第3話 男の子(後半)

時が過ぎ、卒業式前日

卒業式のリハーサルの時間でした。男の子は、つまらないな、と思いつつぼうっと立っていました。

歌の練習が始まり、これまたぼうっと歌っていると突然、前から何かが倒れてきました。

男の子は、「あ、よけなきゃ」と思い、1歩、足を後ろに引きました。

倒れてきたそれは、ひな壇に頭を打ち、ピクリとも動かないあの女の子でした。

体育館は静まり返り、ひそひそ声だけがこだましていました。

ふと、「自分がよけていなければ」と、意味の無い問いが頭に浮かびました。「1番近いんだから、声をかけなくては」そう考えて、動き出そうとしました。

けれど、1歩下げた足はなかなか前に出ることはなく、担任の先生の「どうしたの?」という言葉とともに体育館の中で他の生徒の声がまるで許しを得たかのように大きくました。

保健委員が立ち上がり、保健室から担架を借りて2人で保健室に運んでいきました。

その時の自分はただ、

あの女の子が起きてきたら何を言われるか、

それに脅えるように、

けれどそれを悟られないように、

ただひっそりと息を殺して、群衆の中で紛れていました。

その日、女の子は戻ってくることはありませんでした。明日謝ろう。男の子はそう決めました。

 次の日、憂鬱な気持ちになりながらも登校すると、女の子はいませんでした。どうやら、頭を打っていたため、病院に検査に向かった、と風の噂で流れてきました。

しかし、卒業式を過ぎても、同じ学校の人は次も同じ学校に進学する人が多いため、そこで謝ればいい。そう、思っていました。

4月、進学した頃に、絶対に謝ろう、といった気持ちで学校に向かいました。けれど、その名簿の中には、あの女の子の名前はありませんでした。

 

男の子は今、あの女の子はどうしているのかを知ることはなく、ただ、生きています。

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過去と後悔 【レイユン】 @daminkun

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