わたしは、T-72を信じてる

「へぇ、よく知ってるじゃない」


 否定せずに笑顔で受け止め、子供の前でしゃがむ。


「弱い弱い言われてたら、不安になっちゃうよね」

「うん、みんな言うんだもん。あんな弱い戦車より、アメリカのエイブラムスの方が強くて絶対いいって。どうして弱い戦車使ってるの? そんな戦車に乗るの、嫌じゃないの?」

「……そうね」


 サラは少し考えてから、語る。


「確かに、このT-72より強い戦車は、たくさんいる。でも大丈夫。そんな戦車はこの国に入れないから」

「入れない?」

「T-72より強い戦車はね、みーんな重たいの。でもこの国は、海に囲まれた島国でしょ? 戦車を運ぶためには、どうしても船や飛行機の力を借りないといけない。だから、戦車が重たいと、たくさん運ぶのがとーっても大変なの。非効率的なの。つまりね、島国って環境には、重たい戦車は向いていないのよ」

「へえ……」

「でもね、T-72は軽いから、島国でも運びやすくて使いやすいの。それに腐っても戦車だから、味方の歩兵にとっては心強い味方だし、敵の歩兵にとっては生身で戦いたくない厄介な相手なの。そんなのが戦車を持ち込めない島国にいたら、絶対攻め込みたくないでしょ?」

「確かに……! つまり、こっちには地の利があるって事?」

「そういう事。要するにね、『最強な兵器』が必ずしも最適って訳じゃないの。生き残るのは強い者じゃなくて適応できる者だって、聞いた事あるでしょ?」

「あるある!」

「どんな兵器でも、強いも弱いも使い方次第。わかった?」

「うん!」


 サラの説明に子供が納得したのを見て、誰もが感心した。

 砲塔にいたリアとベッカも。

 そして、離れたところから見ていた先生も──


     * * *


 かくして、学園祭は無事に終わった。

 夜、サラ達は、学園祭を無事に終えた打ち上げも兼ねて、サラの宿舎に集まっていた。

 家族で暮らす世帯用なので部屋が広く、集まりにはうってつけだからだ。

 振る舞われている料理は、全て先生の手作りだ。

 特に今宵は3人を労う事もあり、普段よりも奮発している。


「うぅぅぅぅん! おいしーいスマーチノ!」


 ウクライナ風ボルシチに舌鼓を打つサラ。

 まさに『ほっぺたが落ちる』という表現がふさわしい笑みを見せながら。


「いやあ、先生が作る料理ってホントうまいよなー! 毎日食べられるサラが羨ましいよ! もう毎日レストラン通ってるみたいじゃんか!」


 そうつぶやくリアも、食が止まらない。

 スルーズ諸島は外食中心の文化であるため、先生のように自炊する人間は珍しいのだ。


「お店、出せるんじゃない? この国じゃウクライナ料理って珍しいし」

「はは、考えておこうかな」


 ベッカの提案を、満更でもなさそうに答える先生。

 彼は食事に同席せず、キッチンに座り洗い物をしながら3人の様子を静かに見守っている。


「それにしても、今日は本当に見事だったよ、サラちゃん。戦車の指揮もだけれど、子供へのあの説明にも感心した」

「当然の事を答えたまでですよ。『どんな軍隊も、その装備を選んだ事にはちゃんとした理由がある』って教えてくださったのは、先生ですよ?」

「そうだったね。さすがはサラちゃんだ」


 サラと先生が笑顔を交わし合う。

 が。


「まあでも、あたしは戦車の選択には不服かな」

 リアは食を止めると、少し不服そうにつぶやいた。


「地上軍はいつになったら、新しい戦車買う気になるんだろうな?」

「多分、ないよ。地上軍の予算はいつも後回しだし」

「予算かあ……ヘリでさえ空軍に取られちゃったもんなあ……統合なんちゃらとか言ってさ」

「『統合ヘリコプター軍』。取られたのは海軍も同じだし、おかげでヘリはいいもの揃えてもらってるから、いいとは思うよ」

「ヘリだけズルくねえか?」


 リアとベッカの会話が続く。

 サラの食も、足を引っ張られる形で止まる。


「少しは戦車兵の事も考えてくれって言いたいよ。アレに乗っててもしもの事があったらって思ったら気が気じゃねえって。床下は砲弾のターンテーブルなんだぞ? 引火したら砲塔の中は火の海になって、最後はドーンって吹き飛ぶんだぞ? 何が『びっくり箱』だよ、笑い事じゃねえっての!」


 がちゃん、とキッチンで何か落ちる音がした。

 先生が、うっかり食器を手から滑らせたらしい。

 幸いにも、食器が割れる事はなかったが。


「──リア」


 サラの厳しい注意が、場の空気を一転させる。

 リアとベッカの視線が、サラに集まる。


「どんな戦車も、車体の中は砲弾でいっぱいでしょ。T-72だけが『びっくり箱』になる訳じゃないの」

「いや、そうだけどさ──サラは、不安じゃないのかよ?」


 リアは、怯み気味ながらも反論する。


「わたしは、T-72を信じてる。だって──」


 それでも、サラは迷う事なく、全くの本心を答えた。


「先生の事を、身を挺して守ってくれたんだから」

「あ……」

「サラ……」


 場が静まり返る。

 しばしの沈黙の後。


「もうやめましょ、ディナーがおいしくなくなっちゃう話は」

「……そだな」

「賛成」


 3人はそう言って、食事を再開する。


「サラちゃん……」


 その様子を見ていた先生は、それだけぽつりとつぶやいた。

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