祠を壊しちゃったカンジ

白里りこ

だったらもう壊すしかないかなって


「あー……もしかして君、あの祠を壊しちゃったカンジ?」


 錫杖しゃくじょうを持った私の前に現れたのは、紫色のノースリーブを着た、褐色肌のお姉さんであった。

 お姉さんは私が叩き壊した祠に無造作に近づき、かがみ込んでしげしげと様子を観察した。

 古びた木製の小さな祠は、屋根が半壊し、中身もめちゃくちゃで、供えてあったお酒もひっくり返っている。


「あーあー。だめなやつじゃん。どうしたもんかね」

「えっと……?」

「君」


 お姉さんはこちらを振り返った。


「もうじき死ぬよ。祠のヌシがめちゃ怒ってるから」

「えー……」


 私は祠とお姉さんとを交互に見た。


「私、山登りに来ただけですよ。なのにどんだけ歩いてもその祠の前に出るんです。だったらもう壊すしかないかなって」


 私は錫杖をぶん回す真似をした。お姉さんは天を仰いだ。


「どういう思考回路してんの。普通に器物損壊だよ」

「だってこのまま飲まず食わずで野垂れ死ぬのはゴメンですもん」

「だとしても、祠壊す以外の手段を思いついて欲しかったなあ……」


 お姉さんは腕を組んでため息をついた。


「てか、お姉さん誰?」

「天使」

「はい?」

「天使」


 お姉さんの背中から白くて大きな翼がバサリと生えた。


「死にかけの人を案内するために来たんだけど」

「死にかけの人って私?」

「そう」

「ええー……」

「でもさー」


 お姉さんは黒い長髪を後ろに払った。


「この祠のヌシ、自宅を壊された恨みで、あんたを地縛霊にしてやるって張り切ってんの。それじゃあアタシの出る幕ないじゃん。連れてけないじゃん。どうしよっかな」

「いや、私、死にたくないですけど」

「んー」


 天使は翼を僅かに動かし、右手の指先を顎に当てた。


「だったらヌシとバトるしかないねえ」

「バトる……?」

「うん。勝算はほぼないけど」

「ようし、それならやってみるよ。山伏として修行を積んでいる私の力、しかと見よ!」


 私は錫杖を構え直し、大声で呼ばわった。


「たのもーっ! 祠のヌシよ! 私を殺したくば、ここに出てきて勝負しろコラァ!」


『ショウ……ブ……』


 祠の中からしゃがれた声が聞こえてきた。


『コロ……ス……』


 次の瞬間、壊れた祠の中から、黒いモヤが寄り集まったような、不気味なものが現れた。それはみるみる大きくなって、天を衝くほどの高さにまで到達した。


『コロ……ス……』


 あ、思ったよりヤバいかも、と私は思った。

 かといってそう簡単にやられるわけにはいかない。


「そりゃー!」


 私は錫杖を発光させて、高々と掲げた。


「人に仇なす荒御魂あらみたまよ、鎮まりたまえーっ!」


 錫杖から迸った光は、確かにヌシのど真ん中を貫通した。

 しかしヌシは何ら動じることもなく、その闇の力で私の全身を包み込んで生気を吸い取った。


 かくして私は死んだ。


「言わんこっちゃない」


 天使は呆れ顔で歩み寄ってくる。

 既に魂だけとなって体から抜け出した私は、地団駄を踏もうとしたが、足が地面に届かなかった。


「うぎーっ! 悔しい!」

「まあ、アタシの目標は達成されたよ。君の攻撃で、ヌシは君を縛る力を一時的に失った。今のうちにさっさと連れてくよ。ホラ、手ェ繋いで」

「はーい……」


 私の魂は天使に引っ張られて、バッサバッサと空高く飛翔した。

 案内された先が地獄か天国か、それは秘密である。



 おわり

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