おうちカフェタイム
うめおかか
仲良く午後のひとときを(メロンソーダ)
「少し休憩しませんか?」
リビングの片隅でノートパソコンを開いて作業をしていた俺に声をかけてきたのは、エプロン姿の奥さんだった。
「もう三時ですよ」
「……本当だ」
液晶画面の隅に映っている時間は十五時、昼を食べてからずっと仕事のメールの対応をしていた。そもそも休日なんだから、仕事をする必要はない。
ただ単純に繁忙期で、少しでも仕事量を減らしたいだけだった。そして集中しすぎて、どれだけ時間が経ったのかわからなくなっていたらしい。奥さんの声掛けがなかったら、夜まで仕事をし続けていた気がする。
しっかりと休みはとらないとな、と反省しながら、すっかり固くなった体をほぐした。
「ありがとう、時間を教えてくれて」
「それだけではないのです」
含みのある笑みを浮かべながら、奥さんは台所へ来るようにと手招きをしてくる。かわいい誘いに乗って、俺は招かれるがまま台所へと向かった。
「良かったらこれを飲みませんか?」
「これ……メロンソーダの瓶?」
すでに用意されていたであろうビールに似た形状の瓶のラベルには、メロンソーダと書かれていた。中身の色はわからないけれど、メロンソーダなのだろう。たぶん。
「あとはですね」
手際よく台所の調理台に、予め用意されていたと思われる物が並ぶ。
「そのまま飲んでも美味しいのですが、せっかくなのでグラスを用意しました」
「喫茶店とかで使われてるやつだな?」
「はい、今後はアイスコーヒーなどにも利用する予定です。あとはバニラアイスを丸くすくえるアイスクリームディッシャーというものです」
「ああ、アイスの店とかでよく使われるやつだ」
「はい。あとは仕上げにこれを」
かん、という音を立てて置かれたのは、真っ赤なさくらんぼが入った缶詰だった。
「これでカフェのような仕上がりの、メロンクリームソーダを作ろうと思います」
「すごいな!」
楽しげに語る奥さんの横で、俺は喉を鳴らす。疲れた体に甘い飲み物というだけで嬉しいのに、家でメロンクリームソーダが飲めるのは贅沢だ。
「一度やってみたかったので」
「そっか」
にこにこと笑顔を浮かべながら準備をし始める奥さんに、俺も釣られて笑ってしまう。
「まずグラスに、すでに作ってある氷を入れます」
手早く冷凍庫を開けて、製氷皿で作られた四角い氷が、グラスの中に投入される。からんからん、という涼しげな音が、耳にとても心地よかった。
グラスの半分以上に氷が入ると、すでに瓶の栓を抜いてソーダ水を注ごうとする奥さんがいる。まるで作ったことのあるような動作で、無駄がなくそれだけシミュレーションしてきたのか、それとも楽しみすぎて気持ちがはやるのか。
どっちもだろうなぁと、俺は何一つ言うことなく、奥さんの様子を眺める。
「ここにメロンソーダをゆっくり注いで……」
「おお、少し色が濃いけどメロンソーダだ」
気泡を弾けさせながら、緑色の液体がグラスに注がれていく。グラスにメロンソーダが注がれれば注がれるほど、音をたてながら氷にヒビがひびが刻まれていく。それと同時にしゅわしゅわとした炭酸の音も加わって、少しずつ見たことのあるクリームソーダの形に近づいていく。
「そしてこの上にアイスを乗せて完成です」
「あっという間だったなぁ」
メロンクリームソーダは外で飲んだことはあっても、家で作って飲むという考えには至らなかった。
「作るのは難しくありません、材料を購入すればなんとかなりますから。むしろ買い物に時間がかかった気がします」
「そっか。ありがとう、用意してくれて」
「そんな、私が作りたかっただけですから」
「いいからいいから」
俺が嬉しそうに礼を言ったせいなのか、奥さんの顔が真っ赤に染まっている。素直に感謝しただけなんだけどな。
「では、そのアイスを……」
「俺がやってみるよ。まだ固そうだし」
水で濡らしたアイスディッシャーを手に取りながら、俺はカップのバニラアイスよりも一回りファミリー用サイズのバニラアイスのケースを手に取った。びっちりと詰まった白いアイス、その上をアイスディッシャーで触れると、固い感触が伝わってきた。
「すくえるけど、まだ固いかもなぁ」
「それならお任せします」
「おし!」
呼吸を軽く整えてから、俺はアイスへと勝負を挑むように力を込める。
アイスディッシャー越しに伝わるアイスの固さ、けれどすくえない固さじゃない。
少し力を込めると、バニラアイスがすくえた。よし、やったぞ! と心の中でガッツポーズを作りながら、バニラアイスを押し込むようにすくっていく。
「で、これをメロンソーダの上に乗せて……」
ハンドルを握ると、丸まったバニラアイスがメロンソーダの上に着地する。
「凄いです!」
横で大喜びする奥さんに、俺は頬が緩んでしまう。可愛い。
「まだ仕上げが残ってると思うよ」
「そうでした!」
すでに用意しておいた甘いシロップ漬けになっていたさくらんぼ、それをアイスの横に添えれば――。
「メロンクリームソーダの完成です!」
「やった!」
嬉しすぎて思わず声を張り上げてしまう。
目の前にあるのは、まごう事なき喫茶店とかでみかけるメロンクリームソーダだった。
緑のメロンソーダに、真っ白なバニラアイス、色のアクセントのように添えられた赤い赤いさくらんぼ。店でしか見たことのないものが、家で出来上がるのはなんだか嬉しい。そもそも家で作ろうと考えたことがなかった。
「早くもう一つ作りましょう、アイスが溶けてしまいますから」
「わかった!」
もう一度、俺はアイス作りに励んで、急いでメロンクリームソーダを急いで仕上げた。それからアイスを冷凍庫に閉まって、簡単に片付けてリビングへと向かう。
先に出来上がったメロンクリームソーダは、奥さんの手によってリビングに運ばれていたからだった。それが白くて丸いコースターの上に置かれていて、すでにストローと長細いスプーンがメロンソーダの海に沈んでいる。
「スプーンも買ってしまいました」
「こだわってていいなぁ」
普段よく利用するリビングのテーブルが、喫茶店っぽく見える。
けれどここは我が家で、作ったのもお店の人ではない。
「早く食べましょう」
「うん」
アイスが溶ける前に食べる……飲むなのか、どっちだろうな、とか考えながら、俺はカーペットの上に座る。奥さんも隣に座って、揃ってスプーンを握りしめた。
まずはアイスをすくい取って、口に運んでいくと、甘い味わいが広がった。いつもより少し高級なアイスは、匂いが違うと思う。高級な味、どう表現すれば良いのか。俺に食レポは無理だ。
奥さんも嬉しそうに食べていて、なんだか幸せな時間だと実感する。
それから少しバニラが染みこんだメロンソーダをストローで吸い込むと、炭酸の気泡が弾ける。しゅわしゅわとした飲み心地を堪能しながら、ソーダの甘い味わいに目を細めた。
これはこれで甘くて、疲れた体に染み渡る。
そしてアイスとメロンソーダを交互に味わう、至福の時間がまた良かった。
どっちも甘い、でも甘いけれど味が違う。
「うまく仕上がって良かったです」
「うん、家で食べる? 飲むメロンクリームソーダは贅沢すぎる」
用意してくれた奥さんには感謝しかない、しかも作る課程が楽しい。
「あとはさくらんぼを忘れないようにして下さいね」
「そうだった」
言われて、半分以上飲んでしまったメロンクリームソーダのグラスを確認する。氷の隙間に入り込んださくらんぼを、スプーンで取り出した。さくらんぼについてる枝でいいのか、それを手で摘まんで、実だけを口にぱくっと入れる。
甘くなくてどちらかというと酸っぱい、でもこれが、メロンクリームソーダのさくらんぼの味な気がする。
「酸っぱいけど、口の中が甘いからちょうどいいかも」
「そうですね、ふふ」
俺が種を口から出しているのに気付いた奥さんは、予め用意していた小皿を俺の前に置く。
「種と枝はここに置いて下さい」
「何から何まで準備万端すぎるなぁ」
「それだけ作りたかったんです、あと」
俺に続いてさくらんぼを食べた奥さんは、満面の笑みで告げる。
「最近お疲れのようだったので、楽しいことをしたかったんです。楽しめましたか?」
「それはもちろん、楽しかった。しかも隣で喜んでくれるから、より楽しかったというか」
何をどう言おうとも「楽しかった」という感想しか出てこない。
「無理に言葉にしなくていいんですよ、顔を見れば伝わってきますから」
そう言いながら、奥さんは俺の頬を突っつく。
「そうかな」
「はい。だから残りも飲んで、それからゆっくり過ごしましょう。お仕事お疲れ様です」
奥さんからのねぎらいの言葉に、俺は笑顔と共に感謝の言葉を告げるのだった。
おうちカフェタイム うめおかか @umeokaka4110
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