『カタチ』
どこかで懐かしい民謡が流れている。時計を見ると、時刻は五時になったばかりだった。窓の外は茜色に染まっている。何故だか無性に寂しい、と思った。
喉の渇きを潤そうと首を回すが、近場にその類のものはない。起き上がらねばと考える反面、体はその気さえ見せていない。
深く息を吐く。今日は何曜日だっただろうか。最後に段ボールを捨てたのはいつだったかなんて、どうでもいい記憶を探っていると、横から小さな呻き声が聞こえる。何に不満があるのか、眉間に皺を寄せたまま寝返りを打つ彼の顔は、どこか幼く見えた。襟元のくたびれたTシャツは、もはや彼の一部になっていた。
彼の額に指先を付ける。皮膚の感触。そのままゆっくりと指を動かす。眉間、鼻筋、人中、唇、顎と順になぞってゆく。彼の顔の凹凸。今度は自分の額へ指を置くと、同じように顎先まで指を這わせた。同じようで全く違う凹凸に、きっと私はこの形にハマらないのだろうと虚しくなった。もう外は暗くなりつつある。
機械的な振動音が鳴る。音のする方へ顔を向けると、彼のスマホが眩しい光を灯していた。薄い液晶に表示されているのは、可愛い絵文字が付いた一文と女の人らしき名前。恋人かな、と考えて、彼にそんな特定の人がいる訳がないかと考えを否定する。では彼女は一体、どれくらい彼の形にハマっているんだろう。漠然と考えを巡らせて、どうでも良くなって笑いが零れた。
私の笑い声に反応したのか、彼が目を覚ました。形が変わる。
「おはよう」
乾いた声を鼓膜で感じる。それは何度も聞いた声なのに、いつも他人のように感じる声だった。
「おはよう、お腹減った?何か食べる?」
「うーん、そろそろ帰らないと」
暗くなった窓に目をやり、硬くなった体を起こすように伸びをする彼。何処に?とは、まだ聞けそうにない。きっとこれからも、聞けない。
「そっか」
簡素な返事に、彼が優しく微笑む。骨ばった手が私の髪を撫でた。それが嫌に温かくて、私はゆっくり目を閉じた。
その温かさで、私を溶かしてくれないか。そして新たな形に作り替えてはくれないだろうか。君にハマる形に。
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たった1mmの恋 ria @riaria_14
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