彗楽園

天黒燕

1話 人為らざる者の潜む店

人里から離れた何でも屋『香琴堂こうきんどう』に住まう、能力者・ 玄月くろつき 冬鷺とうろ

今日も平和に客を待ちながら趣味に耽っていた。

本日1人目のお客が戸を叩く。

「開いているよ。いらっしゃい。」

とは言うが手を止めることも目を向けることも無く。

「天が…墜ち…て」

なんだ冷やかしかと客人の方へ歩き出す。

「冷やかしなら帰っ…血?」

仄暗い店内には声の主は立っていなかった。ただ、靴がぴちゃりと音を立てた液体と白い服と髪が紅く染まった少女が気を無くしていた。

「…チェック。ポイズン。カース。」

《ポイズン・不検出 カース・不検出》

「毒も呪いも無し。巻き添えはごめんだ。」

「確認。病気。」

《病気・不検出》

「病でも無いのか。となると物理的な理由からの流血か。」

見たところまだ出血は続いているようだ。赤黒い池はゆっくりと広がってゆく。

「ハァ…。完全治癒。肉体全て。」

《完全治癒・開始》

少女の体と流れ出たものが光り健康へと再生される。

「ちょっとして目覚めたら帰らせよう。罪を増やすのは困る。」

そう呟き店の奥へと戻る。光る少女が倒れている以外は数分前と何も変わらない状態へ戻り時は進む。


「あの…」

「動けるようになったか。それに座るといい。」

ちょうど一段落した趣味が置机の上に置かれ、商品ひばいひんの椅子がガタリと引かれる。

「さて…いらっしゃい。ここは香琴堂。何でも屋さ。売買かい?それとも依頼かな。」

少女は俯き喋らない。

「ああ、瀕死から回復したせいで色々と消耗しているのか。じゃあ着いて来るといい。」

立ち上がりコツコツと靴を鳴らす。少女は座ったままピクリとも動かない。


「山菜の漬物、魚の塩焼き、米と味噌汁…と。即席だがこんなものか。」

「ああ忘れるとこだった。アンチ。ポイズン。カース。解除。病原体。」

《アンチ・ポイズン アンチ・カース 解除・病原体 開始。》

「良し。よいしょ…さあ、食べるといい。」

茶を添え少女の前へ置かれる料理。

「あの…」

「まずは食べるのが先だと思うがね。」

鳴る少女の腹の音。致命傷から回復すると腹が減るのは当然。

「落ち着いて食事も摂れない人の話を聞けるほど優しくはない。」

「っ…頂きます。」

箸を握り食事を口に運び出す。食べ方はとても上品である。噛み、味わい、飲み、食らう。行動全てに品がある。


「…御馳走様でした。」

「落ち着いたかい。」

「はい。おかげさまで。」

「それはよかった。」

「あの…私リエラと言います。リエラ・エル。」

「玄月冬鷺。冬鷺で構わない。聞きたいことは山ほどあるが…何故あの状態だったのか聞こうか。」

「あの状態…とは?」

「覚えていないのか。痛みで記憶が飛んだかな。簡単に言うと全身から出血して生きているのがおかしいような状態だよ。」

「なっ…では私は何故今生きて…」

「治癒術だよ。」

「貴方が…」

「治癒術は程度が高ければ風前の灯火も天上の火に変えられる。使える人は極少数だ。人里ではそう教えている。」

「……」

「知らない…?人里の出では無い…?」

「えっと…恐らく私の能力のせいです。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る