第8話 世にハイネがないなら、俺が『ローレライ』を

「問題ありません。それでは、ドイツ語で詩を作らせていただきます。」

 幸太郎は心の中で、自分に向けられた無理難題に対し、静かに意地を燃やしていた。そして、彼は深呼吸をし、ドイツ語での詩作に挑戦する準備を整えた。

 幸太郎はしばらく黙って考え込んだ。菊池の提案は無理難題に思えたが、彼は簡単に諦めるつもりはなかった。彼の大学時代にドイツ語を学んだ経験はなかったが、ふと昔の授業を思い出した。

 大学3年の後期、発声トレーニングの授業で、ドイツ語の詩を暗記させられたことがあった。幸太郎はそのとき、必死にドイツ語の発音と詩を覚えたのだ。その苦労の甲斐あって、ドイツ語の発音だけは完璧に覚えている。

「ドイツ語の詩ですか?お任せください。」

 幸太郎は自信を持って答えた。ドイツ語の意味はわからなくても、詩を暗唱することはできるのだ。

 菊池と他の面接官たちは少し驚いた様子だった。まさか本当にドイツ語で詩を作るつもりなのか、と疑っていた。だが、幸太郎は深呼吸をし、口を開いた。

「Ich weiß nicht, was soll es bedeuten,

Daß ich so traurig bin;

Ein Märchen aus alten Zeiten,

Das kommt mir nicht aus dem Sinn.」

 面接官たちはその瞬間、息を呑んだ。幸太郎が流暢なドイツ語で詩を読み上げていたのだ。

 その詩は、元の世界で非常に有名なドイツの詩人ハインリヒ・ハイネの作品「ローレライ」だった。もちろん、この世界にはハイネは存在していないため、面接官たちはこの詩が有名な作品であることも知らなかった。

 幸太郎は情感豊かに詩を朗読し、最後の一行まで力強く言い切った。

「Und das hat mit ihrem Singen

Die Lorelei getan.」

 詩が終わると、部屋はしばらくの間、静寂に包まれた。

 面接官たちは目を見開き、全く言葉が出なかった。幸太郎が本当にドイツ語で詩を作ったと思っていたが、実際は彼が覚えていた詩をそのまま披露しただけだった。しかし、面接官たちにはそれを見抜く術はなく、彼らにとってはまさに驚異的なパフォーマンスに見えたのだ。

 菊池も目を見開いて言葉を失っていた。彼女自身がドイツ語を少し理解していたため、幸太郎の発音が完璧であることに驚かざるを得なかった。

「これが……君の詩なのか?」と、ついに一人の面接官が呟いた。

「はい、自作の詩です。」幸太郎は軽く頭を下げ、と答えた。

 もちろん、これは彼の自作ではなく、ハイネの有名な詩だったが、この世界ではそれを知る者はいないため、彼の発言は嘘とは言えなかった。

 面接官たちは再び静まり返り、どう評価すべきか迷っていた。彼のパフォーマンスは文句なしだったが、依然として彼の外見や経験が不安要素だった。しかし、ここまでの能力を見せられては、簡単に彼を落とすことはできない。

 平田がため息をつき、ついに言った。

「木谷君……君の才能は本物だ。しかし、君の道は簡単ではない。だが、これだけの能力を見せられては、無視することはできない。今日の面接は君の勝利だ。」

 幸太郎は心の中でガッツポーズをした。ついに、彼は夢に向けた最初の一歩を踏み出したのだ。

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ビッグスター~10%だけ違う世界!この10%の差で俺は芸能界で無双する! 揉みサリア @morimisaA

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