第6話 よるとの遭遇
戦争は一進一退を繰り返した。
エドゥアルトの希望で本人が前線に出ているため、自然とその護衛であるラインも前線で戦うことになる。だが、ラインは嫌だと思ったことは一度もなかった。なぜなら、それが主君が望む道なのだから。ならば、ラインのすることはその主君の身を全力で守ることだけだ。
戦争が始まって長い長い時間が経過した。と言っても数年の事なのだが、民は疲弊し、ラインたちだってもちろん戦に明け暮れることは疲れることだった。その疲労感が時間を長く感じさせるのである。
しかし、王太子が前線に陣を張っているということで、王都へ攻め込まれることはなかった。もしかしたらエドゥアルトはそこまで計算して自ら前線に出ると言ったのかもしれない。
ある日、エドゥアルトとラインはいつものように陣営のパトロールに出た。
その日は天候も良く、森の中の見通しも良かった。普段通りの何もないパトロールで終わる、と思われたその時だった。
兵から不意に報告が上がる。
「森の中に人が倒れています!が、これは…。」
何かを言い淀む兵に、ラインたちは違和感を覚えた。ひとまず人が倒れているというのは救助するべきだろう。と、二人で兵の指す方向へ近づく。
「これは…。」
エドゥアルトとラインは顔を見合わせた。そこに倒れていたのはうら若き少女だった。が、見たことのない装飾品や、カバンらしきもの。身に纏っているもの全てが違和感だらけだ。何より二人をギョッとさせたのが、脚を丸出しにしているスカートの意味をなしていないスカートだった。
「身なりは悪くない。が、こんなところに倒れている理由もわからない。どうやら異国のものにしか見えないし、間者の可能性が高いな。」
エドゥアルトと共にそういう結論に達し、意識がないようだから連れ帰ってはみるものの、意識が戻るまでは装備の全没収、という話に落ち着いた。冷静に分析したつもりだが、あまりにも破廉恥な格好で外に倒れていたため、流石のラインも少し動揺を隠せなかった。
やがて意識を取り戻した少女から事情を聞くと、異世界から来たなどとおかしなことを言い始めた。エドゥアルトが尋問を買って出たが、実は暗器使いとかだったらいつでも対処できるように、天幕の外で控える。というのも、身一つの少女への配慮もあってのことなのだが。
「ライン、入ってきてもいいぞ。」
一通り尋問を終えたエドゥアルトが少女に服を与えたタイミングで入室を許されたが、どうにも少女の話が見えない。とりあえず少女は『よる』と名乗った。ラインは嘘の上手い敵などの対処もこなしてきたため、エドゥアルトに接触するものには特に注意深くなっていた。証拠もなしに、異世界などと信じられるわけがない。押し問答になると思われたその時、少女は自分の荷物の中に証拠品があると言い出した。
(自分の装備品を取り戻そうとするよくある手口だ…。)
ラインはその手には乗らないと、よると名乗った少女に荷物は返せないと告げると、今度は荷物をライン達に調べてくれと言い始めた。
『四角い鏡のような物体』があったら信じてくれと言ってきたので、早速ラインが調べに向かう。
「これか?」
何やら珍妙な四角い物体がラインの目に留まる。カバンの中身は、見たことのない物体でいっぱいだ。これは異世界と言われても納得するかもしれないが、ラインの目はそんなことでは誤魔化されない。きっとアルフレッドに聞けば正体のわかる暗器が入っているだけに違いない。と、そこでラインが発見した四角い物体に触れると、突然発光する。そして絵画が現れ、数字が浮かび上がった。
(なんだこれは!)
しばらく放っておくと、また元の黒い物体に戻ったのだが、ラインはあまりの驚きに、もう一度触れる気にはならなかった。
確かにこの世界にこんなものを持っているという人物の話は聞いたことがない。ラインはよると名乗った少女の話を一旦信じることにした。それをエドゥアルトにも報告する。
程なくして、よるという少女はこの陣営に置かれることになったのだが、ラインはまだ目を光らせていた。というのも、他国から陣営に単騎乗り込んできて、スパイをしているかもしれないとまだ疑っていたせいだ。エドゥアルトという王太子の身を預かる身として、一時も油断は禁物だ。
しかしよるは想像の斜め上をいった。陣営に身を置くとなって、なにか役に立ちたいと、診療所の衛生化を推進し始めたのだ。手始めに、病人達のシーツを洗濯してまわるなど、人のために行動するよるを見て、陣営の皆も驚きを隠せなかったようだ。
そうして数週間が経ってみれば、よるは陣営に溶け込んでいるようで、周りからの信頼も得ているようだった。
そして更に驚いたのは、あのエドゥアルトが、よるのことを気に入った、と言い始めたことだった。稀代の美姫と称されるキャロライン姫をブスと呼ばわり、他のどんな女性も寄せ付けないエドゥアルトが、だ。おかげで陰でラインとエドゥアルトができているとか、不穏な噂を流されていることも知らないわけではない。それはもちろんエドゥアルトも知っているが、言わせたい奴には言わせておけばいい、という主義らしく、火消しに動いたことも特にないので、一部女子からはラインはそういう目で見られるハメになった。
エドゥアルトは民からはかなり変わった冷徹王子、という印象が強いらしく、遠巻きにラインとの噂をする女子以外、エドゥアルトに言い寄ろうとする女性はあまりいない。まあ、決まった婚約者もいるわけだし、それが稀代の美姫キャロライン姫とあっては、太刀打ちしようとする猛者もいないのだろう。
そして決定的な出来事が起こった。それは雨の日のパトロールでの事だった。川縁の道に差し掛かった時、土砂崩れが一行を襲った。エドゥアルトが直撃を免れていることはわかったが、どうやら意識はないようだ。自身も負傷したため、救護を求めに陣営へ戻る。
(すぐに動ける人員はいないかもしれない、くそっ。)
エドゥアルトの身辺を守らせている兵達も負傷していた。早くしなければ。気だけが焦る。
「早く救護班を!」
なんとか陣営に辿り着き、救護を求めると、騒ぎを聞きつけたよるが飛び出してくるのが目に入った。
「王子を、早く王子の手当てを…!」
そう告げると、よるはいち早く森へと駆け出していった。ラインはそれを見届け、自身も意識を失った。
目が覚めると、陣営では懸命にエドゥアルトの看護をしているというよるの噂が耳に入った。
ラインは幸いそんなに深い傷ではなかったので、それなりに短時間で意識が戻ったのだが、エドゥアルトはそうはいかなかった。
今更ないとは思うが、よるが看護という名目で、エドゥアルトに不利益なことをしていないかも見張りつつ、三日三晩を過ごした。
寝ずの看護をしていたよるは、ついに力尽きたのか、エドゥアルトの傍で椅子に座ったまま器用に寝息を立て始めた。
必死に看護してくれているよるに、勘繰りすぎたかとラインは軽く反省する。しかし用心はするに越したことはない。
夜が明ける頃、朝の静謐な空気と共に、エドゥアルトが身じろぎするのがわかった。
「ん…。」
意識を取り戻したようなので、声をかける。
「…王子?」
エドゥアルトの双眸は、焦点を結び、ラインを捉える。
「ライン、怪我の具合はー」
そう言ってくれるのは嬉しいのだが、今はもう一人、忘れてはいけない存在がいる。
そっと唇の前に人差し指を立てて静かに、というジェスチャーをする。そしてベッドの反対側を指差し、器用な体勢で寝息を立てるよるの存在を知らせる。
エドゥアルトはその時、よるを見てハッとしたような仕草を見せ、
「きみ。だったのか。」
と呟いた。ラインはまだ寝ぼけているのかと、少し怪訝に思ったが、ひとまずエドゥアルトの意識が戻ったことを医師をはじめ、皆に知らせて安心させる必要があった。
その後、医師を連れて戻ったところ、よるは顔を赤らめて足早に去ってしまった。
事情をエドゥアルトから聞くと、よるに好意を抱いていること、愛していると言ったということまで話してきた。
その日からエドゥアルトのよるに対する態度は激変した。隙あらばよるを連れ込んで、キスをおねだりしている。
(あれ、この人こんな性格だったっけ…。)
ラインは一瞬エドゥアルトという人物がわからなくなったほどだ。恋は盲目とはよく言ったものだ。
しかし、エドゥアルトの行動は更にエスカレートしていった。
ライン 安倍川 きなこ @Kinacco75
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