25 楽しむため

 気怠い余韻が残る体で、瑠々るるちゃんの手を握る。指を絡める。すねに瑠々ちゃんの爪先が触れて、くすぐったさが幸せになる。


「あのね、八降やつふるくん」


 少しぼんやりした瑠々ちゃんの声。見つめ合えば、瑠々ちゃんはふわりと微笑んだ。


「どうして八降くんが作ったゲームに入り込まないのか、わたし、考えてみたんだ」


 瑠々ちゃんの頬にほつれかかる髪をそっとかきあげて耳にかける。なんでもないような顔をして──できてるかはわからない。でも、瑠々ちゃんを不安にさせないように、静かに話の先をうながした。


「うん。それで?」

「八降くんは前に、わたしのこの体質はボードゲームを楽しむためのものだって言ってくれたでしょう?」


 確かに言ったな、と思い出す。高校のときだったか。実際に、俺は瑠々ちゃんの体質をそういうものだと理解している。だから、ゲームを楽しめば良いはずだって、楽しんでほしいって、ずっとそう思っていた。今だってそう思っている。


「そうだね」


 俺が頷くと、瑠々ちゃんは嬉しそうに目を細めた。


「だから、八降くんが作ったボードゲームに体質が反応しないのも、楽しむためなんじゃないかって思ったんだよね」

「反応しないのが、楽しむため……?」


 俺は不思議そうな顔をしてしまったのだと思う。瑠々ちゃんは俺の表情を見て、くすくすと笑った。


「つまりね、わたしは八降くんが作ったボードゲームを、自分でトークンを持って動かしたり、自分でカードをめくったり選んだりして楽しみたかったんだと思う。そうやって、一緒にボードゲームを作って触って自分で楽しみたかったんだって、そう思ったんだけど……どうかな?」


 ぽかんと口を開いたまま、俺は瑠々ちゃんを見ていた。

 瑠々ちゃんが言っているのは、つまり、体質が反応しないのは俺が作ったボドゲがゲームとして成立してないからじゃないってことだ。そうじゃなくて、瑠々ちゃんがボドゲをボドゲとして楽しむために、体質が反応しないってことで。

 それはつまり、どういうことなのか──考え込んでいる俺をよそに、瑠々ちゃんは柔らかな声で言葉を続けた。


「だからもしかしたら、この先もわたし、八降くんが作ったボードゲームなら、入り込まずに遊べちゃうかもって思ったんだよね。もしかしたら、だけど」


 二人でテーブルを挟んで遊ぶボドゲは楽しかった。それだけじゃない、一緒にルールを考えながら遊ぶのも、そうやってボドゲのルールを作り上げていくのも、楽しかった。


(そうか、それは悪いことじゃない。一緒に楽しめるってことなんだ)


 気づいたら、俺も自然と笑っていた。ふたりで見つめあって、笑顔を交わし合う。


「次のボードゲームも、また作るんでしょう?」


 瑠々ちゃんに聞かれて、俺は握っていた手に力を込める。


「それは、もちろん」


 瑠々ちゃんも、しっかりと握り返してくれる。


「楽しみにしてるね」

「うん」


 俺は、握ってるのと反対の手を瑠々ちゃんの頬に添える。瑠々ちゃんの顔を包み込むように。そして、顔を近づける。


「瑠々ちゃん、ありがとう、大好きです」


 何回か瞬きをして、照れたように目を伏せてから、瑠々ちゃんは返事をくれた。


「うん、わたしも、好きです」


 さらに顔を近づければ、瑠々ちゃんは頬を染めて顎を持ち上げた。ゆっくりと顔を近づけて、そっとキスをした。




 こうして初めてのボドゲ作りは、うまくいったのだった。多分。少なくとも俺にとっては。そして、瑠々ちゃんにとってもそうであって欲しいって、思っている。




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角くんはボドゲも恋も育みたい(アドベントカレンダー2024) くれは @kurehaa

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