第2話 イナヴァのシロウサギ

 それはこの大和の地に人の国が建つ前の話である。

 異星よりこの地に降り立ったダイコクは兄弟達が気まぐれに解き放った遺伝子改良型異星起源敵性外来種であるワニィに頭を悩ませていた。

 彼は兄弟達と共に惑星イナヴァに戻らねばならなくなったのだが、ワニィをこのままにしておけばこの惑星の生態系は取り返しのつかないことになる。

 未開惑星の研究調査を終え、イナヴァへの帰還に心躍らせる暢気のんきな兄弟達を余所よそに一人頭を悩ませるダイコク。

 そんな彼の元に遺伝子改良され、毛を失い、知性と二足歩行を獲得した白兎が現れた。

 大きな耳を持つ人型の生物となった白兎は兄弟の実験の産物であったが、そのままシロウサギと呼ばれダイコクの従者として働いていた。

 美しい姿をした彼女はダイコクのもとで知識を蓄え、いずれはまだ未熟な人に代わってこの大和の地を治めるものを育てる役割を担っていた。

 しかし、時間が無かったダイコクはそんな彼女にワニィ討伐を託さねばならなかった。

「この地に住まう人類はあまりにも未熟すぎる。我々の知識体系を理解するには到底及ばない。そこで我々と同等の知識を持つおまえにワニィの討伐を頼みたい」

 ワニィは海中に潜みあらゆる生物を捕食する大型の敵性外来種だった。

 白兎をベースに作られた彼女は水中での呼吸などできるはずもない。

 それは無理だと言って嘆くシロウサギにダイコクはあるものを見せた。

「これは……なんでありますか………?」

 その巨大なものを見たシロウサギの質問にダイコクは答えた。

「これは潜水艦だ」

「潜水艦?」

「海に潜ることの出来る船のことだ。しかも、こいつはただの潜水艦ではない。我々の母船に搭載されていた非常脱出艇を利用して建造したものだ。この地の技術水準をざっと五千年ほど超えた先にある代物だよ」

 確かにそれはダイコク達の乗る『天翔あまかけ星艦ほしぶね』によく似ていた。

「こいつの船体外殻にはヒヒイロカネが使われている。こいつならこの星の最も深い海にさえ潜ることができるだろう。ただ分子振動カッターと同等の原理であらゆるものを食いちぎるワニィの歯に対しては一定の防御効果しか望めない。つまり、無敵の盾では無いのだ」

「これに乗って私に戦えと?」

「そうだ。だが、一人では無い」

 そう言ってダイコクはシロウサギに一人の男を紹介した。

「紹介しよう。彼の名はカメ。ウミガメをベースに作られた人型の支援生物だ」

 大きな甲羅を背負ったカメはシロウサギの前に出て敬礼する。

「本艦イナヴァの副長を拝命しましたカメと申します。シロウサギ艦長、よろしくおねがいします」

 甲羅を背負った筋骨隆々のカメは敬礼の手を下ろして握手を求める。

 シロウサギはまだ任務受託の了承はしていないと思いつつ差し出された手を取ってしまった。

「水中レーザー走査探知システムを含む各種センサーと、ワニィの硬い皮膚を粉砕する対生物魚雷に、重力制御技術を応用した推進システム……。現在、我々が残せる全ての技術をこのイナヴァに積んである。我々がヤマァトォを名付けたこの地を守る為、どうか力を貸して欲しい」

 カメの手を放したシロウサギにダイコクが頭を下げる。

「ダイコク様、どうか頭を上げて下さい。私は毛皮を失い、裸となりましたが、あなたから様々な知識を与えられました。それはこのような事態にこそ役立てるべきでしょう。お任せ下さい。この地、ヤマァトォの平和はこのシロウサギが守ってみせます。このカメと一緒にね」

 そういってシロウサギはカメの肩に手を置いた。

「二人ともすまない。このヤマァトォに永久ともの栄えがあらんことを」

 かくして、潜水艦イナヴァの艦長となったシロウサギはワニィ討伐に乗り出すことになるのだが……それはまた別のお話。

 めでたし、めでたし……か?

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令和版 新説『むかしばなし』 鳳嘴岳大 @Takehiro_Houbashi

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