第5話 波乱の初顔合わせ

 ディエトロ国からの宣戦布告を受け、ルフト国はにわかに騒がしくなった。そしてディエトロ王は同時にルフト国の同盟国であるセント国にも宣戦布告した為、元々予定はされていたものの、エドゥアルトとキャロラインの初顔合わせが前倒しされた。

 お互い将来を約束されてはいるものの、顔を合わせるのは初、ということで双方準備に追われていた。

 エドゥアルトはキャロラインの情報を定期的に仕入れてはいた。が、いつも渋い顔をするのだった。親同士が決めたこととはいえ、ラインからしてみれば約束された相手がいるということは羨ましいことだった。何せ自分は恋破れた身だったから。噂によればキャロライン姫は美姫ということだし、同盟国同士なら分かり合えるのではないだろうか。ただ、エドゥアルトは相当に聡い人物である。何か思うところがあるのかもしれない。

 そんなラインの思惑をよそに、エドゥアルトとキャロラインの初顔合わせの日はあっという間にやってきた。侯爵家の出とはいえ、王族同士の集まりにただの護衛として参加するラインは、当然部屋の外に待機するため、キャロラインという人物がどんな姫なのかわからない。

 遠いパーティーのあった日、アルフレッドに自慢されたことだけは覚えているが、その後それどころではなくなったため、どんな自慢をされたかは鮮明には覚えていない。

 と、そこへ信じられない言葉が聞こえてきた。

「お前みたいなブス、死んでもごめんだね。」

 明らかにエドゥアルトの声である。部屋の外へ丸聞こえなほどの断言はまずいのではないだろうか。と、そこへいち早くエドゥアルトが退室してくる。

「ライン、ちょっと外へ行くぞ。」

 ラインはエドゥアルトについていく形で、中庭へと移動する。

「王子。さっきのはまずいのでは?」

 まさかあそこまではっきりと婚約相手を罵倒するとは思っていなかったラインは、思わずエドゥアルトに問いかけてしまった。

「ん?何のことだ?」

 全然まずいと思っていない素振りのエドゥアルトだった。近頃エリーザベト譲りの言動の鋭さに磨きがかかり、ルフト国内でも冷徹王子と悪い評判が立ってしまっている。気づいていないわけはないだろうが、気にしていないということなのだろうか。

「キャロライン姫とは、そんなに反りが合わないのですか?」

 戦争を仕掛けられているという情勢を鑑みれば、ここは多少の不満があったとしても飲み込んでおくのが将来王となるものの務めではなかろうか。ラインは半ばエドゥアルトを諌めようと口を開いたのだったが。

「あの姫は、自分の為に国民を殺したのだ。例えそれが小さな犠牲だったとしても、民を思えぬ姫と結婚することはできない。」

 エドゥアルトはキャロラインについて、ラインには今まで黙っていたことも語り始めた。自分を着飾るドレスを手に入れるために、仕立て屋を監禁してまで作らせ、仕立て屋の心を壊してしまったこと。自分を美しく見せるための化粧品の材料を手に入れるため、兵達を犠牲にしたこと。

「あの女は、全て自分自分自分。王族として、民を思えなければ王族を名乗る資格はない。俺は民を蔑ろにする王族ほど愚かなものはないと思っている。それをあの女は体現していると言っても過言ではない。結婚相手としては最悪だ。俺は民を幸せにできない王は真の幸せは得られないと思っている。民に笑顔を向けられる王に俺はなりたい。」

 ラインは驚きを隠せなかった。エドゥアルトは元々芯の強い王子であるとは感じていた。でもそこまで考えていたのか、と。そしてその信条に感銘を受けた。

(ああ、やはり私はこの人を支えていこう。)

 ラインは決意を新たにした。一生この人に仕えようと。

「王子の決意はわかりました。私からはもう何も言う事はありません。この先の道は、このラインが切り開きましょう。どうぞご存分に思う道をお進みください。」

 その言葉を聞いたエドゥアルトは少し肩の力が抜けたようだった。

「よかった。ラインにまでこの話を飲めと言われたら、俺はもう何を信じていいかわからなくなるところだった。」

 そしてお互いニヤリとする。

「王子のお気持ちはわかりましたが、先程の暴言、あちら側が納得するとは思えません。しばらくはいつもより強固に身辺を固めなければ。」

 ラインがそう言ったのと同時だった。

「!!」

 何かが飛んできた。それは投げナイフのようだった。ラインは素早くそれを弾き返すと、出所を探る。

「あ〜あ。面倒だから、不意打ちの一撃で死んでくれよ、なあ。」

 そこに姿を現したのは、キャロラインの兄であるアルフレッドだった。

「そんなへなちょこの一撃で、俺とラインを奪れると思ってることが大間違いだ。」

 エドゥアルトは強気の姿勢を崩さない。

「お前。俺の可愛い妹のキャロラインになんつー事言ってくれたんだ?キャロラインはなあ、お前との顔合わせと聞いてそれはそれは念入りに準備してきたんだぞ?生まれた時にはもうお前の許嫁にされちまって。運命の相手だとお前を信じてやってきたっつーのに。キャロラインほど可愛い女はこの世に居ねーだろが!わかったらさっさとさっきの言葉を撤回してキャロラインに泣いて謝るんだな。そしたら殺さねーでやるよ。」

 アルフレッドからは感じたことのない怒気と殺気が漂っている。それを知ってか知らずか、エドゥアルトは続けた。

「嫌だね。俺はあるがままを言っただけだ。撤回なんぞ誰がするか。」

 ベー、とエドゥアルトはアルフレッドを煽った。

「あー。そうかい。じゃ、いっぺん死んどけ?」

 そう言うと、アルフレッドの姿が視界から消えた。次の瞬間にはエドゥアルトの背後にいた。咄嗟にラインが反応して、エドゥアルトへの攻撃を凌ぐ。と、アルフレッドは煙玉をばら撒き、ラインとエドゥアルトの視界を奪う。

「お前らは剣のお稽古ばっかりで、こーゆー戦い方は不慣れだろ?ここからは俺の独壇場だ。せいぜいもがいて死にな。」

 視界が悪い中、ゆらめく人影をなんとか認識し、致命傷は負わないようにギリギリのところで攻撃を躱していく。

「なんだ、この煙、体が動かなく…。」

 ラインとエドゥアルトは異変を感じていた。

「ただの煙と思ったか?痺れ薬入りだ、残念だったな。だから言ったろ?俺の独壇場だってな。お前らは正攻法ばっかで、つまんねーからな。これが俺の戦い方だ。更に言うなら、俺の刃は特製の毒が塗ってあるからな、とくと味わいな。」

(くそ、こいつ王子のくせにまるでアサシンのような戦い方をするのか…!)

 ラインは心の中で悪態をつき、だんだん感覚の鈍くなる体とエドゥアルトの状態を確かめながら対処する。痺れ薬はいずれ自然寛解するだろうが、毒と言うのが気になる。ややふらふらになりつつ、エドゥアルトと背中合わせになって警戒する。真っ向から来ないアルフレッドの動きが読みづらく、ラインといえども苦戦を強いられていた。剣を構える腕がガクガクする。まだ晴れない煙の中から、アルフレッドは先にラインを仕留めようとしたらしい。急に現れたアルフレッドの顔がラインに急接近する。

(…!私の喉を掻き切るつもりか?)

 ラインはアルフレッドの動きから次の動作を推察し、外れたら終わりだが、攻勢に出た。その一撃はまぐれ当たりだったとしても、アルフレッドの左腕を切り裂いた。

「ッッ!くそ、なんでバレた?」

 痛みに怯み、後退するアルフレッドに畳みかけようとしたその時だった。

「お兄様!おやめになって!!」

 制したのはキャロラインだった。

「わたくし、初めての言葉を聞いて、少し放心状態になってしまっていたのですが、この胸の高鳴りこそ、恋なのですわ!だから、エドゥアルト様を傷つけないでほしいの!今すぐお二人に解毒剤をお渡しして、よーく謝罪してくださいまし。」

「え…。」

 その言葉を発したのは、エドゥアルト、ライン、アルフレッドでほぼ同時だった。

「で、でもキャロライン。あんなに盛大に面子を潰されて、平気なのか?」

 中でも困惑の度合いが強いのはアルフレッドである。しかしキャロラインは堂々と言い放った。

「あれこそ、エドゥアルト様からの愛の挑戦状なのですわ!面子なんてものは関係ありませんことよ。わざと意地悪をして、わたくしの愛をお試しになられただけなんですもの。」

 アルフレッドは、可愛い妹のキャロラインがそこまで言うのなら、と解毒剤を大人しく渡し、キャロラインを伴って城へと消えていった。

「王子、危ないところでしたね。でも、おかげでまた戦い方の幅が広がりました。ああいったスタイルに対応する訓練も早速稽古に取り入れたいと思います。」

 アルフレッドは、王子でありながらアサシンよりのスキルを有するという特殊な存在であることが判明した。実はアルフレッドはアサシンよりのスキルを有するばかりか、部下にも有能なアサシンを取りそろえ、アサシンギルドの長でもあることが後からの調べで分かった。

 だが、戦いを仕掛けたことで、アルフレッドはある意味手の内を明かしてしまい、ラインに対策されることになったのだが。そうしてラインはまた一つ強くなった。神出鬼没の敵に対する耐性を、ラインとそして共に稽古するエドゥアルトも身につけていった。

 その代わり、エドゥアルトはキャロラインからの重たすぎる愛に苦戦することになる。

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ライン 安倍川 きなこ @Kinacco75

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