
ネットとかでも、大人の人たちが嘆いているのを見たことがある。特に女の人は、自分で料理を作ることは出来ても、誰かの手作りの食事は滅多に食べられないって。恋人や配偶者が出来ても作るのは自分の役割になりがちらしい。一人暮らしなら尚更性別関係なく縁遠くなるのだろう。
わたしはあんまりそう思ったことないから共感は出来ないけど、理解は出来る。
「そういうことなら、作って持ってきますね。クッキーでいいんですか?」
「何でもいいよ。俺、好き嫌いもアレルギーもないから」
「わかりました。あ、あと、何処に持っていけば……?」
今更だけど、うちの学校に用務員室というものはない。用務員さんもたぶん外部に委託して来てもらってるんだろうし。職員室に机があるとも思えない。
考え倦ねているわたしに、用務員さんはにかっと笑って言った。
「そんならまたお供えしといてよ。そしたら俺がお下がりとしてもらっとくから」
「え、そんなやり方でいいんですか?」
「大丈夫大丈夫。俺、is、管理者。ok?」
「あっそっか……そう言ってましたね」
確かに。自分が管理してる祠ならお供え物をお下がりとして食べても全然問題ないわけだ。それなら虫がたからないようにちゃんと袋詰めしたほうがいいかな。あれは調理実習の残りを自分用に包んだやつだから、色々マズかった。
「じゃあ、明日なにか作って持ってきますね。朝に置いておきますので」
「うん、楽しみにしとく。さ、そろそろ暗くなってきたから帰んなさい」
「わ、ほんとだ。お仕事中に手を止めてしまってすみません。また明日に」
「はいはい、また明日~」
ひらひら手を振る用務員さんにお辞儀を返し、わたしは帰路についた。
何だか不思議な感覚なんだけど、用務員さんとお話しすると気分が軽くなるような気がする。軽快で飾らない口調だからか、適切に距離を取ってくれてるからか。前に髪や制服を払ってくれたときも、物凄く気遣ってくれたし。
それに今回のことだって、わたしがなにも出来なかったってウジウジ思ってるのを晴らそうとしてくれたんだと思うし。
「いい人だなぁ……」
わたしが恋多き少女だったらうっかり惚れてるところだった。
それくらいいい人だから、心地良く感じてしまうから、わたしが距離感を間違えてしまうわけにはいかない。あんなに優しい用務員さんを社会的に殺してしまうのは、絶対あってはならないことだから。
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