第3話世の中思い通りにいくと思うな

 文系部の部室は本で埋まっていた。

 いや比喩じゃなくて本棚に入りきらなかった本が床に山積みされている。

 足の踏み場もない。

 これが本当に高校の文芸部なのだろうか。

 普通に本を買いすぎじゃないだろうか、学校は文芸部に甘すぎでは?

 どんだけ予算を割いてんだよ。


 「ちなみにこの部屋にある本は私のものが九割です。こう見えて私、小説を出版してるんですわ売れっ子ですわ!」


 「人間性を捧げなきゃ物語は紡げないの?」


 「先輩の場合人間性と名作はトレードオフよ」


 「やっぱ学び舎としては致命的じゃない?」


 そう言って響さんを見れば響さんの目は死んでいた。

 そうか、苦というのは本当だったか。

 まあ狂気の権化みたいな人と一緒にいるのは辛いよね。

 僕は一つ、人の心の機微を知った。6


 「で、響。この人はどちらさまかしら? 私に新たなトキメキを与えてくれる新入部員だったりするのかしら?」


 「そうです」


 「おい待て、僕はまだ入るとは言ってねえ」


 そういうと、響さんは僕に顔を近づけて、小声で耳打ちしてきた。

 おっふ、フラれたとはいえ、好きな子が顔を近づけてくるのはドキドキしちゃう。


 (いい? あの人はちょっと頭おかしいけど、意外にしっかりしてるし、口から出る言葉は不定の狂気を発症してるとしか思えないけど、小説書いてるから人を納得させる文章をかけるの。意外にちゃんと人を見てる人なのよ。だから学べることはたくさんあるはずよ)


 (言葉の端々から人間か怪しい生態が漏れ聞こえてくるんだけど。しっかりしてて人のことちゃんと見てるのが逆に化け物の生態みたいで怖いんだけど)


 (大丈夫よ一番くじ買おうとして目の前でA賞持ってかれるくらいには大丈夫よ)


 (大丈夫じゃないじゃん。それは苦じゃん。買う気失せるやつじゃん)


 一番くじ引いたことないから気持ちはわからんけど外れくじじゃん。


 (それと、一応文芸部には美人が多いわ)


 (お前それ、今なんのメリットもないのをあの人が体現しているんだけど? ほかの人もアレな人とか言わないよな?)


 (…………アンタもアレなんだから相性いいでしょ)


 (今のところ俺の中で断トツでお前がアレナンバーワンなんだが?) 


 こいつ、本格的に俺を人身御供にするつもりで連れてきたな?

 いやしかし、俺の好きになった人がそれだけのために連れてくるとは思えない。

 そうだ自分を信じろ。お前の好きな子はそんな頭のおかしな奴か?


 (ちなみにあの先輩の頭のおかしなところにさえ目をつむればちゃんと学べるところは多いわ。なにせ売れっ子作家だから)


 売れっ子作家はこの場合なんのメリットもないが、本気でちゃんと考えてくれているようだ。

 まあ僕のこと半分自分のこと半分な気もしないでもないが。

 いや、八割くらい自分のことのような気がしてきた。

 だって別に僕たちフッたっフラれた程度の間からでしかないし!

 友達というには育まれた経験値が圧倒的に足りないし!

 漫画の貸し借りしかしてないよ!

 じゃあそんな間からで告白した僕はそうとうとち狂ってんな!

 なんだか人間的にレベルアップした気分だよ!

 

 (よく気づいたわね、あなたこの短時間で成長したわよ)


 (なんで僕の考えてることがわかるんだよ!)


 (目が訴えかけていたわ、というか分かりやすい顔してたわ)


 僕正直者過ぎない!?

 

 「さて、あなた達二人で内緒話もいいのですけど入部するのかしら?」


 部長さんは微笑みながら紅茶を飲み下すと、そういった。

 いやあれ紅茶じゃねえな綾●だぞペットボトルがカップの横に置いてある。

 わざわざペットボトルから移してんのか。

 しかしだ。確かにこの短時間で僕は人間的に成長した気がする。

 これは入部するのもアリなのではとすら思い出していた。


 「ふふ、その目は入部してもいいと思ってる目ですわね」


 「なんでわかるんですか」


 「わかりやすい顔してますわ。はい、これ入部届ですわ」


 いやもうこの際僕の顔がわかりやすい顔してるとかはもういいや。

 僕は部長が差し出してきた入部届に名前を書き、提出しようとしてふと、気づいた。

 なんで僕人間性を矯正しようとしてんだ? 別にこのままでもよくね? そもそもこいつらのが僕よりやばくね? と


 「いややっぱり無しで――――」


 「おーほっほっほっ! 今更無しは無しですわ! 新入部員ゲットで五人ですわ!! これで人数不足で廃部するのは免れますわ!!」


 部長さんは僕から入部届を奪い取るとダッシュで扉から出て行った。

 僕は無言で響さんを見ると響さんは唖然とした顔をしていた。

 なんで君がそんな顔してんだよ!!


 「うち廃部寸前だったんだ……」

 

 「知らんかったんかい!!」


 「だって私も入ったのは先週だし」


 そうなのかよ! そんな日数でこの部活の苦と思ってたの!?

 よくそんな部活に入れようとしたな君!

 でも部員不足はきっと


 「たぶん人がいないのはあの人のせいだろ」


 この短時間でそれだけは確信していた。



 なんやかんやで僕は真面目なので部活には参加することにした。

 好きな子がいる部活ということを差っ引いても行きたくない気持ちが勝つような気はしないでもないが、やはり初日から幽霊部員というのはよくないと思い、僕は部室の前まで来ていた。

 ちなみに響さんは日直なので後で来る。

 まさか日直を羨む日が来るとは思わなかった。

 僕は扉に手をかけると、気合を入れて扉を開いた。

 扉を開けるのに気合を入れるとか意味わからんね。


 「どうも新入部員の佐々木優作です。部活参加しに来ました……」


 「うへへへこの作品も最高ですわ……じょぼじょぼですわ……耳からもなんか漏れ出そうですわ……だぶん脳みそですわ……」


 「んー……部長、出てもたぶん耳垢くらいだよ」


 「失礼いたしました」


 扉を閉めた。

 やっぱやべーよこの部活。

 だって耳から脳みそひり出そうとしてるんだもん猟奇的すぎるよ。

 しかも冷静に耳垢と訂正できる人もいたよ。

 あの部室で冷静な人なんて絶対狂人だよ。

 美人だったけどそれが余計にこえーよ。

 絶対なにかに人間性を捧げてるよ。

 病院行こ? 一緒についていこうか?


 「んー? 新入部員? 入って大丈夫だよ?」


 「あっ、はい」


 僕が扉を開いていたのを見ていたのか中から冷静な方の人が出てきた。

 バレてたよ。

 今から帰ろうとしてたけどダメだったよ。


 「んー……私二年の白神雨知(しらがみあまち)。君の先輩」


 「あ、一年の佐々木優作です。その昨日入部しました」


 「……よろしくね。部長は変だけどいい人だから嫌いにならないでね」


 「あっ、はい」


 なんだ!? 凄いいい人そうだぞ!?

 今僕が文芸部で関わってきた中で一番常識を持ってるぞ!?

 怖い! なにかが闇から這い出てきそうで怖い!

 でも髪白いね! 脱色してるの!?

 この学校いくら私立とはいえそこまで髪染めOKだっけ!?

 いや、その点で言えば部長金髪だけど。

 でもそれより白髪はやばくない!?


 「んー……髪の毛気になる?」


 「あ、はいなんでそんな派手な髪の毛が許されてるのか気になって」


 普通に気になって仕方ない。

 この学校がヤバいかどうかがわかる。


 「……これはね、地毛なんだ」


 「マジですか。もしかしてハーフとかなんですか?」


 地毛が白髪の外国人とか知らんけど。

 金髪って薄くなると白く見えないこともないしもしかしてそっち系?

 

 「んー……これはね、強いストレスで真っ白になっちゃったんだ」


 それは……聞いても大丈夫なやつなのだろうか……。

 家庭環境とかそういうやつなのだろうか……。

 変は変でもちゃかせないやつ来たな……。

 

 「私の好きな漫画の主人公がサブヒロインと付き合っちゃったの。その時の強いストレスが原因」


 「あっはいそうですか。大変ですね」


 やっぱ変だった。

 僕ここでやっていけるか不安です。

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バカはフラれてもバカ @kaigyakunaaitu

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