僕の憧れの一角獣
平 遊
〜いつか、きっと〜
僕は知っている。
誰も見たことがないという、あの一角獣の正体を。
「ちょっと、角さん! またサボりですか!? これやっといてくださいって、言いましたよねぇ? どんだけ時間かかってんですか?」
「……すいません」
「すいません、じゃねぇよ、まったく……」
角さんと同じ部署の年下の先輩、一ノ瀬さんが、角さんに舌打ちしながら部屋を出ていく。
ほんとはそんなこと、絶対にできないはずなのに。
角さんは白髪交じりの頭をポリポリ掻きながら席から立ち上がると、穏やかに笑いながら近づいてきて、僕の頭を優しく撫でてくれる。僕はこの時間がたまらなく好きだ。
突然、辺りが暗くなった。
頭を上げると、窓の外から見える空が黒い雲に覆われていた。
ただの雨雲にも見えたけど、僕の体が勝手にブルブルと震え始めた。嫌な感じが全身に広がる。
また。
まただ。
あの雲の中にはきっと、良くないものがいるんだ。僕のママや、たくさんの命を奪った良くないものが!
ふと気づくと、角さんの姿が無かった。さっきまで、僕の頭を撫でてくれていたのに。
きっと角さんは、あの雲の中の良くないものと戦いに行ったのだと、僕は思った。
だって角さんは――
しばらくすると、窓の外の雲の色が白くなっていた。その中に僕は、おでこに1本の角が生えた真っ白な一角獣の姿を見つけた。病気のせいで命が消えかけていた僕を助けてくれて、ここまで連れてきてくれたあの日の一角獣だ。
じっと見つめていると、一角獣の体は眩しい光に包まれて、僕は目を開けていることができなくなった。次に目を開けた時には、僕の目の前には角さんがいて、僕の頭を優しく撫でてくれていた。
「すげー雨だったなぁ……つーかスコール? 嵐? ほんと異常気象半端ねぇ……てか角さん! まだ終わってないんですか!? そんな、猫と遊んでる暇あったら仕事してくださいってば!」
外から帰ってきた一ノ瀬さんが、また角さんに文句を言う。
「おい、チビすけ。メシ買ってきたぞー」
でもきっと、一ノ瀬さんは悪い人じゃない。だって、僕のことちゃんと面倒見てくれるから。角さんほど優しくはないけど。
僕がご飯を食べている姿を見て、席に戻った角さんは仕事をする手を止めてため息をついた。
今日も無事に、良くないものから僕たちを守ることができてよかった、って、ホッとしているんだと思う。
僕はママから聞いたことがあるんだ。一角獣のことを。
それは幻の聖獣と言われて、この世界を良くないものから守るために日々戦っているんだって。だけど、一角獣がその姿を見せるのは、汚れない心を持つ乙女にだけ。
……汚れないって、なんだろう? 僕にはよくわからないけど。
やがて一ノ瀬さんはまた外に出て行った。
あの一ノ瀬さんも、少し前に良くないものに狙われて大きな病にかかったのだけど、その良くないものを追い払って病を治したのは、一角獣になった角さんだってこと、僕は知ってる。
仕事が終わったのか、角さんがまた僕のそばに来て、頭を撫でてくれた。
「チビすけ、なんてひどいね。キミは可愛い女の子なのに」
角さんの姿に、うっすらと一角獣の姿が重なる。僕は角さんの手に体を擦り付けた。
優しくて温かくて、そして少し寂しそうな角さん。僕は角さんが大好きだ。
「はぁ……本当によかった。キミも一ノ瀬君も、元気になって」
角さんはまたため息をついた。
嬉しそうなため息。
僕はこの角さんのため息も、大好きだ。
僕もいつか、角さんみたいな、優しくてかっこいい一角獣になりたいな……
でも、猫の僕には、無理かな?
「なれるよ、いつか。きっと、ね」
そう言うと、角さんはそっと、僕のおでこに触れた。
【終】
僕の憧れの一角獣 平 遊 @taira_yuu
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