下へ下へと、また下へ

雛形 絢尊

第1話

あの人は今どこで何をしているんでしょうか。

変わらずあの場所に住んでいるのでしょうか。

仕事はどんな仕事をしているのでしょうか。

車は何を乗っているのでしょうか。

どんな口癖をしているのでしょうか。

どんな暮らしをしているのでしょうか。







私は彼と学生時代に付き合っていました。

彼のことを不意に思い出しました。

結婚してそれはもうたくさんの月日が

経ちましたが日々の暮らしは単調で、

内心飽き飽きしています。

そんなことを考えてしまうのは億劫ですが、

私は優しかった彼を

突発的に思い出してしまうんです。







冬、凍える駅のホーム、霜が降りる街角。



春、大きな公園の枝垂れ桜、

水面に映る二人の装い。



夏、空を見上げて観る火花、

祭りの後のしけた匂い。



秋、揺れる紅葉と、空っ風。





 


そんなものが深く高揚するように

私は彼に縋っていたのかもしれないのです。






私は彼の行方も知らないのでしょうか。

私の心が走り出したのでしょうか。

柄にもなく何故彼に会いたくなったのでしょうか。

彼は結婚しているのでしょうか。

彼はどんな人を選んだのでしょうか。


    








私たちの別れは早くに訪れました。

誰のせいではないことは分かっています。

しかしながらそれは訪れました。

思ったよりも早くに訪れました。









       








彼は今も生きているのでしょうか。

生きているのであればそれでいいです。









 

  






学生時代の友人からFacebookの投稿を

懐かしいから見てほしいと連絡が来ました。

添付されたそのリンクをタップし、

私は再び彼を思い出しました。

どこかで撮ったか思い出せないような

場所で笑う若かりし五人。

そう、いつもこの五人で

いろんな場所に行っていました。

笑う彼の隣にはあの頃の私がいました。







 




ふと"いいね"欄を示す場所に

触れてしまったようで、

その投稿に誰が"いいね"しているのかを

見てしまったのです。

間違いではない、

確かに彼の名前のアカウントがありました。

私は考える余地もなくそのアカウントを

覗きに行ってしまいました。




        







彼のプロフィール写真を見てしまいました。

歳を重ねた彼が笑っています。

バーベキューの時に撮られた写真でしょうか。

とてもそれは初々しく、照れているようです。

彼は一つだけ写真を投稿しています。

風景の写真です。

その写真は見覚えのある山でした。

彼の住んでいた場所の近くにある山です。

その写真が更新されたのは10年も前でした。

しかしそれ以外彼を示す投稿はなく、

私はため息をつきました。

彼のフォローしている人は誰なのでしょうか。

私は1という数字に疑問を抱きました。

彼がフォローしている相手はただ一人。




    
















彼はこんな方と結婚をしたのです。

おそらく、彼が選んだ素敵な相手なのでしょう。

頻繁に投稿をしており、

私は彼を求めるかのように

投稿を下へ下へと。












    




 











     





















彼は家庭を持ち、

大きな一軒家を建て、

色んな場所へ旅行に行き、順風満帆に

幸せを一つ一つ作り出していました。
















   








  













私が描いた未来にはありましたか?




 









 

  














         





おかえりなさい。




















 












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下へ下へと、また下へ 雛形 絢尊 @kensonhina

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