一人息子が裏山の祠を壊したと、現場を目撃した隣家の老婆が息急き切って駆け込んできた。中にいたモノは息子を取り込み、ゆっくりと山を降りてきていると。それを知らせるために老体に鞭を打ってくれたらしい。

 私は愕然とした。あの子が水子達に魅入られないように遠ざけていたつもりだった。それなのに、あの子は私達の目を掻い潜ってまで祠に行っていたなんて。私は妻を責め、それ以上に自分自身を責めた。

 祠を壊す前、息子は自分には死産した双子の姉がいるのではないかと頻りに聞いていた。私も妻もその問いに頷くことはなかった。何故なら、であり、からだ。私もエコー写真で確認している。つまり、あの子はいもしない双子の姉の幻を見ていたのだ。私にはその心当たりがある。

 祠に祀られているのは、我が家の汚点だ。ただの水子ではなく、我が家に産まれることを許されなかった子供達。家督を継げない女児や、忌子である双子の片割れ。五体が揃わず産まれた子や白痴の子。そういった子供達を密かに殺めては祠で供養してきたのだ。神として崇め奉り、家を守ってもらうために。自分達で殺しておいて、勝手な話だと反吐が出る。

 けれど、それは神にはならなかった。幾つもの水子が集合したそれは強大な怨み辛み、妬み嫉みを抱え、いつからか血族を襲うようになった。恐れた先祖達は祠に封印を施し怨霊を閉じ込め、それまで以上に丁重に奉った。

 それでもアレはあの手この手を駆使して封印を解こうとした。何も知らない幼子を惑わしてつけ入ろうとしたため、私も分別がつくまで父により裏山から遠ざけられていた。私が全てを知ったのは、成人してから。二十歳の誕生日を迎えた日の夜、父から裏山の祠の真実を告げられた。

 私は恐ろしくなった。水子の怨霊も、それを作り出して祀る我が家も。けれども、家を飛び出したところでアレから逃れられるとも限らない。結局逃げられずに、こうしてアレに残りの人生を捧げた生贄として日々を過ごすしかできなかった。せめて我が子だけでも、我々を縛るしがらみから解放してやりたいと願っていた。それなのに。

 ずるずる、べたべた。ナニカが這いつくばって山から降りてくるのが見える。聞こえる。嫌だ。怖い。来るな。助けて。

 臆病な私は子供の頃からずっと怯えていた。時たま裏山から聞こえる声に。姉を名乗るナニカの誘惑に。いつからか聞こえなくなり安堵していたのに。

「ケンちゃん、迎えにきたよぉ」

 幼い頃に何度も私を呼んだ懐かしい声が鼓膜を、脳を震わす。やめて、来ないで、お姉ちゃん――

「ねえケンちゃん、何で出してくれなかったの?」

 真っ黒な、底の見えない闇のような瞳が私を覗き込んだ。

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ぼくのおねえちゃん 佐倉みづき @skr_mzk

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