第1話 お見積もりは計画的に
キーピック作りに没頭してから、どれほどの時間が経っただろうか。
卓上には既に20本以上のキーピックが並び、1本作るのに約5分と考えると、この部屋で待たされて2時間近くが経っていた。
「いくら仕事用だとしても、こんなに必要か?せいぜい5本あれば十分だろう」
などと考えながら、余ったピックをどう処分するかを思案する。
緊急の要件で急いでいる冒険者に高値で売りつけるか。
それとも新米パーティーにまとめ売りしてお得感を演出して売りつけてやろうか……。
そのとき、油の刺さっていないヒンジが軋み、扉がヒステリックな叫びと共に開いた。顔が傷でぐちゃぐちゃになった男と禿げた女がにこやかな(?)笑顔で入ってきて、
「これなーんだ!」
と見積もり書を掲げた。その見積もりには、商会直々の契約印が大きく押されていた。
その印を目にした瞬間、3人は手を取り合い、ぎこちないステップで小躍りを始めた。多少気心が知れた程度の仲なのに、慣れない足取りで互いに笑い合う。
滑稽である。
その後正気に戻った彼らは、いそいそと顔も合わせず卓上のキーピックを片付け、簡単な打ち合わせを済ませた後、3人は急いで娼館へと向かった。
娼館の前に立っていたのは、気怠げで目つきの鋭い坊主頭の大男。
彼に見積もりが通ったことと、今日は遅いので明日教会に行くこと、来週に酒場での集合を大男に伝えると、3人はそれぞれの宿へ戻った。
それから5日後 – 酒場にて
広げられた報告書を5人が囲み、それぞれが険しい顔をしていた。
大柄な男、「ジム」がしわくちゃな顔をしながら重々しく口を開く。
「なんでこんなメチャクチャな見積もりで通しちまったんだよ……」
ジムは普段、娼館の用心棒をしている。頼りがいのある筋肉の持ち主でありながら、チームのマジックユーザーとして働いている。
険しい表情の「ガス」が申し訳なさそうに答える。
「仕方なかったんだよ……他の4チームと競合してたのと、雇い主から『もう少し安くならないか』って交渉されたんだ」
ガスはチームのリーダーであり、交渉役も務める。
顔に残る戦傷は、かつての傭兵時代に負ったものだ。
左頬の歯茎が露出するほどの傷跡が、その激しい過去を物語っている。
普段はこの傷を交渉材料に、ふっかけられにくくてトータルでみればお得だ、などと言っているが、今回は通じなかったようだ。彼の役割はタンクとして前線に立つことだ。
「まぁまぁ……」と、禿げた女性、「ミサ」が二人を宥めるように手を動かしながら言う。
「仕事が取れただけでも十分でしょ。それに、実働換算で日給5万フランだから、そうそう悪い見積もりでもないのよ?こんな額、そう簡単には稼げないわよ〜!」
ミサはチームのムードメーカーであり、母親的存在。
業界歴も長く、見積もりや算術を活かしたチームのオペレーターとして活躍している。彼女の楽観的な意見に、少し場の空気が和らいだ。
だが、目の細い女性、「サン」が控えめに、けれどしっかりとした口調で答える。
「でも……その利益が出るのは、予定通りに完遂した場合だけですよね。
聖職者として、儲けに執着はないですが、現場報告と見積もりがここまで乖離しているとすごく……その……不安です……」
サンは普段、教会で聖職者として仕えながら、チームの癒し手としての役割を担っている。彼女は神の教えを信じ、正義のために魔物と戦うことに疑いを持たない、勇気ある女性だ。
しかし、今回ばかりは普段とは根本から違う危険の香りに不安が募る。
その隣で強い口調で自分の意見を述べるのは、小柄な女、「ダガー」。
「つまり、これって赤字になるかもってことでしょ?タダ働きなんてマジで勘弁してほしいんだけど?
マ ジ で!!」
ダガーはスラム出身で、とにかく金に貪欲だ。
普段は身軽な体を活かし斥候や鍵開けなどでチームの役に立っている。
彼女の言葉は強気で鋭いが、若干サンを庇いつつもリーダーに対して意見している。
この状況について、リーダーのガスは思案する。
討伐案件の見積もりを受ける際、現場調査を専門業者に依頼するのがこの業界での一般的な流れとされる。
しかし、今回は元請けの急かしと競合の多さで、現場調査をすっ飛ばして概算で見積もりを行った。
その後契約が通ってから念の為、と現場調査を依頼した結果、想定以上の追加コストが発覚したのだ。
ガスが若干パニックになっている頭を無理矢理にでも回そうと言葉を捻り出す。
「各自が削れそうなところを考えよう。まずは……食事を減らせる……か?」
その時彼らの表情、もとい人類誰もが干渉できないとされる時間が、一瞬固まった。
その後皆の表情が怒りの物に変わるまでにそう時間はかからなかった。
職業「魔物ハンター」として生きるとある1パーティーの物語 あっぱれコキ丸 @appare_kokimaru
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