11/18 通学路パルクール
【お題】
主人公が通学路でパルクールをしながら登校する様子を書く。範囲は家から学校まで。
パルクールする範囲は通学路の一部でも全部でも可。
世界観・小道具ご自由に。
――――――――――――
鬼クソ寝坊をかました俺が起きて最初にしたのは自分を殴ることだった。
「いってえクソが!!」
痛みですべての眠気が吹っ飛んでいく。昇り切った朝日が呆れるように部屋を明々と照らしていた。時刻は八時二十分。
今日は卒業式だ。俺のじゃない。陸上部三年の
マネージャーを務める先輩に、俺は一年の頃から世話を焼かれっぱなしだった。そそっかしい俺の面倒を見てくれたり、崩れた走行姿勢を修正するのにとことん付き合ってくれたり――感謝はいくらしてもし尽くせない。
そうやって皆に分け隔てなく接するから先輩は皆の憧れの的だった。それは俺にとってもそうだった。
そんな訳だから、高校を去る最後の日である今日、想いを伝えようとしていたのに、だ。
「なんでこんな日に寝坊すんだよ俺は!」
マッハで制服を着て、二階の窓を開け放つ。清々しいくらいに、三月の朝は晴れ渡っていた。
卒業式は八時半から。普通に走ったんじゃ間に合わない。なら――
「
趣味のパルクール専用シューズに両足を突っ込んだ俺は、迷わず窓から飛び出した。
一階の屋根に着地して傾斜を滑るように駆け下り、隣の田中さん家の屋根に飛び乗った。猿より重い俺がどたどたと平屋の屋根を駆け抜けるや、「うるせえまたか! 普通に道を歩け!」と家主が窓から顔を出して抗議した。
許してくれ、今は非常事態なんだ。
手近な電柱に飛び、その横っ腹を蹴ってはす向かいのブロック塀へ着地する。そのまま平均台を全力疾走するように駆け抜け、小さな公園の門柱を踏んだ。
滑り台を逆から駆け上がり、天辺の柵を蹴って空中で一回転。すぐそばの
そのまま枝にぶら下がり、ブランコの要領で公園脇の街路へ抜ける。道の真ん中で気持ちよさそうに日向ぼっこしていた猫は慌てて逃げていった。
腕時計は八時二十五分を指している。急げ、卒業式が始まるまであと五分だ。
アパートの非常階段を駆け上がり、三階付近から隣のビルの出窓へ飛ぶ。三、四センチほどしかない縁を引っ掴むと、出窓の向こうで小さな子供が目を丸くしていたから、にっと笑って斜め上の点検用の梯子へ飛び移った。
梯子を大急ぎで上がると、ビルの屋上から高校はすぐそこに見下ろせた。
八時二十八分。眼下の校庭では卒業生と思しき生徒たちがまばらにたむろっている。
「樹里先輩!!」
視力二・〇の瞳が、目当ての先輩を捉えて歓喜した。どうやらこれから体育館へ入場するところらしい。良かった、間に合った。
数人の生徒がビルの角に立つ俺に気付き始めざわめきだし――俺は助走をつけて五階から勢いよく飛び出した。
ガチの悲鳴が上がる中、空中で滑らかに一回転した俺は校庭の桜の太枝で大車輪を決め、ようやく久しぶりの地上に舞い戻った。
そしてずっと視界の中心にいた
「樹里先輩! 好きでした、ずっと!」
ほとんど叫ぶようにそう言うと、樹里先輩は呆れたように笑った。
「また寝坊したの? 寝癖くらい直してきなさい」
滝のような汗で、俺が空中登校してきたことはバレてしまったらしい。周りの三年生たちはひそひそと話したり、茶化すように口笛を吹く者もいた。やべ、先輩に想いを伝えることが先行しすぎて周りを見れていなかった。急に我に返り、顔が火照るのを感じる。
「あの、返事は……」
「また今度、ね」
俺はおずおずと切り出したが、一世一代の告白はお預けを食らってしまった。
「悔しかったら来年、同じ
そう言っていつものように笑う、樹里先輩はズルい。
でもそんな先輩の後をこれからも追っていけるのなら、俺は受験勉強だろうと何だろうと頑張れる気がした。
はい! と元気よく返事した俺に、樹里先輩は「あとね……」と悪戯っぽい笑みを向けた。
「卒業式本番は明日だから。明日どんな顔して送り出してくれるのか楽しみにしてあげる」
「え」
スマホを見る。三月八日。確か本当の卒業式の日は――
左手の抽斗より 月見 夕 @tsukimi0518
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