左手の抽斗より

月見 夕

11/16 銃撃戦

【お題】

 国家としての正義に位置する人物(A)が単独作戦行動中に、背後から忍び寄った反政府組織に在籍する人物(B)から銃口を背中に押し付けられます。

 AがBから銃を奪い制圧するも、Bの仲間(C)から不意をつかれて形勢逆転し、Aが死亡するまでを描いてください。

 話中の経過時間は3分以内。


 ――――――――――――――――――


 また視界が白く瞬いて、俺は振り払うように頭を振った。ゴミ溜めで息を吹き返し、高く昇った月を仰ぎ見る。

 どれくらい気を失っていたのだろう。ベルトが千切れそうな腕時計を夜空に差し向けると、二本の針は揃って天辺を指している。良かった。礼拝堂の屋上から飛び降り、積まれた生ゴミに着地して今までほんの十数秒しか経っていないようだった。

 神はまだ俺を見放していないらしい。胸の上で小さく十字を切り、素早く起き上がる。

 追手の奴らも俺が死んだとは思っていないだろう。早く逃げなければ。

 胸ポケットに仕舞った封筒を上着越しに撫で、俺はゴミ溜めから駆け出した。



 反政府組織ゲリラが政府の機密の暴露を企てているらしい、と聞かされたのは夕刻のことだった。その企みを挫くため、俺は極秘文書を奪還し政府へ持ち帰るという任務を拝命していた。必要があれば殺せ、とも。

 左胸の封筒が重みを増す。

 こうしている間にも、依頼主の上級国民クソ野郎共はベルベットのソファで悠々とワインを傾けているに違いない。腸が煮える思いだ。

 だがまあいい。これが終われば反政府組織が密かに進めていた企みが明るみになる。

 政府に降りかかる火の粉、その火種となろう者や組織はこの社会から除かなければならない。それが血で血を洗う争いの元になろうとも。

 橋下の掘っ建て小屋では今頃、娘のリューリカは夢の中だろう。

 まだあどけなさが残る、俺の一人娘。あの子が安心して生きていけるような平和な世界を作るためなら、俺は何だってやってやる。



 礼拝堂の陰から街路を窺っていたところで、背中に冷たい銃口が押し当てられた。

「動くな」

 まだ二十歳かそこらか、若い男の声だった。脅しに慣れていないのか、銃身はどこか震えている。

 俺は喉の奥で笑った。

「……事前に声掛けてくれるなんて親切だな」

「大事な文書をお前の臓物で汚したくないだけだ」

 男が言い終わるより早く、その呼吸の隙を突き素早く屈んで利き足の後ろ蹴りを繰り出す。奴の撃鉄が鉛玉を弾き出すより先に、俺の左足が鳩尾にクリーンヒットした。

 遅れて飛び出した弾丸は、射線を外し俺のこめかみを掠めてそばの外壁に突き刺さる。

 地面で悶える赤い腕章の男を見下ろし、拾ったばかりの銃を向けた。

「悪く思うなよ」

 足元の男に引き金を引きかけたその時、静かな連射音が狭い路地に響き渡った。消音器サイレンサーで消された銃声だと気付いた時にはもう、両足を撃ち抜かれ俺は地に伏していた。

 どうやら別の追手が迫っていたらしい。忸怩たる思いで見上げると、くすんだ赤い腕章を巻いた男が煙草を煙らせこちらに銃口を向けていた。

「――なあ、神様っていると思うか?」

 煙と共に吐き出された問いは、路地の狭い空にゆるゆると上がっていく。考えろ考えろ考えろ、ここから形勢を逆転させる算段を。

「俺は信じてないんだ。だってお前みたいな政府側の人間を何人殺しても、その娘を手にかけても……俺は何の裁きも受けたことなんてないんだからな」

 両足の痛みの中フル回転していた頭が、その言葉で真っ白になった。何だ、今こいつは何て言った?

「リューリカに……何を」

 血の気が引いていくのが自分でも分かる。瞬時に掌の中の銃を向けたが、男は嘲笑いながら素早く俺の利き腕を撃ち抜いた。

「ああ哀れだ。お前が神を信じてるのなら、今この瞬間だけ祈ってやる。神よ――」

 奴の銃口は鈍く光り、俺の額にぴたりと照準を合わせる。

 男が形ばかりの十字を切ったところで、消された銃声と共に俺の視界は暗転した。

「――愚か者に、相応の死を」

 薄れゆく意識の端で、男がそう吐き捨てるのが聞こえた。


 ――――

 ――


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