サラちゃんは、本当に強いな……
「ああ……サラちゃん……好きだ……好きだ……っ」
ベッドの中で、先生はサラに覆い被さり、その体を味わい続ける。
貪るようにサラの唇を吸いながら、豊満な胸を両手で揉みしだく。
「んん……っ、ふ……っ、むう……っ!」
先生の激しい思いが快楽となって、サラの裸体を駆け巡る。
サラもまた、この快楽を溺れるように味わうのが好きだった。
だが、今日は普段よりも激しいと感じていた。
「う、く……っ」
突然口づけと愛撫が止まり、先生の体が力なくサラの上で崩れ落ちる。
無中になりすぎたせいで、先生の傷だらけの体が悲鳴を上げたのだ。
「せ、先生……!? 無理しないでくださ──むっ!?」
それでも、先生はサラを強く抱きしめ、まだ物足りないとばかりにサラの唇を吸い続ける。
「はあ、はあ……サラちゃん……もう、君だけなんだ……君だけが、僕の癒しなんだ……」
唇を離した先生は、顔を伏せながら言う。
いつになく、怯えた様子の声で。
ふとサラは、先生の両肩が震えている事に気付いた。
「ずっと、きれいでいて欲しい……僕みたいに、傷だらけになって欲しくない……!」
ここでサラは、ようやく気付いた。
先生は夕食時のリアの言葉を、想像していた以上に引きずっていた事を。
彼は、戦車兵として戦った末に、体に深い傷を負った。
だからこそ、戦車兵を目指すサラが、自分と同じ目に遭う未来を恐れている。
戦争で何もかも失った彼にとってサラは、たったひとつ残された最後の希望なのだから──
「先生……」
「ああ、ごめんな、サラちゃん。本当は年上の僕が守ってあげないといけないのに、何もしてあげられないなんて……なんて情けない傷モノの男だ……」
顔を見せないまま、先生は自嘲し続ける。
見ていられなくなったサラは、そっと呼びかけた。
「先生。お顔を見せてください」
意外にも、先生は素直に従った。
今にも泣き出しそうな先生の顔を間近で見たサラは、軽く唇を重ね合わせ慰めた。
ぽかんとした表情を見せる先生に、優しく語りかける。
「先生は情けなくなんかありませんよ。先生が作る料理は、とってもおいしくて、とっても元気になります。部屋のお掃除もしっかり行き届いてて、今までよりずっと快適です。他にもいろいろありますけど──先生は戦えない体でもできる事をしっかりやっていて、とても立派ですよ。そんな先生がいるから、わたしはがんばれるんです」
「サラちゃん……サラちゃんは、本当に強いな……」
「強くしてくださったのは、先生ですよ?」
そしてサラは、ひとつだけお願いをする事にした。
今までは少しだけ言いにくかったけれど、今なら言えると思って。
「でもわたし、もっと強くなりたいんです。先生を守るには、まだまだ力不足ですから。本末転倒かもしれませんけど──もし勉強で困った事があったら、また先生に教えてもらっても、いいですか?」
「……! ああ、いいとも! 少しでもサラちゃんの力になれるなら!」
するとようやく、先生が元気を取り戻してくれた。
「
2人は 改めて唇を重ね合わせる。
今度は落ち着いて、じっくり味わうように。
それから2人は、翌日もほとんどベッドから出ず、ベッドの前につけられた大画面テレビで夫婦水入らずの映画鑑賞を楽しんだ。
玄関先で脱ぎ捨てた服を、朝までほったらかしたまま。
* * *
そんな休日が終わり、サラが通学する時間になった。
サラは、いつものように支度を整え、玄関へ向かった時。
「サラちゃん」
杖をついて追いかけてきた先生に呼び止められた。
「これを持って行きなさい」
先生は、右手であるものを差し出した。
それは、1丁のセミオートマチック式ピストルと、その弾倉だった。
形こそ平凡だがやや小振りで、ピストルらしからぬゴージャスな装飾が彫られている。
そして銃身には、『Форт-12 Cal.9×18 made in Ukraine』と彫られている。
「何これ、こんなピストル見た事ない──フォート、12? ウクライナ製?」
「昔、勲章としてもらった、お気に入りだったんだけどね、サラちゃんに貸してあげるよ。支給されたピストル、まだ直ってないんだろう?」
サラは戸惑った。
このピストルは、勲章として与えられるスペシャルモデル。
つまり、先生はお宝同然のものをサラに貸すと言っているのだ。
「そ、そんな! こんなお宝みたいなピストル、受け取れません! 先生にとって、大切なものでしょう?」
「でも、今はサラちゃんもお宝だよ」
だが、笑みを見せた先生にそう言われてしまうと、サラも反論できなくなる。
「だから、僕よりサラちゃんに持っていて欲しいんだ。いつでも僕の事を思い出せる、お守り代わりにね」
先生は、ピストル──フォート12を裏返して見せる。
サラは、銃身に名前も彫られていた事に気付く。
その名は、『Лю́лька Абрам Іваненко』。
このピストルを受け取った者であり、サラが愛する人の名前。
それを見て、サラは先生の意図を察した。
「先生……わかりました。お借りします」
先生からフォート12を受け取る。
実際に持ってみると、小ぶりな分手に馴染む感触がある。
「弾はマカロフ弾だから、この国の軍じゃ使ってないだろう。僕はたくさん持ってるから、もしなくなったら言いなさい」
「はい──って、いつの間に拳銃弾なんか持ってたんですか?」
「それは──企業秘密って事で」
先生は、ばつが悪そうに苦笑した。
「ふふっ、何ですか、それ」
サラは思わず笑ってしまった。
多少怪しくは思ったものの、考えても仕方がないと思い、フォート12をしまう。
「それでは先生、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
サラは先生と軽く唇を重ね合わせた後、玄関を出て行った。
* * *
南国の青空を、2機のヘリコプターがゆっくりと飛んでいく。
まるで蛇のように細長い胴体を持つ、グレー一色の機体には、『R.T.I.AIR FORCE』の文字とバインドルーンの紋章が。
空軍の統合ヘリコプター軍が運用する攻撃ヘリコプター、AH-1Zである。
そんな空の下──サラ、リア、ベッカの3人は、急ぎ足でT-72の車体によじ登った。
ベッカは前方の運転席、他の2人は砲塔の中へ潜り込む。
3人共完全に中には入らず、ハッチから顔を出したまま、行動を開始する。
「ベッカ、エンジン始動」
「了解、エンジン始動!」
ベッカの操作により、ぶるん、とエンジンが始動し、T-72の各種システムが目を覚ます。
「今日も快調だね」
「そりゃあ、ヘリさんとの共同訓練なんだから、整備士さんも気合入れたのさ!」
ベッカにそう告げるリア。
戦車にとって攻撃ヘリコプターは、自分が見えない場所を上から見て支援してくれる、心強い味方だ。
3人が張り切るのも当然で、こちらも全力を出して応じなければ、空にいる相手に失礼というものである。
「じゃあ行こうぜ、しゃっちょさん」
「サラ、いつでもご命令を」
リアとベッカが促してくる。
それじゃあ、今日も行きましょうか。
気持ちを整えたサラは、先生から借り受けたフォート12を指揮官らしく高く掲げ、叫ぶ。
「戦車、前へ!」
終
若奥様は戦車長!──見習い戦闘機隊レインボーローズ番外編── 冬和 @flicker
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