第4話 絆
その日もディエトロ王は、エリーザベトの元を訪れようとしていた。もちろん許可などもらえるわけもないので、お忍びで。ディエトロ王はあまり考える事が得意ではない。この日も単騎で乗り込んできていた。その日はパーティーがあるという情報は入手済みだ。いつもより豪奢なドレスに身を包んだエリーザベトの姿が拝めると、ディエトロ王は浮かれていた。そして、ついに目にする事ができた。遠目だが、エリーザベトの姿を。
ディエトロ王は、せめて土産にエリーザベトの私物の一つでも欲しいという気持ちになった。できればドレスの一着でも。そして部屋へと侵入を試みた。が、すぐに衛兵に発見され、目論見は霧散した。そんな時だった。庭のはずれにのこのことやってきたのがエドゥアルトである。横顔がエリーザベトにそっくりだった。まだ幼いエドゥアルトは、自分が恋した頃のエリーザベトを彷彿とさせた。そんなエリーザベトの面影をディエトロ王は攫っていくことにした。
そして攫ってみて、道中考えた。こやつはエリーザベトではない。でも、これはエリーザベトの大切なもののはずだ。それならば、これと引き換えならば、エリーザベトは自分のものになるだろうか?と。どちらにせよ、エリーザベトの血を引いているとは言え、他の男との間に生まれたこやつは消そう。エリーザベトは余のものに、そしてこやつの亡骸を抱えてルフト王は悲嘆に暮れるがいい。ディエトロ王は己の考えが名案だと思えてきた。
計画は順調だった。はずだ。ただ一つ、今目の前にいる存在を除いて。
「王子!ご無事で!?」
ラインはディエトロ王から目を離さず、一切の油断をすることなくエドゥアルトに問いかける。というのも、ディエトロ王は見た目が厳ついだけではない。かなり腕が立つと諸外国からも評判が高い。
「ライン、よくきてくれた。俺は何ともない。」
エドゥアルトは返事をしつつ起き上がると、ラインの元へ駆け寄る。本当は怖かっただろうに、エドゥアルトは気丈に振る舞った。
「何が来たかと思えば、小童の次は小僧か。いいだろう。二人とも余の剣の錆となるが良いわ!」
ディエトロ王はラインが駆けつけたことに何の痛痒も感じていないようだ。少し手間が増えただけ、といった様子なのかもしれない。ラインは、馬に装備していた剣をエドゥアルトに渡すと、ディエトロ王に向き直った。
(ここで敗北するわけにはいかない…!)
自分の命のみならず、エドゥアルトの命までもかかった大事な局面だ。負ければ全てが終わる。ラインは相手の体躯を見て、歴然とした差を見せつけられているようで思わず臆してしまいそうになる。そんなラインを奮い立たせたのは、横に立って、共に剣を構えたエドゥアルトだった。
「ライン、勝って一緒に帰るぞ!」
そうだ、自分は今、独りではない。その存在の心強さに、ラインは感銘を受けた。
「はい!もちろんです!!」
短く返事をし、ディエトロ王の出方を見る。体格差の大きいディエトロ王を相手に、こちらから突っ込んでいくのは愚の骨頂だからだ。
「ふははは!生意気を言いおる!貴様らはここで終わりなのだ。わかったら首を垂れて余に命乞いでもしてみろ。少しは気が変わるかもしれんぞ?」
向こうもこちらを挑発して出方を窺っているようだ。そこへエドゥアルトが地雷を踏む。
「なんだ、態度も体もでかいが、かかってくる勇気はないのか?そんなだから、母上もお前なんぞを選ばないんだよ!この万年門前払い野郎!!」
ディエトロ王の何かが切れる音がした。
「何も知らぬ小童がああああ!!!!」
挑発に成功したエドゥアルトとラインは、直線的に振りかぶってくるディエトロ王の攻撃を二手に分かれて躱す。続いて挟撃を試みる。が、流石に相手は剛撃で名高いディエトロ王。一刀の元に二人とも振り払われてしまった。
(くそ、やはり体格差は否めない、か!)
ラインはすぐに体勢を立て直し、大ぶりなディエトロ王の攻撃を掻い潜り、懐に入る。ディエトロ王に擦り傷ながらもダメージを与えることに成功した。と、当然ターゲットはこちらに変わってくる。
「小蝿如きがああ!!」
ディエトロ王は感覚のままに剣を振るっているらしく、怒涛の連撃がラインに振り注いだ。
(なんて筋力だ、一撃がめちゃくちゃに重たい…!)
十二歳でまだ身体的にも未発達なラインからしてみれば、ディエトロ王の攻撃は凌ぐことで精一杯だった。一撃一撃を受ける度に手が痺れる。
ラインは手の感覚がなくなりそうになりつつも、決して剣を離すことはしなかった。それは守り抜く意思の固さ故だった。エドゥアルトを、そして自分を、ひいては国を、絶対に守り抜く。だが反撃に転じるには、もう手が追いつかない。あと一刀振り下ろされれば、剣が折れるかもしれない。そんな恐怖と戦っていた。
「どうした、小僧。もう終わりか?存外楽しめたがな。さらばだ。」
ディエトロ王が唇を吊り上げ、いよいよラインを仕留めようとしたその時だった。
「終わりなのはお前だよ!!!」
背後からエドゥアルトが奇襲をかける。
が、それはラインから見てもまだまだ拙い攻撃で、ディエトロ王には擦り傷にもならなかったようだ。いとも簡単に振り払われ、ディエトロ王は当初の目的を思い出したようにエドゥアルトに向き直った。
「そうだ、お前さえいなければ。お前さえ!」
振り払われて体勢を崩しているエドゥアルトにディエトロ王の凶刃が再び襲いかかる。
「それはこっちのセリフだああああ!!!!!」
ラインは最後の気力を振り絞ってエドゥアルトを庇いつつ、死に物狂いでディエトロ王に剣を突き立てた。
「ぐわああああ!!!」
ラインの一撃は、ディエトロ王の片目を貫いていた。ディエトロ王のあげた雄叫びで、鳥が一斉に飛び立った。ラインを追っていた衛兵たちが、それに気付かぬ道理はなかった。衛兵が駆けつける前に、ディエトロ王はなお憎しみを増大させながら、エドゥアルト達に襲い掛かろうとしたが、それはディエトロ兵によって阻止された。
「王!無茶をなされますな!早く傷のお手当てを!」
ディエトロ国でも王がいなくなったと騒ぎになっていたらしく、国境近いこの森での騒ぎにディエトロ兵が駆け付けたということになる。
「うるさい!余に指図するな!!」
兵の忠告を聞かないディエトロ王だったが、エドゥアルト達の迎えが近づく音を聞きつけた兵達に
「このままでは戦争になります、どうかお退きください!」
と言われ
「戦争?なるほどな、いいだろう。」
と意味深な発言をしてその場を去って行った。
程なくして、ラインが途中馬を代えるついでに手配したルフト国の兵達が到着し、歓喜の渦に包まれた。
ラインは一気に肩の力が抜け、その場にへたり込んでしまった。もう丸二日、馬に揺られっぱなしで寝ていない。挙句にあんな馬鹿力の相手をして、王子はピンチだったし、いろんなことが起こりすぎた。
一旦森から移動し、迎えの馬車が来るまでラインはほぼ寝て過ごしてしまった。
馬車に揺られて五日ほどかけて王都へ帰還している間、ラインは自分の強行軍ぶりに笑ってしまうほどだった。
(というか、ディエトロ王もどんな体力してんだよ…。)
ディエトロ王を追いかけて強行軍になってしまったにすぎないラインは、改めて振り返ってゾッとしてしまった。
城に帰ると、王と王妃に謁見する。
「ライン、よくやってくれた。この国の王として、国と国の未来を守ってくれたことに感謝する。」
王からは労いの言葉と、感謝の気持ちを、と新しい国で最高級の素材を使った豪奢な剣を贈られた。王子を守るための剣として、ありがたく頂いた。
「ライン、よくやってくれました。母として、エドゥアルトを守ってくれたことに感謝するわ。これであのゴキブリも、少しは懲りてくれるといいのだけれど。」
王妃は、ニコニコとしながらひどいことを言っているあたり、エドゥアルトの言動はこの人に由来しているのかもしれないと感じさせられた。
謁見も終わり、玉座の間を辞すと、扉の外にはエドゥアルトがいた。
「ライン、ありがとう。ラインがいなかったら、俺は今頃あの世行きだった。」
珍しく素直なエドゥアルトに、ラインはこう返した。
「王子、何か悪いものでも食べたんですか?」
お互い顔を見合わせ、ニヤリとする。
「人が素直に感謝を伝えているのに、なんて皮肉屋なんだ、お前というやつは!」
エドゥアルトは笑いながら、ラインがいつものラインだということを確認する。
「王子の偽物かもしれないですからね。ただの確認ですよ。感謝など無用です。私は私の為すべきことを為しただけですから。でも、そうですね。王子こそ、ご無事で戻ってくださりありがとうございます。」
エドゥアルトとラインはお互い笑い合う。お互いの研鑽を積むべく、国一番の騎士として、王子の稽古の相手になると約束して。そこには確かな絆が生まれていた。
二年後
子供の二年というものは、大人の何十倍にも相当するものである。今日も二人は剣を交わしながら、いつものやり取りをする。
「今度ラインがピンチになったら、俺が助けるからな!」
「ありがとうございます。でも、自分の身くらい自分で守りますよ。」
「相変わらずだな。それでこそラインだ。だが、少しくらい頼りにしてくれてもいいんだぞ?」
「王子に守られる騎士なんて、騎士失格です。」
俺様と皮肉屋のコンビは今や城の中にもファンが多い。そんな時だった。
「大変です!ディエトロ国から宣戦布告されました!!」
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