ほこらまもり

藤泉都理

ほこらまもり




 ぽっかりと、

 彩り豊かな塗装が施されているその住宅街には、似つかわしくない鬱蒼とした小さな森があり、小さな祠が祀られていた。

 地神が祀られている小さな祠。

 何百年もの間、その土地の者を、自然を守って来た地神を、けれど、誰も見向きもせず、存在を知らない者すら居た。

 そこを訪れるのは、怖いもの見たさに肝試しをする罰当たりな愉快犯たちと、この祠を守るたった一人の男。

 その男、名を兵部江ひょうべえ、年は二十五歳だった。

 兵部江は、祠ごとこの森を破壊する都市開発の話が出る度に、市指定文化財証明書を振りかざしては阻止していた。

 祠の守り手である親がどうにかしたこうにかして勝ち取った市指定文化財証明書は、祠のみならず森も効力の範囲内であった。

 親は不慮の事故でもうこの世には居ない。

 ゆえに、この祠と森を守るのは自分しか居ない。

 兵部江は使命感に燃えていた。

 のだが、




「お、お、お、おま!おまえ!おまえ!」

「何だ?煩いのう」


 いつものように悪さをされていないか、祠と森の巡回をしていた兵部江が、金木犀の香りに癒されたのも束の間、見るも無残に破壊されている祠と、妙な威圧感があり、光沢のある純白の着物とは裏腹にみすぼらしい草鞋を身に着けている少年を遠目に見つけては、足早に駆けつけて、なんて事をするんだと少年を叱りつけた。


「何をする?祠を破壊してやっただけであるが?」


 叱られているというのに涼しい顔の少年に、ふてぶてしいやつだなと怒り心頭の兵部江。

 虐待パワハラなんて知るかと、少年の腕を掴んで引きずり警察に突き出したのち、祠を早く修復しなければと算段を付けていると、少年が軽く両手を叩き、ああ、おまえかと妙に神々しい声音を出して言った。


「我を祀っていた唯一の人間であったな。うむ。今迄の献身に感謝の言葉を贈ろう。そなたが熱心に祈っておったおかげで、力を失う事なく我はこうして我を閉じ込めていた祠を破壊する事に成功したのだ。うむ。まこと、あっぱれ」

「はあ?何言ってんだ、おまえ。俺をおちょくってんのか?ああ。もういい。口を開くな。いいから来い。警察に連れて行って、しっかり反省してもらうからな。一緒に祠を直してもらうからな」

「はは。流石は、我に力を注ぎ続けた男だ。威勢がよい。うむ。よいよい」

「口を開くなって言ったよな?」

「いやだ」


 ブチッ。

 どこかの血管が切れた音がした兵部江は問答無用で少年の腕を掴もうとしたのだが。


「………は?」

「うむ。実によい」

「はあああ!?」


 兵部江は腹の底から叫んだ。

 兵部江はいつの間にか、枯れ葉が積み重なる地面にうつ伏せの状態になっていたのだ。

 重力に異常が生じたのか。

 そういえば、今日は太陽フレアが活発化するって言ってたな。

 その影響で、地球の磁場に狂いが生じて立っていられなくなったのか。

 だがまあ、太陽フレアの活発時間は限られている暫くはこのままでもしょうがない。

 叫びながら冷静に判断した兵部江は、一度だけ力を抜くと、鼻の穴を大きくしながら、全身に力を込めて、立ち上がった。のしかかる重力に全身が大きく震えさせながら、立ち上がり続けた。


「ふぬううう」


 あれ。

 兵部江は自分の推測に疑問を抱いた。

 少年は普通に立っているのだ。自分のように、我慢して立ち上がっている風ではない。涼しい顔をしている。自分は顔と言わず全身が真っ赤に燃え上がっているに違いない滂沱と汗を流しているに違いないっていうのに。

 では、太陽フレアの影響で磁場が狂っているわけではないのか。


「ほお。神の威光の前にしても立てるか」


 まあ、いいや。

 兵部江はのしかかる重力問題を棚上げした。

 世の中には不思議がいっぱいなのだ。説明できなくてもいいや。

 今はとにかく、この少年を警察に突き出す事だけを考えればいいのだ。

 兵部江は身体を引きずりながら少年に近づいて、少年の腕を掴もうとした。

 腕を上げた時、悲鳴が上がった。絶対に折れたかと思った。とりあえず、形は保ったままなので、大きな骨折はないだろうが、絶対にひび割れは起こしている。


「ひれ伏せと命じてもよいのだが、そなたの祈りの力がなくば、我はこうして祠を破壊し、外に出る事は叶わなかった。ゆえに、そなたは見逃してやろう。本来ならば真っ先に粛清する対象なのだが、まあよい。ああ。だが、気分が変わったら粛清する。その時は今のように無駄な足掻きはするな。苦しませたくはない。一応、地神なのでな」


 少年は薄ら笑いを浮かべると、刹那にして姿を消してしまった。


「え?なに?夢?白昼夢?」


 のしかかる重力から解放された兵部江の目には、破壊された祠が確り映っていたのであった。





















「さて。一度は姿を消したものの。まだあの男の祈りの力が必要だった。か。我を封印した者の祈りが必要とは。これも因果、か」


 森の中の木の枝に腰をかけて、祠を再生させようと奮闘する兵部江を見下ろしていた地神は、透明化と実体化を繰り返す己の身体に、けれど、嬌笑しては、今ひとたび兵部江の元へと降り立ったのであった。


「あーーー!!!せっかく作り直したのにまた壊しやがって!!!どっから落ちて来てんだこの野郎!?」

「作り直すな。痴れ者が」


 とりあえずこの地域の者を全員粛正する前に、この男に自分への祈りを捧げさせつつ、恨み辛みを鬱憤させてもらおう。

 一笑した地神は祠を完膚なきまで足で踏み潰し続けるのであった。


「あーーー!!!」

「喧しい」











(2024.10.11)



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ほこらまもり 藤泉都理 @fujitori

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