やっと2人きりになれたね

 夕食が終わり、リアとベッカが帰宅する時間になった。

 サラは先生と共に、玄関で2人を見送る。


「今日はごちそうさまでした」


 ベッカは丁寧に礼を言い。


「そんじゃ、お互い良き休日をな!」


 リアは気さくに右手を上げて挨拶し、玄関から出て行った。

 ふう、と安心した様子で玄関を閉めたサラの背中から、先生の両腕が伸びてきて、サラをぎゅっ、と抱きしめた。


「あ」


 かちゃん、と先生の杖が床に倒れる音がした。


「やっと2人きりになれたね、サラちゃん」


 この時を待っていたとばかりに、先生はそっとサラに身を預ける。

 杖がない身では、自力で立つ事も困難な先生。

 つまり、もうサラから離れるつもりはないという意思表示だった。


「そうですね……」


 サラもまた、これを待っていたように表情が自然と緩み、先生と左手を重ね合わせる。

 指を絡ませ、互いの結婚指輪が交わり合う。


「今夜、何か面白い映画、やってましたっけ?」

「いや、ないよ。だから──」


 サラの左肩越しに顔を合わせた2人は、そのまま引き寄せられるように唇を重ね合わせた。

 サラよりも人生経験が長いだけあってか、先生の口づけはとてもうまく、ねっとりした口使いにサラはたちまち酔いしれていく。


「ん……ふ……んん……っ」

「ふあ……サラちゃん……っ」


 先生の手がサラの胸元に伸び、制服を脱がし始める。

 サラは抵抗する事もなく、口づけを続ける。

 豊満な胸が、ぶるん、と揺れて露わになり、そのまま結婚指輪以外の全てを脱がされた。

 そうしている内に、先生は姿勢を保てなくなったのか、サラを抱き締めたまま壁に背中からもたれかかる。


「あんっ、先生ぇ……」


 今度はサラが先生に向き直り、彼の服を脱がしにかかる。

 彼の細くも屈強な上半身が露わになる。

 だが、その肌は傷や火傷の痕だらけ。

 まるで朽ちて錆び付いた乗り物のような状態で、とても常人が見るに堪えないものだった。

 それでも、サラは結婚指輪以外の全てを脱がした。

 こうして、遮るものを全て脱ぎ捨てた2人は、改めて見つめ合う。


「サラちゃん……」

「先生……」


 サラは、労わるように彼の傷だらけな胸板をそっと撫でると、改めて先生とのねっとりした口づけを続けたのだった。


     * * *


 サラが先生と出会ったのは、1年半ほど前の冬、ウクライナ留学をした時だった。

 学園での優秀な成績を認められ、T-72を供与してもらったウクライナで直々に戦車の指導を受ける事になったのだ。

 とはいえ、未知の異文化圏だけでなく、慣れない寒さとも戦いながら勉強をこなさなければならなかったのは、優等生のサラにとっても楽なものではなかった。

 それを乗り越えられたのは、先生がいたからだった。

 黒髪の好青年であった彼は、異国の慣れない環境に苦しむサラの身を常に案じ、丁寧に指導してくれたのだ。

 いつしか2人は出身・立場・歳の差という壁を越えて惹かれ合い、恋人同士になった。

 だが、それは長く続かなかった。


 留学から半年も経たない内に、ウクライナで戦争が勃発したのだ。

 その影響で、サラは急遽留学を中止して帰国するように命じられた。

 そして先生は、戦車兵として戦争の最前線に出兵する事になった。

 突然迎えた、別れの時。

 外国の実習生という何もできない立場に、サラは無力感を覚えた。

 それでも、先生の決意は固かった。

 彼は別れ際、こんな事を約束した。


 ──この戦争が終わったら、必ずサラちゃんに会いに行く。

 ──大丈夫、僕だって軍人の端くれだ。簡単に死ぬつもりなんかない。

 ──だから、信じて待っていてくれるかい?


 こうしてサラはスルーズ諸島へ帰国し、およそ1年もの間、先生を待ち続けた。

 戦争のニュースをテレビで見る度に、彼の無事を祈り続けながら。

 そして、先生は約束通り、サラに会うためスルーズ諸島へやってきた。

 だが、戦地を生き延びた彼は、あまりにも変わり果ててしまっていた。

 髪はすっかり白髪になり、その体は傷だらけ。

 杖がなければ、自力で歩く事すらできない。

 先生は戦闘で故郷も親兄弟も失い、自身も心身共に深い傷を負い、軍を除隊していたのだ。

 こんな姿では愛する元教え子に失望されるだろうと思ったのか、先生は自ら命を断とうとまでした。

 その日の出来事を、今もサラは鮮明に覚えている。


 ──ありがとう、サラちゃん。君と出会えて、本当によかった……

 ──ダメェェェェッ!


 先生が自らの頭に突き付けて撃とうとしたピストルを、サラは無理矢理引きはがした。

 銃弾は、何もない夜空へと飛んで行った。

 だがこんな事をしても、根本的な解決にならない事はわかっていた。

 戦争で何もかも無くし、帰る場所さえない先生を救う方法は、ひとつしかない。

 まだ20年も生きていない身では早すぎるかもしれないが、サラに迷いはなかった。

 サラは先生の手からピストルを奪って投げ捨て、思いを告げる。


 ──先生……わたしと、結婚してください! わたしに、先生の事を守らせてください!

 ──ダメだよ、サラちゃん……こんな僕を貰っても、後悔するだけだよ……?

 ──いいえっ! ここで先生を見捨てる方が! もっと後悔しますっ!

 ──サラちゃん……


 なお、戦争そのものは、現在もまだ終わりが見えていない──

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