第8話 フライングディスク 

 その夜、栞はロミオに犬がフライングディスクを見事にキャッチする動画を見せた。ロミオの反応は昼間以上で、部屋の中を走り回りジャンプする。その騒音に母が慌てて見に来た程だ。栞はロミオの脚が壊れてしまわないかと心配したが、そのうち赤ランプが点滅し始め、ロミオは充電器に伏せて寝てしまった。


 翌日、栞とロミオは母にドッグランへ連れて行ってもらった。ロボットとは言え、流石に市民公園でディスクを投げ、ノーリードで走らせるのははばかられたからだ。ドッグランでは他の飼主から奇異な目で見られた。何しろ犬がロボットな上に、飼主は杖を手にしている。しかしロミオは待ち切れないように栞の周りをクルクル回る。


「じゃあ、行くよー、ロミオ」


 ロミオは低く構えた。まずは軽く近くに…。


「ターン!」


 栞は左手で杖を抱え、右手でディスクをふわっと投げた。ディスクを追ってロミオは栞の背後から勢いよく飛び出し、落下地点を的確に予測してディスクに飛びついた。


「すご!」


 一発目からキャッチ!と思われたが、ディスクはロミオの顔にぶつかって落ちた。ロミオは哀しそうな目でディスクを見て立ち尽くす。


「ロミオ! テイク!」


 だがロミオはディスクをそのままにして戻って来た。仕方なく母がディスクを回収する。


「ロミオ、ディスクは咥えて戻って来るのよ」


 栞が言い聞かせると、ロミオは緑のランプを点滅させた。


「惜しかったね。もう一度やってみよう。同じところに飛ばすからね。行くよ! ターン!」


 栞がディスクを投げ、ロミオが追う。ディスクがふわりと落下する間にロミオは向きを変えて構える。そして、ジャンプ!


 ポテッ


 成功したように見えた。タイミングも完璧だった。しかし、


「栞、ロミオの口に当たったよね。お口が小さいのかな」


 母が言う。確かに取れたと思ったのだ。ロミオはまた落下したディスクを見つめ、トボトボと戻ってくる。同じことが、三回繰り返された。その都度ロミオは工夫を凝らす。走るスピードを上げ、落下点でクルリと振り向くと空を睨み、距離を測り、ジャンプした。


 ポテッ


 ポテッ


 ポトッ


 ディスクは毎回地面に転がる。ロミオはせがむような表情で栞を待った。


「よしっ、今度こそ。行くよ! ロミオ」


 ディスクが浮き上がり、ロミオは駈ける。ロミオはピタッと止まってディスクを待つ。ロミオは跳ぶ。しかしディスクは転がった。ロミオは諦めない。諦めると言う行動はデータベースにないのかも知れない。緑のランプを点滅させて栞の指示を待つロミオを見て、母が言った。


「ロミオの口って、ディスクを咥えられないんじゃない?」

「え?」


 そ、そうか…。ロミオの口は飾り物だ。食べたり噛んだりするようには、多分出来ていない。口の開度にも限界があるし、歯も舌もない。ロミオは自分では判らないんだ。自分がディスクを咥えられないってことを。


 栞はロミオを抱き上げた。


「ロミオ、もう止めようか。ロミオのお口はディスクを咥えられないと思うの」


 ロミオの緑ランプが激しく点滅した。そして栞の腕の中で、ロミオはかぶりを振る。仕方ない。もう少し付き合うか。栞は唇を噛んでディスクを投げた。


 七、八、九、十。 遂に…十一投目。


「ロミオ~行くよ~」


 ロミオは駈けた。ディスクを追いながら。 そして途中で倒れた。

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