ライフステージ

ぽんぽん丸

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そこは発光する惑星だった。地面が光っていた。どこまでも続く地平は丸く見えたから、地球よりもずっと小さな星なのかもしれない。なにもなくただゆるく丸く光っていた。星のない夜の空が覆っている。


やあという声に振り向くと背後にもやはり彼以外は何もなかった。彼は足元から照らされて直立していた。


「やっと会えたね」


彼の言葉に私は答えを持っていなかった。探してはみたのだけど私の中にはやっと会えたという気持ちはなかった。


「困らせてしまったかな」


彼は足元の光で照らされていたから、顔は足や膝や肩の陰に隠れている。顔がわからないから私は彼をわからないのだと思った。


「ああ、ここでは足裏が一番明るいからね。足裏で誰かわかれば良いのにね」


彼は私の考えを察して、おまけにおどけて右足を上げて私に靴底を見せた。ソールのブランドロゴが鮮明にみえた。彼はそれからぬるりと上体を倒して両手を地面に付くと、器用に姿勢を低くして顔を発光する地面に近づけ照らして識別できるようにしてくれた。指先で支えていた。手のひらはつかない。またつまさきで支えている。なるべく地面に接さないようにしている。指先はすでにプルプルとしていた。光る地面は特殊なアレルゲン物質なのかもしれない。


それよりその滑稽な姿が気になった。口角だけふふっと笑ってしまったがそこでとどめた。顔を見せるためにこんなことになるなんて、日ごろ正しい方向から照らしてくれる太陽がいいものなのだと実感した。


「どうだい?思い出したかい?」


私が余計なことを考えていると彼は私にそう聞いてきた。私は散漫な意識を恥ずかしく感じたのか、改めてこの状況が不気味に感じたからか、考え事をするみたいに右上を見て視線をはずしてしまって、一瞬だけ視界に映して朧げに焼き付いた面構えを思い出した。


彼の顔はさっぱり知らなかった。


私はどうしようかと思った。ねえどうだいと沈黙を捕まえてしまうように彼はときどき投げかけた。腕を組んでみたり、下手くそな口笛を吹いてみたり、目を閉じてうつむいたりして、私は必死に考えるふりをした。


彼のねえどうだいも子守歌のように感じた頃。私は答える責任や不気味さにも慣れてすっかり退屈してしまって試しに彼にバレないように薄く目を開けた。光る地面が見えたが地面のすぐ近くを必死に耐える彼の姿はなかった。


ずいぶん時間が経ったから指は筋張って揺れて、額からじっとりとした汗が滲んで鼻筋から落ちるところを想像していたのに、彼はもういなかった。


「ねえどうだい?」


はっきりした声に驚き目を開けて前後左右を見回した。彼はもういなかった。ただゆるく丸い地平線だけが広がっていた。


私は彼を探そうと思った。だけど少し歩くと、彼は見えないところで同じ速度で私から遠ざかっているように感じてやめた。私はたった1人だった。くるっと回ってみたがなにもなかった。私はだんだん汗が滲んで鼻筋から落ちた。


「ねえどうだい?」


それでも声は聞こえてきて、私は彼を失ったのだと理解した。


「ねえどうだい」


失うとは忘れられないことだった。私は知らない彼のことをもう忘れられない。ほんの一瞬目に映した彼の面構えももうぼやけてしまっているのに失ってしまったから彼のことをもう忘れられない。


そんなことより、地球にはどうやったら戻れるのだろうか。屈んで指先で地面をついてみてなんともなかったから、足を延ばして両手を手を後ろにして座ってしまってゆっくり考えることにした。


「ねえどうだい」


地球はどこにあるのだろうかと、空を見上げてみたがどこまでも真っ暗だった。真っ暗な空に興味が出て後で支えていたに右手を真っ暗な空に掲げてみると地面からの光に照らされて手の甲がよく見えた。掲げた手の甲がこんなに照らされて見えること珍しくてなんだか楽しかった。


炊飯器の炊き上がりアラームで目が覚めた。スマホの画面を光らせると17時半だった。差し込む夕日で汗をかいていたからシーツが濡れていないか確認した。シーツは気持ちよくさらさらとしていた。


起き上がって炊飯ジャーに急ぐ。開くと湯気が上がって白米の美味しそうな良い匂いがした。冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注ぐ。炊き上がりを待つ間に少し冷めたガリトマチキンを20秒だけ電子レンジにかける。もちろんレンジまでにマイタケを1つつまんでつまみ食いをする。ガーリックの香りとトマトの鶏の旨味が絡んだマイタケはもちろん美味しかった。


20秒、オレンジの光に照らされてレンジで回るガリトマチキンを眺めているとなんだかさっきすごい夢を見た気がする。宇宙を誰かと旅をするようなそんな夢だった気がする。


だけどもう何も思い出せなかった。チンと音がした。皿を取り出す。その時にレンジ皿に跳ねたトマトの点々を見てしまった。食べ終わってから洗い物の時に拭こう、だけどその時にはきっと拭かないだろうなと考えながら、右手のガリトマチキンと食卓に乗ったほかほか白米を見てご飯を食べてしまうことにした。


つづく

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