若王子先輩

案の定今日はいつにも増して賑やかだ。


お姫様抱っこの噂は一日で広まり、本当にみんな暇を持て余しているんだなと呆れて、ついため息が出る。


暇だからと言って大学内の話題の種になったつもりは無いんだけど。


そしてこれまた案の定この手の話題に食いつく人もいるわけで。


「七咲さん!どういうことですか!?お姫様抱っこって!私!されたことないんですけど!」


「七咲。あんたのその誰にでもお優しい所、いつか夜道で刺されるよ。度が過ぎたら私が刺してやるから」


「望、助けて」


「お前が蒔いた種だろ、自分で何とかしろ」


僕は仁王立ちする鈴森さんと深島の前で正座させられていた。


そりゃ体調不良でふらふらと歩いて顔も土色になってたら優しくもするでしょ。


と言ったところで取り乱している鈴森さんも、

嫌味を含ませながら圧をかけて怒っている深島も冷静さを取り戻すように思えない。


「だって、」


「「だってじゃない!」」


この通り取り付く島もないのである。


さすがに反省して今日はトートバッグで来たからそれだけは分かって欲しいけど許してくれるだろうか。


そもそも鈴森さんはともかくなんで深島にまでここまで責められているのだろう。


「見つけた」


と声が降ってくるように聞こえ、上を見上げると昨日助けた人がいた。


「昨日の…」


「ああ、良かった。覚えていてくれて。

僕は若王子。二年。

昨日は助けてくれてありがとう」


この人が噂の若王子先輩か。

知らずに助けてしまったけど確かに中性的だ。


身長が高くスタイルがいい。

ウルフカットの髪も似合っている、男性アイドルと言われたら全然信じるレベル。


顔は血の気のないくらい真っ青で、


「いやまだ体調悪いですよね!?無理して来たんですか!?」


「お礼…言わないとと思って…」


「何してるんですか!?」


何か無いかとバッグを漁るとコンビニで買ったばかりのチョコレートと、

テーブルにはまだ開けていない温かいミルクティーがあったからそれを手渡した。


「何もないよりはマシだと思うのでこれどうぞ」


「いいの?」


はい、と言おうとした時、「七咲?」とおどろおどろしい声が背後から聞こえた。


「さっき言ったこと何も分かってないよね?誰にでも優しくすんなって言ってんの」


「七咲さんのそういう所は直した方がいいです」


「でもこんなに真っ青なのに」


「この人はよく校内で倒れてるし、その時は親衛隊が回収して保健室に連れてくからいいの」


そんなに日常茶飯事なのか、と思っていると、

突然鈴森さんと深島が左右の腕を組んだ。


「若王子先輩、お礼はもう終わりでいいですか?

それじゃ失礼しますね」


と引きずられるように連行された。


遠ざかる若王子先輩の顔はまだ何か言いたげだったのが気になった。

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スパンコールドルチェ 飴水 @amemizu27

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