いよいよ出番よ。準備はいい?

 F-16戦闘機2機が、斜め左のエシュロン編隊で上空を通過する。

 直後、地上の丘陵地帯では4つの大きな爆発が起きた。


『爆撃効果、確認!』


 その様子を、狭い車内から見つめる少女達がいた。

 全員が耳まで覆う灰色の戦車帽を被り、緑迷彩の戦闘服の上からでも、胸の大きな膨らみがくっきりと出ている。


「リア、ベッカ、いよいよ出番よ。準備はいい?」


 彼女が、リーダー格のサラ。

 黒髪と青い瞳が特徴の彼女は、凛として真面目な印象の東洋系だ。


「問題ないぜ、しゃっちょさん!」


 その左隣に座るのが、色黒で勝気な印象のリア。


「いつでも行けるよ、サラ」


 そして、2人からは直接見えない場所に座るのが、色白で物静かなベッカ。

 彼女達が乗るのは、普通の自動車ではない。

 長い大砲を積み、キャタピラの金属音を立てて走るそれは、戦車だ。

 その車体はタイルのような装甲で覆われ、ゴムの防護幕もつけた砲塔はまるで兜を被っているかのようだ。

 そして車体側面には、バインドルーンの紋章。

 スルーズ諸島地上軍が誇る主力戦車、T-72ATIである。


『中隊長より、第1班へ。前進して敵車両を撃破せよ!』


 そして、遂に前進の命令が下った。

 車長サラはゆっくり大きく息を吸い、命令を下す。


「了解! 第1班、前へ!」


 すると、運転手ベッカがアクセルを踏み込み、T-72が前進を始める。

 そして、街中を走る乗用車とほぼ変わらない速度にまで加速する。

 キャタピラで走る戦車は、鈍重なイメージがあるかもしれないが、それはもう、遥か昔の話なのだ。

 砲塔にいるサラとリアは、隔離された運転席にいるベッカを直接見る事はできない。

 それでも、彼女の運転に全く危なげがない事を、肌で感じ取れる。

 故に、自らがやるべき事に集中できる。

 サラはまず、奥にあるディスプレイに映る地図を見て、ターゲットの位置を確認。

 次に、目の前にあるスコープを覗きながら、ハッチも兼ねた頭上の銃座を遠隔操作し、直接ターゲットを確認。


「砲塔、左45度!」

「あいよー!」


 サラの指示通りに、砲塔が左45度旋回。

 主砲が向けられた先には、装甲車が描かれた絵が見える。

 この間も、T-72は走り続けている。

 当然車体は少ながらず揺れているが、主砲はスタビライザーのおかげで全くブレない。


「徹甲弾、装填!」


 サラがスイッチを操作。

 すると、床下のターンテーブルが動き、そこから砲弾と、それを飛ばすための装薬がセットでせり上がってきた。

 そのまま、砲弾本体、装薬の順番に自動で主砲へ装填されていく。

 この自動装填装置にかかれば、主砲の装填は5秒程度しかかからない。速度の面で言えば、装填手をつけるよりも優秀だ。

 その間、砲手リアは目の前のスコープを覗いて、狙いを定めている。

 そして。


「照準よぉし!」

「第1班、撃てっ!」


 サラの指示で、後続車と同時に主砲を発砲。

 反動で車両が大きく揺れた。

 同時に主砲は、空薬莢を砲塔内に吐き出し、受け皿がそれを野球のキャッチャーのように受け止める。

 放たれた砲弾は、装甲車の絵の中央を貫いたのが見えた。


「命中!」

「ハッハー! どんなもんじゃい!」

「次弾、装填! リア、次行くわよ!」

「おお、忙しい忙しい!」


 興奮気味のリアを窘めつつ、サラは自動装填装置で次の弾を用意する。

 新たな砲弾と装薬が主砲に装填されると同時に、受け皿の空薬莢が、砲塔の外へぽい、と自動で捨てられる。


「進路、左180度!」

「了解」


 サラの指示で、T-72は2両揃って180度左へ曲がる。

 その間も砲塔は向きを保ち、結果旋回の間に右へ向く形になる。

 砲塔は既に、次のターゲットを捉えている。


「次は右180度切り返し!」


 そして、また右へ切り返し、蛇行しようとした時に。


「撃てっ!」


 再び、後続車と同時に主砲を発砲。

 反動で大きく揺れても、蛇行に全くの乱れはなかった。

 砲弾が、別の装甲車の絵を撃ち抜いたのを確認したサラは、


「撃ち方待て! 停止!」


 砲撃と走行を止めさせた。

 ブレーキをかけて停車するT-72。

 その間に、サラは状況を再確認。

 スコープ越しに見られる世界は狭いが、それでも状況確認を徹底するのが車長の仕事だ。


「中隊長へ、こちら第1班! 敵装甲車、4両撃破!」


 これで制圧は完了──と言いたいところだったが、そうはいかないようだとサラは気付く。


「新たな車両2台の接近を確認! 戦車と思われます!」

『了解! 引き続き、対象を撃破せよ!』

「了解! 第1班、前へ!」


 サラの指示で、前進を再開。

 今度の敵は戦車だ。

 相手が同じ戦車となれば、先手必勝だ。相手の射程に入る前に仕掛けたいところ。

 それを可能にする装備が、このT-72にはある。


「サラ、いよいよアレか?」

「ええ。コンバットミサイル、装填!」


 自動装填装置で用意したのは、砲弾ではなく、それよりも遥かに長い代物──ミサイルだ。

 それを、砲弾と同じように主砲へ装填する。


「へへ……! これ見たら、みんなぶったまげるぞ!」


 スコープを覗くリアが笑う。

 その言葉には、サラも同感だった。


「そうね。しっかり見てもらわないと。イマドキの戦車は、ミサイルも撃てるって事をね!」


 照準、よし。

 サラは、今までよりも強く、必殺武器の発射を指示した。


「撃てっ!」


 ミサイルは、砲弾から飛び出した直後、煙を噴き出して加速し飛んで行った。

 そして、先程までのターゲット達より、離れた場所にある戦車の絵を、まっすぐ貫いて爆発した。

 後続車が放ったミサイルも、同様だ。


「命中!」

「ハッハー! やっぱミサイルはいいもんだな!」


 砲弾を撃った時よりも興奮気味のリア。


「撃ち方待て! 停止!」


 再び停車するT-72。

 そして、改めて状況を報告するサラ。


「中隊長へ、こちら第1班! 全ての敵車両の撃破を確認! 引き続き前進します!」

『中隊長、了解!』


 こうして、報告通り、前進を再開する──かと思われたが。


『このように戦車は、火力、機動力、防御力を最大限に駆使し、敵を圧倒し撃破するのです。以上で、T-72戦車の各種射撃要領を終了します』


 そんな女声のナレーションが響くと共に、ラッパが鳴り響いた。


「あー、終わった終わったぁ! やっとこんな狭苦しいところから出られるな!」

「リア、帰るまでは終わりじゃないよ」


 途端に緊張が解けたリアと、そんな彼女に注意するベッカ。

 その様子を見ていたサラの表情も、また緩む。


「そうよ。最後まで気を引き締めてね。状況終了。帰りましょう」


 T-72は再び動き出す。

 そしてサラは、ハッチを開けて外へ顔を出した。

 エアコンが効いていた車内から一転、常夏の熱い空気を直に浴びる。

 右側を見ると、そこには今までこちらの動きを見守っていた大勢の観客達が。

 その中に、見知った白髪の男がいる事に、すぐ気付いた。

 サラは彼へのアピールも兼ねて、観客達へ大きく左手を振ってみせる。

 その薬指には、銀色に指輪がはめられていた。

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