3 生産ギルド

『生産ギルド』――。

 そこはこの街『ユスラム』のメイン通りである大通りから大きく外れて、薄暗い裏路地に面していた。

 

 フローラル・エスティス(通称:フラン)に教えて貰った通りの道順で『生産ギルド』を目指す。


「あぁ、やっぱり『ヴォルクス製』には手出ねえな!?」

「いやいや、お前なんかが『ヴォルクス』はまだ早えよ!」

「だいたい、高過ぎるんだよ!ショートソード一本が最低でも大金貨四枚からだぜ?」

「高いなりには、そんだけの理由があんだよ!分かってねえな」


 ここに辿り着くまで、多くの見てくれは冒険者みたいな格好をした『それっぽい』のと通り過ぎたが、どいつこいつも話す内容は皆同じような感じであった。


「さて、『生産ギルド』の前には着いたけど、どこから入ったら良いんだ――?」


 さきほどの冒険者ギルドとは比べものにならないほど、お世辞でも綺麗とは言えない建物であった。

 簡単に言うと、古い・狭い・汚い。の三秒揃いである。


 その建物を前にして、入る事を躊躇してしまう。


 だが、小さな看板に『生産ギルド』と書かれている。

 だから、場所はここで合っているのだ。


 と、怪しんで立ちすくんでいると、中から誰かが勢いよく出てきた。

 ……誰だろ?


「くっそぉ!!ダメだっ、全然仕上がりが上手く行かねえ!」


 大量の汗を額に流し、薄黒く汚れたシャツにブラウンの綿のパンツ。頭には手拭てぬぐいを被る男性だ。

 たくましい顔立ちをしていそうだが、そこまではっきりと確認は出来ない。見た感じ、俺よりも三、四個上の雰囲気であった。


 なんとなく、その男性から距離をとって、去っていく姿を見送る。


「……大丈夫かな?入っても――」

「入るならとっとと早く入ってしまうかしら。怖気ついても仕方ないのよ」


 レティはまた俺の頭の中で金切り声を響かせた。


 こうして、つい先ほど男性が出てきた扉をゆっくりと中を確認しながら開ける。


 ――鉄の臭い。


 そして、薄暗い。


「カンカンカンカン」

「コンコンコンコン」


 遠くから鈍い音や甲高い音が混ざり合って鳴り響く。


 目の前はずらりと並ぶ木の棚。

 その木の棚には様々な武具が置かれている。


 それが、びっしりと乱雑に配置されている。


 圧倒的な存在感を出していて、きっと初見の者なら目を奪われるだろう。そんな光景である。


「…………あのお、誰かいませんかあぁ?」


 音は聞こえるが、まるで人の存在を知らせない空間から、俺に応答する声が木霊する。


「あっはあい、今行くので少し待ってて下さあぁい!」


 こんな空間で放たれた一言に、少し安堵した。が、たちまちへんな緊張感で身体が覆われた。

 

「ガタガタ、ガタガタン」

 

 奥まった薄暗いところから、階段を降る足音――。


 次第にその者が明るみになる。

 声からして女性なのは察知していた。


 まじまじと伺える獣族の女性だ――。


 獣耳が生えてる――。


 毛の感触や肌触りが分かるほどだ。

 さきほど冒険者ギルドにいた獣族とは形や毛の色、種類も別物である。

 灰色の毛並み。

 まるで、狼や犬と言った動物を連想させる。

 が、表情はどことなく柔らかく優しさがあった。

 獣族特有なのかは分からないが、目力があって瞳の形が違う事にも気付いた。


 髪は内巻きのショートヘアーで濃いブラウン色。

 にこりと笑うと、獣らしい八重歯が特徴である。


 それに、長年の汚れが染み付いてるような長めのエプロンも特徴的だ。


「お待たせしました。何かお探しですか?それとも……うん?うぅぅん……見たところ鍛治職人って感じがしないんだけど……もしかして、生産ギルド加入希望だったりします?」


 八重歯をちらつかせた微笑みから変わって、首を傾げている。

 その理由は分かる。

 俺の服装や体格的に、鍛治職人とは到底見えないからである。

 これを言うと、もはや冒険者にも見えず、良いところ商人風情ってところだ。と、自分でも自覚はしている。


「…………一応、加入希望なんですけど――」


 困った仕草をする獣女性を前に、俺は小さく答えた。


「……えっ。……あっはい。えぇと、ギルド加入希望なんですね。うぅんと、どうしようかな?とりあえず、ギルドマスター呼んで来ますので、そのままお待ち下さい」


 と、言うなり、獣女性は足早にして再び階段を登っていく。


「ギルドマスター!……なんか、加入希望の方来られたんですけど……」

「おう!加入希望者か?出来そうな奴やら取っても良いが……どんな奴だ?」


 ――いや、聞こえてるからな。

 少しは気を遣って小声で話してくれよ。


「ぱっと見どこかの貴族さん。……うぅん、未経験。腕力があるとかは……鍛えられてはいるけど、職人としてはどうかな?って感じですね」


「そうか。まあ見てみても良いけど、務まらなそうなら蹴るしかないな」


 上のフロアでそんな会話が繰り広げられると、二人の足跡は次第に大きくなってくる。

 再び薄暗い空間の中から階段を降りる音が響く。


「おう!加入希望だってな?」


 その声の持ち主は、体格がどっしりとした巨漢に近い。

 スキンヘッドが目立つし、如何にもそれっぽい風格を纏っている。

 目つきはいかつく、怒っているのか、それが普通なのか分からない。と言ったところ。


 俺はそんな巨漢を見て、圧倒された。

 これが剣術での対人戦なら、もう俺はこの時点で負けている事だろう。


「…………はい」


 少し間が空いて、俺の体や雰囲気をじろじろ眺める。

 その視線に否が応でも分かってしまうくらいだ。


「……お前さん、見たところ鍛治屋出身とか、経験者。って訳じゃあ無いだろ?」


 低い声で無駄に通る声が、さらに緊張感を高めた。


「……はい。鍛治はやった事すらありません。でも、付与された職業は『鍛治師』です。で、一応加入希望でここに来ました」


「まあ未経験者ってのは見ただけで分かっちまう。……でも、職業は『鍛治師』ってかあ?……職人の世界は相当厳しいんだが……務まりそうか?」


「……はい。覚悟とかそんな大それたものはまだ……でも、やってみたいって気持ちはあります!……てか、それしか残された道が無いかもしれません」


 そう言うと、再び沈黙が流れる。

 その間、ずっとこの巨漢に見られているのがなんとも嫌な感じで仕方がない。


「……よしっ分かった!俺なんて職業はてんで別物の職与えられてよ!?それでも親が鍛治師だったからこの仕事を無理矢理……つう口だからな。最初から才能あるかないかなんて分からん。自分次第で努力次第だ!……まあ、加入どうこうってのは置いといてだ。一応、加入試験を受けてもらうって思ってる――」


「……加入試験?」


「おう!お前にショートソードを作ってもらう!単純に、その出来を見て加入許可するか決めるって事だ!」


 そんなこんなで、『生産ギルド』に加入希望を伝えたところ、加入に際しての試験をする事になった。


 試験内容は、自力で『ショートソード』を作製しろ。

 で、少しでも才能があるって事を認めさせろ。との事だ。


『生産ギルド』のギルドマスターの名は ドグラス・ラドクリフ って言うらしい。

 みんなからはドグラスさんや、マスター、ギルマス、ギルドマスターって呼ばれてるって事で、呼び方はなんでも良いって事だ。


 今のところは、ドグラスさんって呼ぶことにした。


 ところで、このギルドマスターは世界で指折りの『マスター』級らしい。

 冒険者ギルドの中でもランクがあるように、生産ギルド内にもランクがあるらしいのだ。

 見習い、下級、中級、上級、その上がマスター級との事。


 ちなみに、あの有名な『ヴォルクス』って言う工房の鍛治職人たちはみんな、中級以上だそうだ。


 前置きはここまでにしておいて――。


 ――そもそも鍛治をやった事のない俺がどうやるんだって話だけど。


 ドグラスさんから『鍛治入門書』を受け取り、

「まずは、作製に至る工程の熟知からだ!」と言われた。


 ――それから、

 

「どうせ行くところと言えば宿くらいだろ?なんならここの工房に寝泊まりしても良い!飯は自分でどうにかしろ!それに工房は好きに使って良い。だが、人の道具は使うな。商売道具だからな。金床と炉は好きなのを使え。金に余裕あるなら槌くらいは自分で用意しろ」


 ……そう言われても、分からない事ばかりである。


 加入試験は一週間後との事で、金属はこちらで指定する。

 その金属を使用してショートソード作製。


 試験内容はこんな感じである。


 こうして何から手をつけたら良いのか。と言う状態だから、まず言われた通りに作製に至る工程を知るところから初めてみることにした。


 渡された『鍛治入門書』を読み進めて行くと、いくつか基本的な事が分かった。

 鍛治工程についてだが、工程は大きく分けて四つあるらしい。

 ・金属素材の選定

 ・熱する

 ・鍛錬

 ・研磨最終仕上げ

 

 この四つ。まんまと言えばその通り。


「この臭い懐かしさはあるけどあんまり長居したくないかしら」


 腹の虫と金切り声が頭の中で響いた。


「ごめんねレティ……もう少し読んでおきたいんだよ。……それにもうそろそろお腹も空いて来た頃だよね」


「もうそろそろ?随分前からずっと腹の虫はなってるのよ。こんな石畳のところで寝てられないかしら。レティは美味しいご飯と温かいベッドを所望するかしら」


「……はいはい。分かりましたよレティ姫。……ところでさ、『金属素材の選定』なら俺のスキル鑑定で調べる事は出来そうだと思うんだけど……どう思う?」


「……それはきっと、おそらく、たぶん、鑑定スキルでどうにか出来るかしら。……良い素材を選ぶ。そんなのそこいらの鍛治職人なら出来て当然なのよ。それでも、『ヴォルクス』があんなに高価で世界一の武具工房……と謳わせるのにはまだその他に何かがあるってことかしら」


 レティの意味深長いみしんちょうな発言が伺えた。

 レティの言葉を気にしつつも、俺は教本を読み進めていくことにした。


 1.金属の選定だ。より強度を高めるためには金属の特性を知るところから――らしい。

 

 金属単体だけでは強度を出すのに限界があるらしい。

 そこで二種類かつそれ以上の金属を配合または錬金して強度を上げていくらしい。


 金属には粘度・硬度という概念があるらしい。

 それらの特徴ある金属を複数合わせて鍛錬を行うと、より強固で粘り強い武具が出来る。


 簡単に言うと、

 欠点のある金属と、その欠点を補える特性を持つ金属を合わせて鍛錬。その金属から武具を作る。

 だから、金属の特性を知る必要がある。


 だそうだ――。

 


 2.金属を熱する。

 金属を熱して溶かす――。

 言葉のまんまだ。

 選んだ金属から武具を作るためのひとつ手段として、熱して溶かしてひとつの金属にする。


 3.鍛錬。

 溶かした金属の不純物を無くすため、叩いて延ばして重ねて再び叩く。を、繰り返す事によって幾つかの層ができて強固な金属になる――。


 ――叩けば叩くだけ良いのか?


 4.最後に研磨。

 磨いて刀身に刃を付けていくらしい。

 そして最終仕上げ。


 刃紋を付けて、最後に自分の銘を刻む。

 

 さらに読み進めていくと、また新たに分かったことが四つあった。


・作製した武具に特殊な効果を付与出来る

・特徴効果の付与は極めて困難かつ成功確率も極めて低い

・マスター級になるにはそれを成功させたという実績が必要

・武具に銘を刻めるのはマスター級認定された者に限る


 俺はどうなんだろうか。

 

 不安だ。

 俺はこうして鍛治職人を志す事を決めたが、果たしてこれが俺に出来るのか。


 一応、鍛治職人になると決めたからには、やはり上を目指したい。


 追放された落ちぶれ元貴族の俺に出来るのか。


 加入試験まで残された時間は一週間。

 その間で、ある程度ものになりそうなショートソード作らなくてはならない。


 このど素人の俺が。


 レティの力を借りたらと考えたが、そもそもレティは先の通り戦闘特化した俺専用武器。みたいな物だから――。


 不安だ。


 こうして『鍛治入門書』を読んでみたはいいが。


 ……まぁいいか。

 とりあえずやってみよう。

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【リメイク版】貴族家を追放された俺がゴミスキルと馬鹿にされた『鑑定』と見下された下級職『鍛治師』で最強になるまで。 ピコ丸太郎 @kudoken

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