第4話

 昭和44年、夏。

 私は京都会館で2日間に渡って行われた琵琶の演奏会に出演したの。

 あ、京都会館って、今のロームシアター京都ね。

 で、初日の公演が終わって、仲間たち何人かで近くのお店行ってお食事して、さて帰ろうって外に出たら物凄い湿度。むわぁってしてて、しかも空には分厚くて真っ黒な雲。みんなと別れて、嫌だなぁイヤだなぁって思いながら東大路通を北に向かって歩いてたら、案の定、物凄い夕立。

 琵琶は次の日にも公演があったから会館に置いてきてて濡らさずに済んだんだけど、私自身は傘を持ってきてなくて、もうずぶ濡れ。

 地下鉄もない時代。市電(路面電車ね)はあったけど、急な大雨のせいか遅れてたみたいで、熊野神社前の電停で待ってても来やしない。これは歩くしかないかなぁと思ってトボトボ歩いてたら、一台のタクシー。助かったぁって思て手を挙げて、京都大学付属病院の前あたりで乗り込んだの。

 でも、もう服から何からびしょびしょ。演奏での疲れも相まって、とてもじゃないけど笑顔になんてなれなくて、行き先告げる声も小さなってしもて、運転手さんには悪いことしたなぁ、怖がらせてしもうたなぁって思てます。

 でもね、その後は私のせいちゃうの。フツーに座っててボーッとしてて、そろそろやなぁ思うて、座席を濡らしてしもたし、お金多めに財布から出して「ここで降ります」って言うたんやけど、運転手さん、雨の音が大きくて聞こえへんみたいで。「降ります」ってもう1回言うたんやけど、雨音大きすぎて、疲れきった私の声では小さいのか聞こえてへん。

 仕方ないから、お金を座席に置いて、ほなって瞬間移動テレポーテーションして、おうちに帰ったの。

 そしたら「京大病院前から乗せたずぶ濡れの女性客が消えた」みたいな話になってて。

 そりゃあ確かにその通りやけど、お金も置いてたはずやし、運転手さんには恐い思いさせて申し訳ないし、反省もしてるけど、私、そんなに悪いことしたのかなぁ……


※※※※※※※


 「うん、思いっきり宜しくないね」

 上城さんこと、今は上善寺さんにいはる初代深泥池地蔵さんが私の思考を読んだのか、苦笑しながら頷いてる。

 「だって仕方なかったんやもん。運転手さん、聞いてくれへんかったし」

 「当時のタクシーには運転手と客を遮るアクリル板なんぞなかったであろう? 肩を叩くなり耳許で叫ぶなり、なにか方法があったであろうに」

 柳楮さんこと、深泥池貴舩神社に奉られている高龗神さんが呆れてはる。

 「そもそも京都会館から瞬間移動テレポーテーションすれば宜しかったであろう? 」

 「演奏で疲れてたし、何より私が深泥池貴舩神社の弁才天だってバレるわけにもいかないから、フツーの人みたいに帰ろうとしただけです」

 「気持ちはわかるがのぉ……」

 「やり方がありますよね」

 柳楮さんと上城さん、顔を見合わせてる。

 「おふたりとも、それくらいにしてあげて下さい」

 光くんが困り気味の笑顔でこちらに歩み寄ってきた。

 「紗羅さんも反省しているようですし」

 「そうは言うがのぉ、二代目も知っておろう? あれ以来、深泥池は心霊スポットだの怪談話発祥地だのと、ひどい言われようじゃ」

 「まぁ、それはこれから我々が頑張って新たな歴史を積み重ねれば宜しいこと。それより……」

 光くんこと二代目深泥池地蔵さんがお店を見渡す。

 「秋庭教授が学生さんたちを連れ出してくれたので今は大丈夫ですけど、そろそろ“人間”のお客様もいらっしゃるかもしれませんし、ここでそのお話をされるのは、あまり……」

 初代の深泥池地蔵さんが廃仏毀釈のあおりを受けて上善寺さんに移されたあと、深泥池の周りで何回か火災があり、やっぱりお地蔵さんがいはらへんとあかんってなってたとき、ご縁があってやってきたのが二代目深泥池地蔵さん。こちらも小野篁さんが彫ったもの。

 そして秋庭教授は深泥池貴舩神社の秋葉神社に奉られてる秋葉権現さん。酸茎漬け発祥の神社として知ってる人もいはるかな?

 なんて説明は良いとして。

 「言われてみれば……」

 私も店内を見る。

 お客さんもスタッフさんも近隣の神さま仏さま、それに妖怪ばかり。

 例えば、サンシャインパインフラペチーノを嬉しそうに飲んではる勇さんは深泥池貴舩神社から歩いて数分のところにある勇身八幡宮さんの化身。

 その隣の席、丸くて大きめのメガネをかけ熱心に本を読んではる文学少女は文車妖妃ふぐるまようびちゃん。恋愛小説でも読んではるのかな?

 視線転じて、出入り口の近くで私たちのやり取りを見ながら面白そうに笑てはる色白で細身の美人さんは船岡山の稲荷命婦元宮いなりみょうぶもとみやに奉られてるお狐さま。私の視線に気がついて手を振ってはる。

 私も手を振り返してカウンターへと目を向けると、コーヒーが好きでスタッフになった兄弟が配達の郵便屋さんから荷物を受け取って談笑してはる。

 あの兄弟は深泥池貴舩神社の役行者さん。なぜか2体、奉られてるのよね。一方の郵便屋さんは黒いマスクして口許隠してはるけど、鞍馬山に住んでる烏天狗さん。ちなみに、京都市内の郵便局では配達の仕事してはる烏天狗さん、けっこういはる。空が飛べて仕事が早いって評判なんだって。

 って、そんなことは良いとして。

 「ほんまに人がいない」

 京都って令和の御代でもフツーに神さま仏さま、妖怪が街を歩いてる。とはいえ、この状況はちょっとレアケース?(笑)

 「無論、人がおらんのはわかっておった。でなければ我らが素性を明かすような話はせん」

 柳楮さんが少しムッとしてる。

 「まぁまぁ。二代目の言う通り、もうすぐ人のお客さんもきはるみたいですし……」

 上城さんが言ったと同時に。

 「「いらっしゃいませ」」

 兄弟さんの声。本当に人のお客さんが来はった。

 「致し方ない。弁才天、いや、紗羅よ。ちゃんと反省しよし」

 「だから反省してます」

 柳楮さんの言葉に思わずむくれちゃった。

 「そうは見えぬが、まぁよい」

 柳楮さんがため息をついて、コーヒーを飲み干し、立ち上がる。上城さんも腰を上げた。

 「我らも大学へ行く。あの者たちに何か役立つ話ができるやしれんし、それに……」

 柳楮さんが上城さんを見る。

 「彼らの研究は北区全体の新たな魅力を発信するきっかけになりそうですし、なにより深泥池のイメージを変える契機になるかもしれません」

 上城さんが柳楮さんの言葉を引き継いだ。

 「そういうことじゃ。そなたは譜面読みか?」

 柳楮さんがテーブルの和綴じ本を見る。

 「うん。公演が再来週やから」

 私は和綴じ本を手にした。

 「何度も演奏してきたけど、おさらいは大事やからね」

 「頑張って下さい! 僕らも観に行きます!」

 光くんが両手を握りしめてブンブン振って応援してくれてる。かわよっ!

 「うん!」

 私も元気よくお返事。

 「あー……上城、参るぞ」

 「ふたりの世界ですねぇ」

 柳楮さんが苦い顔して、上城さんが半笑いを浮かべながら行っちゃった。

 「ありがとうございました……あ、そうだ。紗羅さん」

 ふたりを見送った光くんが私に顔を向け直す。

 「深泥池の近くにあるお店で琵琶のコンサートをされてみてはいかがですか?」

 「コンサート? 琵琶の?」

 私は和綴じ本をテーブルに置きながら聞き返した。

 「はい。北浜や北大路ほど多くはありませんが、深泥池の周りにも素敵なレストランやカフェがあります。そちらでコンサートを行えば、深泥池周辺のイメージアップになるかもしれません」

 「あ、それ、アリかも♪」

 私は軽く手を叩いた。確かに、私も時おりご近所のお店に寄らせてもろてる。頼んでみても良いかも。

 「椅子とテーブルの配置を少し変えたり、工夫次第で20人くらいのコンサートはできる。面白そう! よく思いついたね?」

 私は小首を傾げつつ、光くんに質問。

 「学生さんのお話をお伺いしてて、何かないかなぁって思ってて、ちょっと思いついたんです」

 「美味しいお食事とかケーキと音楽、めっちゃ素敵!」

 私、小さく拍手。

 「いや、それほどでも」

 光くんが顔真っ赤にして頭を軽く掻いてる。

 「私は観光地時代の深泥池を知りません。なので、今の時代にあった形で盛り上げられたら良いと思うのです」

 照れながらも言うことはしっかりしてる。さすが光くん♪

 「かしこまり。じゃあ、今からちょっと行ってくる」

 私は荷物ケースからトートバッグを取り、和綴じ本の譜面を仕舞うと、ダークモカチップフラペチーノを手にして立ち上がった。

 「い、今から? どちらにですか?」

 「コンサートできそうなお店にランチ兼ねて。もし実現したら、光くんも手伝ってね♪」

 私、ウインクひとつ。

 「な、ななな!」

 光くん、頭から湯気出てる。照れ屋さん。めっちゃかわいい!

 「じゃ、行ってきます」

 私は小さく手を振り、小走りでお店の出口へ。

 「い、いってらっしゃい!」

 背後から光くんの声。私は振り向いて、もう1回手を振ってから、役行者の兄弟に小さく頭を下げて、スタバを後にした。

 うん、これはきっと面白いことになる。勇さんとか柳楮さん、上城さん、秋庭教授、役行者兄弟、そして光くん。みんなと一緒なら、きっと楽しいことができる。

 そんなことを思いながら、周りに人がいないのを確認して、私は深泥池の近くまで瞬間移動テレポーテーションした。


※※※※※※※


 京都市北区は暮らすにも遊ぶにも程よいところ。

 北山、北大路、上賀茂、紫明。ハイソな印象を抱く人も多いんじゃないかな。

 でも、同じ北区でも深泥池って、あんまりイメージがよくないかも?

 だけどね、自然豊かで静かだから気持ちが落ち着くし、心が疲れた時にボーッできる場所。

 周りには美味しいお店もあるし、何より私たちがいる。決して大きな神社やお堂じゃないけど、ホッコリできると思うな。

 少し足を延ばせば上善寺さんにも行けるし、今では地下鉄の駅から徒歩圏内、近くまで市バスも走ってる。便利になったなぁ(笑)

 だから、怖がらないで、一度、遊びに来てほしい。

 きっと、あなたの好きな場所になるから。


 御菩薩池に、いらっしゃい♪




 もしかしたら、私の琵琶の音色、聞こえるかもよ(笑)


※※※※※※※


(あとがき)


 こんにちはこんばんは!o(*≧∇≦)ノ!

 小若菜隆でございますヾ(´●∀●`*)ノ♪

 「御菩薩池に、いらっしゃい♪」をお読み頂き、ありがとうございます<(_ _*)>

 趣味の創作を再開して2作目、いかがでしたでしょうか?

 お楽しみ頂けておりましたら幸いでございます(´●∀●`*)ゞ


 さて。

 実を申しますと、復帰1作目を書き上げカクヨムにて公開した後(8月終わり頃)2作目は別の作品を書くつもりでおりました。

 候補のアイデアが複数ありまして(私立探偵とコンビニ店長の兄弟が巻き込まれるアクション系とか、熟年男女のいじらしく可愛らしい恋愛モノとか、フリーライターが主人公の人探し系ミステリーとか)。どれにしようかなぁと考えていたんです。

 そんな時、ふと思い出したのが「京都キタ短編文学賞」。京都市北区役所主催で同区を舞台にした短編小説を公募されていたな、なんて思いまして詳細を確認しましたところ、第3回の締切が10月15日。

 これは間に合いそうだね。文字数も5000文字までだから短編好きとしては程よいね。賞を狙えるような技量はないけど、以前からちょっと考えてた題材もあるし、せっかくだから参加してみましょうかね、なんて思いましてね。

 で、書くのなら現地取材してみては、とゆーお嫁ちゃんの提案もあり、実際に深泥池の周辺へお伺いしましてね。深泥池を見学し(自然豊かで静かで心落ち着く場所でした)深泥池貴舩神社さんや深泥池地蔵さん、勇身八幡宮さん、上善寺さんをお参りして、書き始めたんですよ。

 深泥池の過去とか織り混ぜて、実は素敵なとこなんだよぉって5000文字くらいでまとめてみようかね、なんて思いながら書いてみたわけですよ。


 1万5000字弱まで膨れ上がるなんて思いもしないですよね(ノ∀≦。)ノwww←自分で笑てる


 いやぁ、見学させて頂いた分、盛り込みたいことが山のようになっちゃって(●∀●`; )ゞ

 しかもネットとかで調べたら色んな情報が出てきて、これまた盛り込みたくなっちゃって(σ≧▽≦)σ←変なポーズして誤魔化そうとしてます

 気がついたら、かるーく5000文字突破してて(((*≧艸≦)ププッ←笑って誤魔化そうとしてます

 それならばカクヨムで公開しよ、となった次第゚+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゚←勢いで誤魔化そうとしてます

 前作以上に「会話劇」っぽくなりましたけども(●▽●;)ゞ

 自分なりに楽しんで書かせて頂きましたφ(..)

 お読み頂いた方も楽しんで頂けていれば幸甚です.+:。 ヾ(´●∀●`)ノ 。:+.


 なお、物語に登場します歴史的内容などに関しましては、作者なりに調べて書いておりますけれども、諸説ある場合もございますし、何よりも創作物でございます。過去の出来事などを参考にしたフィクションとしてとらえて頂ければと存じます。


 また、今作にて深泥池や周辺の神社仏閣などに興味を持たれましたら、ぜひ足をお運び下さい。決して大々的な観光地ではありませんが、静かで心落ち着くのではないかな、と思います。

 ただ、深泥池周辺は普通の住宅街なので大騒ぎなどはされませぬよう、どうかご配慮下さいませ。


 ではでは、今回はここまで。

 改めまして、最後までお読み頂き、誠にありがとうございました<(_ _*)>

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御菩薩池に、いらっしゃい♪ 小若菜隆 @kowakanataka

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