人目もはばからず旦那さんとイチャイチャしやがってー

 ここは、大スルーズ島のゲイル市にある、スルーズ諸島地上軍機甲学園。

 機甲兵──すなわち、戦車や装甲車を操る兵士を養成するこの高等専門学校では今、年に一度の学園祭の真っ最中。

 広い演習場には、たくさんの客で賑わっている。

 そのお目当ては、展示している兵器達。

 BTR-4装輪装甲車。

 ZSU-23-4対空戦車。

 M113装軌装甲車。

 軽装甲車LMV。

 そして、汎用車両ハンヴィー。

 歩兵の携行装備が展示されているスペースもあり、そこにはガリルACEアサルトライフルや対戦車ロケット弾RPG-7、携行式地対空ミサイル・イグラが展示されていた。

 見て触って楽しむ観客達の中で、青い制服姿のサラは急ぎ足で進む。

 しきりに辺りを見回して、何かを探している。


「サラちゃん」


 と。

 不意に声をかけられ、振り返る。

 先程観客席の中にいた、白髪の男。西洋系の男としては背が低い方で、年齢はアラサーほどだろうか。

 左手で杖を突いている彼は、親しげに軽く手を振っている。


「先生!」


 サラの表情が、ぱあ、と明るくなる。

 思わず彼に向かって小走りするサラ。

 先生と呼ばれた男も、杖を突きながらサラに歩み寄ろうとしたが、


「う……っ」


 突然、胸元に手を当てて、うずくまってしまった。


「だ、大丈夫ですか!? まさか、傷が……!?」

「だ、大丈夫さ……ちょっと痛んだだけだ」


 先生と呼ばれた男は、サラに支えられながら、ゆっくりと体を起こす。


「……それでも、来てよかったよ。サラちゃん、立派に戦車長やってたじゃないか。素敵だったよ」


 そして、サラの事を誉めながら、左手でそっとその黒髪を撫でる。

 その薬指には、サラとお揃いの指輪がはめられている。

 サラは満面の笑みを浮かべ、


ありがとうディヤクユ!」


 彼の故郷の言葉で礼を言い、先生を優しく抱きしめる。

 先生も、サラの事を優しく抱き返す。

 だが、その時間は長く続かなかった。


「あーあー、サラってば人目もはばからず旦那さんとイチャイチャしやがってー」

「邪魔なら、帰っていい? サラは病欠って事にしとくから」


 リアとベッカが、続いてやってきたからだ。

 我に返った2人は、慌てて離れる。


「ああ、リアにベッカ。これは失礼。あまり時間はなかったんだったね」


 先生は苦笑する一方で、サラは顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。


「サラちゃん、名残り惜しいけど……」

「はい、また後程」


 サラはしぶしぶ、2人の下へ向かおうとした。


「そうだサラちゃん、これを」


 ふと先生は、思い出したようにサラの手を取り、小さな包みを渡した。


「今朝焼いたクッキーだ。3人で一緒に食べなさい」

「先生のクッキー!?」


 途端、サラはおやつを目の当たりにした犬のように目を輝かせる。


「やったぁ! ありがとうディヤクユ! ありがとうディヤクユ!」

「サラちゃん1人で食べるんじゃないぞ」

「そ、そんな事しませんってば! むぅ!」


 小躍りしながら喜んだかと思いきや、先生の注意にむくれた顔をするサラ。

 表情豊かなサラを見て、リアとベッカの表情も緩む。


「なあなあベッカ、元エースでしかも料理上手とか、先生って隙なさすぎじゃない?」

「そう思っちゃうよね。


     * * *


「皆さん、こんにちはプリヴィトゥ。本日は、このわたしサラ・リューリカが、T-72戦車について説明いたします」


 展示されているT-72の前で、サラによる説明が始まった。

 先生のおいしいクッキーを食べた事もあり、サラは張り切っている。


「まずは、我が軍のT-72の歴史について、簡単に説明いたしましょう。我が軍は2008年に初めての主力戦車として、ウクライナからT-72AVを購入しました。要するにウクライナ軍のお古なんですけど、それでも当時の我が軍にとっては革命的な戦車でした。なぜなら、それまで我が軍は軽戦車しか運用した事がなく、T-72AVによって大幅な能力向上を果たしたからです。その後、ご存じラグナロク計画に則り独自に近代化改修を行ったのが、『スルーズ諸島カスタム』とでも言うべき、このT-72ATIなのです」


 サラの脇で、ベッカが写真パネルを観客に見せている。

 T-72のかつての姿が映っていた。現在の姿と比べると装甲がかなりゴツゴツしている。

 そんな説明の様子を、観客達の奥から先生もじっと見守っていた。


「わかりやすい改修点が、この増加装甲ですね。ニージュという新型のリアクティブアーマーが装着されました。もし砲弾やミサイルが飛んできても、このニージュに入った爆薬が命中と同時に爆発して、威力を相殺します。まさに、毒を持って毒を制する装備なのです」


 サラは、砲塔を指さしながら、説明を続ける。


「上部にある対空銃座は、ハッチが改良された事で砲塔内部から遠隔操作できるようになりました。これなら、車長が危険に身を晒す必要はありません」


 サラの説明に合わせて、車長席の対空銃座が回転する。

 車長席に座るリアが、操作を担当しているのだ。


「もちろん、外からは見えない内部も大幅に変わりました。主砲にはスタビライザーが装備され、先程見ていただいたように走行中でも安定した射撃が可能です。イスラエル製の火器管制システムで、命中精度も抜群です。当然車体が重くなったので、エンジンも1000馬力級にパワーアップして機動性も向上しました。具体的に言うと、ロシアのT-90にも遅れを取らないほどです。このような改修を加えた事で、T-72は現代でも十分通用する戦車に生まれ変わったのです」

「ほう……」


 サラの丁寧な説明に、先生も感心していた。

 一通り説明を終えると、観客からの質問を受け付ける。

 サラはそれに、ひとつずつ答えていく。


「あの煙突みたいなのは何ですか?」

「あれは風センサーですね。風向と風力を測定して、そのデータを弾道計算コンピューターに送るんです。正確な砲撃には、風の情報がとても大切なんですよ」

「戦車の中、滅茶苦茶暑いって聞きましたけど、熱中症にならないんですか?」

「昔はそうだったみたいですけど、今は大丈夫ですよ。このT-72にはエアコンも追加されましたから。APUっていう補助電源もありますし、エンジンを切ったら蒸し風呂状態、なんて事はないですよ」


 サラの回答は適格で簡潔だ。

 だがこういう質問を受け付けていると、時折回答に困る質問が飛んでくるものである。


「あのー、T-72ってアメリカ軍にコテンパンにやられた滅茶苦茶弱い戦車なんでしょ? そんな戦車でスルーズ諸島は大丈夫なの?」


 とある子供が投げかけた、この質問のように。


「な、何だあのガキ!」

「リア」


 砲塔から顔を出していたリアがカッとなり、ベッカになだめられるほどの質問。

 幼さ故の容赦ない質問に対し、サラは。

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