第3話 宴の席で
その日はルフト国とセント国の親睦を深めるためのパーティーが行われていた。その席からエドゥアルトの姿が消えた。もちろん警戒はしていたラインだったが、完全に不覚を取られた。すぐに捜索隊が組まれ、ラインもそれに加わろうとしたが、年齢を理由に断られた。理由はそれだけではなかったのだろう。不覚を取られたラインは戦力にならないと思われたに違いない。
だが、ラインもそれで引き下がれるほどおとなしい性格ではなかった。
(誰より早く王子を救出してみせる…!)
ラインは独自に動き始めた。まずは手がかりを見つけなければならない。あの時エドゥアルトは少し風に当たってくる、と言い残して消えた。まずは犯行現場の特定を急ぐ。エドゥアルトはよく、一人になりたい時、庭の外れの東屋にいることが多い。時刻は夕暮れ。可能性は低いが行ってみるに越したことはない。
「あ〜あ。もう気付かれちまったのか?」
そこにはアルフレッドがいた。セント国の王子で、エドゥアルトの許嫁であるキャロラインの兄にあたる人物だ。が、些か品性に欠ける印象を受ける。それはさておき、アルフレッドが何か知っているようなので事の仔細を聞いてみる。
「俺は別に事件に絡んじゃいない。けど、偶然ここへきてみたら、面白いもんが落ちてたんだ。俺には無用のものだからお前に返すぜ。」
(返す…?)
ラインはアルフレッドの言動に違和感を覚えながらもそれを受け取る。それはエドゥアルトが身につけていた服を装飾していたはずの紋章入りのボタンだった。
「これは…。」
こんな小さなものを、『偶然』発見できるものだろうか。ラインはアルフレッドに疑いを持った。だが、アルフレッドはそれを見透かしたように続ける。
「おっと。俺を睨んでも無駄だぜ。俺は無関係だからな。」
ラインは警戒を崩さない。
「失礼ですが、無関係を主張されるのなら、それを証明していただけませんか?」
相手は他国の王族だ。でもラインには物怖じしている暇はなかった。
「めんどくせえな。でもまあ、情報はやろう。何せあの王子が死んだらキャロラインが悲しんじまう。俺も妹は可愛いんでな。」
アルフレッドはそう言うと、ラインに持っている情報を提供してくれた。そもそもここでボタンを誰にも渡さず待っていたのも、ラインに引き渡すのが一番確実だと思っていたらしかった。
なぜアルフレッドがここに辿り着いたのかというと、最初に見た大きな影が不審に思えたかららしい。何かを物色する素振りが見えたため、後をつけたという。
それはやがて、王妃の部屋に侵入したが、すぐに出てきて、駆けつけた衛兵を薙ぎ倒しながら庭の方へ去っていったとアルフレッドは語った。
そしてパーティーへ戻ったところ、今度はエドゥアルトが消えたという騒ぎになり、庭を散策していたところボタンを見つけたということだった。
(なぜ散策するという思考になるんだ…。)
ラインは頭を抱えた。もしかしたら自分も危険な目に遭うかもとかは考えなかったのだろうか。王子としての自覚とかないのだろうか。
「ああ、俺はお前んとこの王子と違って、気配や足音を消せるんだ。心配すんな。つけられたらすぐわかるし、まあ、誘拐されそうになった時の対処はできる方だ。」
そういう問題なのだろうか、と思いつつ、今はエドゥアルトの行方を優先した。
(王妃様の部屋に侵入した犯人と王子を誘拐した犯人は同一犯なのだろうか?)
アルフレッドが見たという大きな影。関係性は薄いように思われるが、庭に消えたというところが引っかかる。外部からの侵入だとしたら、次に確認するべきは、その逃走ルートである。まず、もうこの城にはいないであろう事が推測される。徒歩、は考えにくい。馬を使っていると考えるのが最も自然だろう。
早速ラインは調査を開始する。まずは聞き込みだ。捜索隊はまだ手がかりをつかめていないらしく、城の中をメインに捜索している。
(王子、ご無事で…!)
ラインはボタンを握りしめると、馬を走らせた。今日はルフト国とセント国のパーティーだった。とすると、両国の関係を良く思わない輩が犯行に及んだ可能性が高い。ラインは邪推しすぎかとも思ったが、ディエトロ国の手の者と踏んで城を後にした。
「はーなーせえぇぇ!!!」
エドゥアルトは試しにもがいてみる。だが、それは象の足元で蟻が騒いでいる程度の抵抗でしかなかった。最も、それで離されても、馬で走っている最中なので、危険極まりないのだが。
エドゥアルトはこの誘拐犯に心当たりがあった。黒いフードを目深にかぶってはいるが、この巨大な体躯、一人しかヒットしない。
(これは、俺は助からないパターンかもしれないな。)
エドゥアルトは十歳にしてそんなことを考えていた。まだ死線を潜ってきたわけでもないが、これは死亡フラグだ。何せ、この筋骨隆々とした体格の相手に勝てそうな者を思い浮かべる事ができないからだ。
しかしエドゥアルトもタダで殺されるつもりは毛頭ない。要所要所にボタンを落としてきてみたが、果たして気づいてくれる勘の働くものはいるだろうか。
(あいつは、気づくだろうな。)
エドゥアルトはラインの姿を想像して、笑む。
そうだ、一人では太刀打ちできずとも、ラインがもし来てくれたら、共に戦って帰ろう。敵の小脇に抱えられながらも、エドゥアルトは少し希望を見出した。
そのうち、馬が疲れてきたのがわかり、敵も速度を緩めた。適当な場所に馬を繋ぐと、どかりと座って休憩を始めた。流石にエドゥアルトも自由にはさせてもらえないが、敵はエドゥアルトを捕縛しておくのは気が引けるのか、縛り上げられたりすることはなく、抵抗しない限りは目を瞑るといった様子だった。エドゥアルトもここで走って逃げたりするほどバカではない。おとなしくして相手の出方を窺った。
「…なぜ、俺を誘拐した?」
エドゥアルトは静かに問いかけた。そう、お前の狙いは俺ではないはずだ、という思いで。
敵は答えなかった。ただ、正面から見据えられているだけだった。
小脇に抱えられては、移動し、休憩の度にジロジロ見られる。そんな事が二日間ほど続いた。
(もうだいぶ国境に近いな。このままではまずい。)
それはエドゥアルトにとって最後のチャンスと言えた。敵が休憩を取る態勢に入った。
相変わらず敵は、エドゥアルトをしげしげと見つめている。凛とした態度を崩さないエドゥアルトだったが、ふい、と視線を外した。その時だった。
「やはり、血は争えんな。」
相手が言葉を発してきたのだ。エドゥアルトは驚いて、視線を元に戻す。
「あんたが誰か、俺はもうわかってる。だから聞いたんだ、なぜ俺を誘拐したのかと。」
エドゥアルトは、遠く馬の嘶きを聞きながら、最後の攻勢に出る。
「あんたの狙いは俺じゃない。母上のはず。俺を誘拐したところで何の意味もない。何がしたいんだ?ディエトロ王!」
名指しされた敵、すなわちディエトロ王はいつの間にか剣を抜いている。エドゥアルトに躙り寄ると、小さな胸ぐらを掴んだ。
「余の正体に気づいておったか、小童にしてはやりおる。だが、お前自身が言ったとおり余の狙いはお前ではない。これからお前は余のための餌となるのだ!ふははは!!」
ディエトロ王は恋をしていた。それは長い長い恋だった。エドゥアルトの母、エリーザベトを見初めて幾星霜。何度も何度も恋文を送ったが、それは塵となって消えた。そうこうしているうちに、エリーザベトはルフト国の王太子と結婚、程なくして男児を授かったと風が噂した。
ディエトロ王は慟哭した。なぜだ!!!そんなはずはないのだ!!!!!!と。
そして何度も何度もエリーザベトの元を訪れては、面会も許されずにいつも門前払いを食らった。遠目に見る、幸せそうなエリーザベトを見る度、ディエトロ王は愛しさと憎しみの入り混じった、なんとも言えない感情を募らせていった。
「お前を餌に、エリーザベトを余のものにしてくれるわ!そしてお前という未来を失ったルフト国は滅びの道を歩むがいい!お前の亡骸を見たエリーザベトはどんな顔をしてくれるんだろうなあ!?」
地面に押さえつけられたエドゥアルトの眼前に、ディエトロ王の凶刃が迫る。
(ああ、もうだめか。さよならだ、ライン。)
「さ、せ、る、かあああああ!!!!」
エドゥアルトの命を奪う刃がついに届くことはなかった。
もちろんその場に駆けつけたのはラインであった。誰より早く、そしてギリギリのタイミングで、エドゥアルトの元へと馳せ参じた。
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