第56話 水壁の入り口



毒竜鳥はひとかけらを残して消え去っていた。

「ねぇ、ソラ。これって…。」

ひとかけらさえも意思的に動いている。

「うん。大きな竜鳥じゃなかったんだね。」

竜に見えていたものは、竜ではなく、小さな小さな鳥たちが集まっていたものだったのだ。

「これも消さなきゃ、だめなのかな?」

僕が最後の一群の消去を躊躇っていると、間髪を入れずに、横からピートが水針をさした。

「その甘さはだめだよねぇ。お兄さんにも言われてたでしょぉ。」

…言われてた。確かによく言われてた。


  “何が大切か。優先順位を見誤るな。”


やっぱりまだよくわかんないよ。

サッとドロップギフトを拾い、辺りに再び気を配る。森全体まで、索敵範囲を拡げてみる。が、もうどこにも大きな気配は感じられなかった。

残りは毒竜鳥に汚染されたエリアが広がるばかりだ。マーサとピートと共に一つ残らず解毒していく。森のエリアを浄化し終えた頃には僕たちの背中に薄暮が迫っていた。



しかし、ほどなくして、アク・ヴォ・モントからの毒が流れ込んでくる。十分も経たないうちに一帯は、また毒にに侵されていく。先ほど蔓延していた毒とは全く異なるものではあるが。


「この毒は、なくならないの?」

マーサが近くの木に聞く。

「ここら辺、そもそも毒あるんダヨ。そういう地域。だから、普通ならダイジョブ。でも、急に毒竜鳥キタネ。来るはずないのに。たくさん。そしたら、みんなおかしくナッタネ。」


だから、今はみんな平然としているわけか。これは日頃からの毒というわけね。

だんだん夜が追いついてきた。どこかで休みたい。どうしよう。アク・ヴォ・モントは未知数だし。休むならここの森がベストなんだろうけど。

キョロキョロ見回していると、少し遠くの方から一番背が高く、幹の太い木が僕たちの方に向かって歩いてきた。


「長が、およびデス。」

連れられていくと、先ほどの小柄な老木がかしこまって僕たちを待っていた。

「みな、おぬしたちに救われた。重ねて礼を申す。ついては、今宵、一席設けさせていただきたい。」


思いもよらぬ形で、木々や植物たちと楽しいひと時を過ごすこととなった。浴びるように感謝を述べられ、手が茶色や緑色になるほど、握手を求められた。

久しぶりに取り戻した正気に、飲めや歌えやの大騒ぎだった。こんなに楽しく木々たちと触れ合えるなんて、ルーブさんに言ったら、ものすごく羨ましがられそうだ。



翌朝、暁の頃には支度を済ませて出発した。

行く背には感謝の合唱が降り注いでいる。最後に大きく手を振って、森たちとお別れをした。

アク・ヴォ・モントの入り口までは緩やかに曲がってるものの、一本道だった。背の低い木々や花、虫、小動物。強毒が満ちていることを除けば、よくある普通の草原だった。

マーサはキョロキョロすることなく、鼻歌まじりに“ヴェルダ・ネブロ”(緑の霧)を張り続けている。この辺りの毒は、ここに来るまでに体が覚えたのか、僕にとっては空気と大差なかった。


坂を登りきると入り口が見えてくる。トットさんがもう一つの入り口で見つけた大きな門は見当たらず、ただ水で覆われていると言えばいいのか、かなり巨大な水の壁が目の前に伸びていた。

「マーサ、どこかに、入り口あるかな?」

あたりを見回しながら聞く。

「んー、ないよね。でも道は山に向かって続いているから、ぶつかっているところが入り口なんだと思う。」

とりあえず道に沿って進んでいき、水壁に向かって手を伸ばしてみる。冷たい感触が腕を包む。水の中に腕が入っていったが、肘の部分より先へ押し進むことはできなかった。

道は水の壁を越えて中へと延びている。やはり、ここから入るのだろうか。

「マーサ、ピート、どうする?」


と、マーサが水壁のところまで来て、両手を前に突き出した。マーサが手を伸ばしたところに二メートル四方の穴があいた。

「ひらいた…!?」

マーサが目を丸くして、こちらを見る。

迷うな。すぐ動け。

「入ろう!」

みんなで入り口を駆け抜ける。

マーサが入り終えると自然と入り口は閉じていき、元の水壁になった。


「マーサ、何したの?」

「うーん…わかんない。開かないかなぁ、と思って手を伸ばしたら、開いたの。」

内から外を見ると光の屈折なのか、外の景色は歪んで見える。内部の温度はやや低く、肌寒いくらいの体感だった。

柔らかな陽光が降り注ぐ。

アク・ヴォ・モントが波打つと、潮の香りが漂ってくることがあった。空気は乾いていて、なんなら気持ちがいいくらいだ。

少し進むと大きな石碑が立っていた。石碑の周りには比較的新しい底面のずらし跡がいくつも残っていた。



僕たちは「ずれ」に合うように石碑を後ろに動かして、階段を降りていく。少し空気がしっとりしている。

泥でできた洞窟が目の前に広がっていく。陽光も弱まり、全体的に薄暗い。しかし、泥が光を通しているのか、火がなくても困らない程度の明るさだった。

少し小さめの岩がコロコロとしており、見かける生き物もヤマザリガニやジメジメカニなど、湿潤を好むものばかりだった。敵意は感じない。

さらに、少し降りると三つの扉が見えてきた。マーサと地図を眺める。

「ソラはどのルートがいいと思う?右か、左か、下か。」

「うーん、どれがいいんだろう。」

地図を見ると、道はその先でも枝分かれしていたが、下へ下へ降りていくにつれて、だんだん一つの道になり、五階では一本道と広場になっていた。

「一つも×がついていないルートがあるよ!これにしよう!」

「よし、そうしよう。」

…あれ?

クレイで見た時には、どのルートにも×があった気がしたんどけど。

ピートは僕たちが進むより早く、右へ向かっていた。

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