プロローグ

ー国歴218年ー

人類が自然を切り拓き、その生息地を広げるようになってから、数千年が経ったある日のこと。



森には不釣り合いな、喧騒が響く中で。


1区画先から、かすかに聞こえる声があった。

「おォい!もう少しで上がりにするぞォ!」


荒い息をつきながら、男は力一杯答える。

「明日は楽すんだァ、ダァから……もう少し頑張るつもり……だァ!」


再び向こうから声が返ってくる。

「規定のノルマは終わってるんだ、無理すんなよォ!

俺は身支度するからァ、あとは任せるぞォ!」


ウエノ、28歳

貧しい家庭に生まれた彼は、庶民的な仕事である樹木の伐採と開墾を生業としていた。


この日は、彼にとってはただの「いつもより少し重いが幸福な日」だったのかもしれない。


強い風が吹き、鉛色の雲が重く空を覆い、空気にはどこか不穏な気配が漂っており、森林を物臭な雰囲気が支配していた。


だが、明日は彼の誕生日。

そして、久しぶりに肉を喰らえるご馳走の日だった。

肉と酒を舌の上で踊らせるそのひととき、普段の自分をいつも以上に慰めるそのひとときを、少しでも長くする為に、ウエノはその森林の雰囲気を断ちきるように、いつも以上に斧を樹木に振りかざしていた。


伐採ノルマは15本。

だが、ウエノは20本を目指していた。

腕に浮かぶ青筋を見つめながら、木ってのはなんでこう硬ぇんだ?

などと呑気なことを考えていたその時だった。


突然、視界が真っ白になる。

思考がパッと明滅するような感覚が彼を襲う。

次第に色が戻り、再び周囲の風景が映し出された。

が、その時、視界外から受けた打撃の痛みを彼はまだ認識できていなかった。


半区画先からさっき声を掛け合っていた同僚のゴボゴボと騒ぐ声、そしてクチャクチャとはらわたを刺し回す音が耳に届く。

かすかな意識の中で、彼は揺り返した痛みの根源をこの時初めて認識した。




「本当に存在……」


緑色の肌に長い腕と耳、どこか文化的ではあるが、腰が曲がったまがまがしい風体をしたその存在は、ギョロついたヤギの様な瞳で彼を見下していた。


御伽話に聞いていた魔物、ゴブリン。

その要素を目の前の「何か」は持っていた。


一目見た瞬間こいつとは分かり合えない。そうした恐怖感じると同じ瞬間。

内臓や喉仏、頭蓋に突き刺さる、冷たい冷たい鋭利な無機物の感触が、音が、彼の最期の記憶となった。



----------


数千年にわたり、自然を切り開くことが当たり前となった人類。

だが、国暦218年に起きた出来事をきっかけに、人を襲う新たな脅威が突如として世界各地の自然に溢れ出した。


それは、物語の中でしか存在しなかったはずの

「魔物」


人のような体を持ちながら独自のコミュニティを持つ山羊、知能を持った巨大蜘蛛、そして緑色の肌をした残忍なゴブリン。

その他エトセトラエトセトラ……


かつて寝る前に嬉々として聞いた「おとぎ話の魔物」が、人々を襲う新たな災害となったのだ。


当初、人類はこの新たな敵に対して無力であり、その生息範囲を狭める事となった。

しかし、研究が進むにつれて、魔物を討ち倒し利益を得るプロフェッショナル達が現れた。


そんな彼らを人々は「魔物ハンター」と呼び、次第にその呼称は社会の中でありふれたものとなっていった。


そんな伝承が人々の記憶に微かに残っているある日から、とある1パーティの物語は始まる。

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