無題 満ちた月は楽しげに嗤う

ハロウィンの前日。


「諸君。南瓜みなうり村に行くぞ!」


その声を聞いて、殆どの部員は沈黙を選び黙々と文化祭の作業を進め…何人かは大講堂からの逃亡を選び、即座に行動を開始した。


「ククク…腰抜けどもめ。まあいい。残った我が配下達は来る文化祭の準備を進めたまえ。このアタシ手ずから、内容を話…」


…背景を描く手が自然と止まり、恫喝するように彼女に接近した俺を除いて。


「…南瓜みなうり村に行くのか。」


「………ほう。珍しいな…我が演劇部における唯一無二の存在たる背景担当がアタシに詰め寄るか…何か用かね?画材が足りなくなったのなら、明日にでも優秀なる我が舞台監督に言えばいくらでも。」


「行く。」


彼女…昼波高校の演劇部の部長にして、自称…『世界を統括するべき存在』とかほざく3年生の花形はながた 羅佳奈らかなは飾ったらしく首を傾げ、残った部員達は作業の手を止めて、こちらの様子をチラチラと鬱陶しく伺ってくる。


「あ、ああ…このアタシとした事が…すまないな。配下の声を聞き逃すとは…もう一度。もう一度だけ、言ってはくれないか?」


(あぁ…イラつくな。)


気が向いた日に黙って背景を描いては、誰とも話さずすぐに帰ってるような奴が、こうして口を開いたらこれだ…いっそ、その奇異なものを見る眼をくり抜いて…作品の一部にしてやりたくなる。それを必死で抑えて…俺は勇気を振り絞りもう一度彼女に言った。


「行く。俺を連れて行け。」


「…。クク。そう言うのなら…あい分かった。だが、その前に話がある。」


「……っ」


俺の手を掴み、内心驚くままにグイグイと大講堂の外へ連れ出されて…既に運動部が帰って閑散とした校庭で手を離し、その足を止めて振り返った。


「…画伯よ。このアタシが…そのような猿芝居で騙せるなどと思っていたのか?」


「……!」


「っ!?」


「は…どうした?」


「ゴホッゴホッ…失礼…ただ、唾液が肺に入ってむせてしまっただけだ…もういいから早く話せ。無論、アタシはその画伯の企みは分かってはいるが、それを誰かに話してしまえば…存外、気が楽になるものだぞ?」


普通ならこの場で、話すべき事じゃない…が。

彼女の言い分も…分かる気がする。何故か凄く釈然としないが。


「なら話す。俺が行きたいと言った理由は…」



………復讐だ。



彼女は腕を組んで…真上に広がる僕としては内心、反吐が出るような美しい星空を眺めてから、すぐにこちらを見て不敵に笑った。


………


……



「さあ本題に移るとしようか…選ばれし素晴らしき我が演劇部の諸君。前置きでも説明しているが、8月において協力関係を結んだ映像研の為に今、数年前に封鎖された南瓜村に来ている。ククッ…心配せずとも、この場にはいない優秀すぎる舞台監督や制作がしっかりと手続きや撮影許可を取っているから安心するがいい…では早速、部室で言った通りの班に別れて…」


そこでようやく周囲に誰もいない事に気がつき…派手な制服を着た少女は何故か不敵に笑う。


「いない…か。ククッ…だがよい。実に素晴らしい!!世界を統括するべき存在たるこのアタシの指示なしで行動に移せる…それこそ我が演劇部の配下というものだ。ククク…では我が臣下…聖亜よ。アタシ達もそろそろ動こうではないか…アタシを驚かせようとどこかに隠れ潜んでいるのだろう?だが、その程度でこのアタシを動揺させるなぞ、2億年早…ん?待て。まさか、本当にいないのか?…クク、クククッ…」


顔に手を当ててしばらく笑った後、派手な少女は元の不敵な表情で、懐中電灯片手に1人で南瓜村を歩き始める。


「まあよかろう。我がペアであった筈の画伯には、しっかりと話をつけたからな。ハハハ…」


…その足は僅かに震えていた。


           By 寡黙で傍観者のリス


10月31日


俺は絵が好きだ。特に緻密な色合いで綺麗に絵を描く事が…その上から俺の中にいる『私』を表現する為に、ぐちゃぐちゃに想像に身を任せて、様々な色で塗る事が俺の生き甲斐で…。


今日も俺の行動が咎められた。今日はハロウィンなんだから、4年間通ったこの地味な小学校の校舎の色を変えてあげようと思っただけなのに。


「…気味が悪いわ。」


「どうして…笑ってんだよ!!」


でも、ふとやり切った後に冷静になって改めてソレを眺めると、本当にそれが俺自身が好きな行為なのかが分からなくなる時がある。


だから僕は異常で異質で感性が歪んだ…欠落者だという自覚はあった。少しだけ外に出ただけで、また何かするんじゃないかと警戒されて…陰口や暴行が生徒から教師…そこに住まう住民まで容赦なく襲いかかる。


それでも俺が折れなかったのは、家に帰れば、【観覧者】である家族達がいて、俺の描いた作品をなんであれ認めてくれていたからだ。


パチパチ


『はぁぁ凄えなぁ…これ、ライオンか?』


『馬鹿ね…どう見たってキリンよ。ねっ、そうでしょ?』


こんな俺を見捨てずに接してくれた【観覧者】である兄と姉。


パチパチパチ


『…ちゅうしょうが?よくわかんないけどかっけぇ兄ちゃんおれもいつかかきたいぜ!!!」


『こら、お兄のジャマしたらダメじゃない!!ひまなら、きょうかのおもりにいくわよ!』


俺の絵を認めるどころか、どこか尊敬さえしていた【観覧者】の弟と妹。


パチパチパチパチ


『いつ見ても、個性的な絵で全く飽きないわね。敬天けいてさん?』


『…それに熱中するのはいいが、勉学で支障が起きないようにな。私は寂しがっているであろう狂菓きょうかを見に行く。』


『もうっ。親バカなんだから…一緒に、私達の愛しい狂菓の顔を見に行きましょうか。』


『ふん…私の方が、狂菓を愛している。』


『まあ。お腹を痛めて狂菓を産んだのは…私ですよ?』


『…ぐ、ぐぅ…それ…は…』


『また、次の作品が出来たら私に見せてくださいね…もっと黄色を使えば、もっといい作品になれると思います…お先に失礼しますね。』


『ま、ま、待ってくれ!!私が先だ!!!』


『ふふふっ。ほら、こっちですよ〜。』


まるで平凡な親父とお袋みたいに、ただ甘やかすだけではなく、俺に対して真摯に向き合って指摘してくれた優秀な【観覧者】でありながらも、【画材】になれそうだった敬天けいておじさんと菓奈かなおばさん。


パチパチパチパチパチ


『今まで伝えていなかったが、お前は『混沌神』の魂に選ばれた貴重な存在なのだ…既に、その半分は生後間もない頃にその肉体に宿してある。』


『残りの半分が入って産まれた狂菓きょうかを生贄に捧げさえすれば、あなたは人間の枠組みを超えた存在になれる…それはとても素晴らしい事なのよ?』


『これで、ようやく秋月家の悲願が果たされる時が…ぐ…ふっふっふ…明日のハロウィンの日が待ち遠しい…お前は秋月家の誇りだ。』



根は腐っていても、いつだって砂糖菓子みたいに俺を甘やかしてくれた…【観覧者】未満の親父とお袋が待っている。


パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!


これは俺に送った拍手や喝采ではない。

俺をドン底にまで追いやった…絶望の調べだ。


「…は、はぁ?」


最初は唖然。次に焦燥感が俺の中で急速に生まれて気づけば、未だに燃え盛っている洋風の屋敷…否、慣れ親しんだ俺の家に途中で買ったお菓子が入ってある鞄を投げ捨てて、何も考えずに侵入していた。


「ゲホゲホッ誰かっ、誰かいないのか!!!」


煙でむせながら、無数にある部屋の扉を開けては館の中を走り…何度も大声を上げて…親父の部屋で【観覧者】達を見つけた。


「え…皆、倒れて……おじさん、おばさん…狂菓を…抱えて…これってどういう事…な」


「…済まない。」


敬天おじさんが持っていた杖から何かが放たれて…そのまま意識を失った。


この日。【画材】である、おじさんとおばさんによって、狂菓と莫大な財産を盗まれて…俺の【観覧者】と『居場所アトリエ』はなくなった。


10月31日


あれから6年が経過して、俺は高校2年生になった。当時…当たり前の事だが、誰も俺を助けてはくれず、路頭に迷っていた頃…真冬なのにも関わらず、半袖短パンでサングラスをつけた怪しい男に路地裏で声をかけられた。


『その濁った瞳…君は、確か【混沌神】の半身…っと、そうだ。良ければ私の家に来るといい。腹が減っているだろう?』


秋月家と因縁がある夏辛家に拾われたお陰で…こうして俺は命を繋いでいる。そこでは、親父やお袋が教えてくれなかった事を教えられた。


先祖代々『春雨家』『夏辛家』『秋月家』『残雪家』が血みどろの闘争をしていた事からこの四家は所謂、余所者であり『大陸』から連れてこられた者達の末裔であるという話まで、全てを胡散臭く話してくれた。


『まっ、春雨家はもうないし…残雪家は衰退寸前なんだけどねぇ。君には関係ない話だから、精々、勉学に励みたまえよ秋月君〜』


ちなみに家族構成が俺を含めて、男と大学生の女の3人のみだったから、人間関係とかは楽だった。だが、春夏秋冬関係なくクーラーをかけて冷やし中華や素麺、アイスを無尽蔵に食らい、さも当たり前のように家の中では、水着を着用するというトチ狂った奴らで…もう慣れたが時折、気が狂いそうになる。


【観覧者】や【画材】にもなれない不適格な連中だから、一刻も早くここから自立したいと心の底からそう思う。


「…って事があったんだ。ねえ…おじさん。」


現在、俺は演劇部の活動の一環でかつて南瓜村と呼ばれていた地に来て…暗がりでも木造りの祠が見える場所で昔、敬天おじさんが飼っていたリスと相対していた。


「ふ…騙せそうにないか………成長したな。それとも、あの年中常夏の男の差し金か?」


「場所を教えてくれたのは、あの人だけど…やっぱり、敬天おじさん…なんだ。」


リス…敬天おじさんは俺を見上げる。


「ああ。久しいな…混軸こんじく。かつて君から居場所を奪った私を殺しに来たのか?」


「一応…そのつもりだったよ。」


俺は懐に隠したダガーを下に落とした。


『ククク…目的が復讐か…ハッ、実に下らん。それも画伯らしくない後ろ向きな発言だ…そんな器ではない事くらい理解しているだろう?』


そんな陳腐な言葉で…ずっと俺の中にあったものがパッと晴れてしまったのだから、怒りを通り越して、むしろ笑えてくる。


そう。俺は…心の奥底では作品の事以外どうでも良かった。第一、家族の名前なんて【画材】として優秀そうな、敬天おじさんや菓奈おばさんと狂菓以外は興味もなかったから覚えてないし。それに昼波高校に来てから…そんな瑣末な事を考える暇もなかったからな。


『画伯っそこは描いちゃ駄目だろう!?!?だか…ククッそれもいいかもしれん…よし、台本を変更せよ!!そうすれば…』


『私は別にいいけど部長閣下…下里先輩がいる時にその話はやめといた方がいいと臣下の1人としては、忠告せざるを得ないなぁ。』


羅佳奈らかな?もう演劇の内容は、文化祭実行委員に提出してるからね。』


『っ…ほう。帰って来ていたか。ご苦労だった…暫く、大講堂でくつろいでも構わん…おっと、アタシに近づくなよ。ヤケドしたくな…ぐぇ!?』


『そこで、実行委員に指摘された部分がかなりあるから…この部長は連れていくね。後の事はよろしく……嫌かもしれないけど、混軸こんじくくんはそれ元に戻しといて。』


『……チッ。』


小学生の時みたいに、イライラする事ばっかだけど…俺の事をちゃんと見てくれて、極端に肯定してくれるだけではなく、駄目な所はしっかり注意してくれるあの環境が…今の俺にとっては心地いい。


「もう…見つけたんだ。」


最初から、良い【観覧者】がいる俺にとって都合がいい退屈な『居場所アトリエ』ではない……一癖も二癖もある【画材】だらけで、やりたい事が全て上手くいかず、毎度毎度誰かがトンチキなトラブルを巻き起こし、来る度に何が起こるか想像出来なくて【観覧者】がいないカオスとインスピレーションがドロドロに混ざった…そんなパンドラの箱の様な俺の…


「…本当の『居場所アトリエ』を。」


「そうか。」


敬天おじさんは、ちょこちょこと後ろを向いて祠を眺めた。


「……見えるか?」


「…うん。」


昔見た時よりも成長した狂菓が、知らない男がお菓子を持ってやって来ると、はしゃいでいるのがぼんやりと見える。


「…混軸こんじく…あの時は……悪かったな。」


「は?別にいいよ。俺にとって都合が良かったから利用していただけで、元々興味なんてなかったんだ。あんな奴らの事なんて。」


「その自己中な性格は…ちゃんと直せよ。君の将来が不安になる。」


「うっせえ。俺は俺の道を征く。少なくとも、瀕死のリスに説教される筋合いはないよね。」


「………気づいていたか。」


リスは黙り込んで…こう言った。


「…もしも、自分の素性を知りたければ…」


いつまでも過去の事ばっか。そんな情けない態度に…俺はイラっとしながら…ふと、次の作品のインスピレーションが湧いた。


この感情を形にしたい。そんな思いが…怒っていた俺の感情を塗り潰す。


「あー…死ぬ程どーでもいい。過去は過去。未来は未来でしょ…てか、死人は口出しすんな…祠の近くにでも埋めておけば満足だろ?」


「…その表情。絵が大好きなのは変わらないのだな。」


「…………おばさんの所に行けるといいな。」


敬天おじさん…倒れた【画材】の死骸を抱えて…落ちていたダガーを拾い上げた。


……


南瓜村には廃校がある事を知っていた俺は【画材】からまだ赤茶色になっていない赤色を拝借し、幽霊がいなくなった隙を狙って祠の側に埋め…封じられていた半身を手に入れた後、そこの美術部を訪れていた。


幸いな事にアクリル絵の具等々は残っていた。素晴らしい。これで…絵が描ける。今度こそ…俺の頭の中にいる不完全ではなくなった『私』を…持てる想像力で表現しきってみせる。


……



さてと。俺の心のままに描いてはみたが、この失敗作にどんなタイトルをつけようか…今日は死者の日だから。それにちなんでみるのもよさそうだが…


はぁぁ…いちいちタイトルつけるの嫌いなんだよなぁ。鑑賞する時に思考の妨げになるだけだし…ていうか。


「おお画伯…こんな場所にいたのか!!集合時間になっても来なかったから、皆を家に返した後、真っ暗な夜に怯え…んんっ、冷静でかつ勇敢にも1人で探していたのだぞ…ん?その髪…いつの間に染めたのだ?いや、それよりも…これは…また、随分と……えっと何を描いたんだ?あ、いや……無論分かっているぞ!」


「その……先輩。これが…何か分かるのか?」


流石に予想外だったのか、彼女は硬直した。


「え!?!?……おほん…これは…そう、パンプキンパイだな。誰がどう見てもそう目に映るだろう…かなり前衛的だが。」


「パンプキンパイ…」


(まあ、そう言われてみれば…確かにそう見える…が。)


そんな事を思いつつ、俺は描いたキャンバスを持ち帰ろうとして…やめた。


「……ん、それは置いていくのか?懐中電灯もなしに…こら待ちたまえ……いやっ、ま、待ってくれ!!」


俺は自らを欠落者と定義しているが…作品の鑑賞の邪魔する気はない。俺は絵を描くことは好きだが…完成してしまった失敗作には興味はない。こんなのがお気に召したのなら、くれてやるまでだ。


あぁ、いい名を思いついた。タイトルは…



………『死者の碑』



————でも、赤き月の下で、理不尽にも狂菓に殺されて忘れ去られた者達への、せめてもの手向けとして描いてみました!!…なんて。




————全く考えてないでしょ?



(そりゃそうだ。誰が何人死のうが、俺の知った事じゃない。俺に出来る事は産まれてきてからずっと俺の中にいる『私』を描く事だけだ。適材適所…と言い変えてもいい。)



————冷たいじゃん。ぷぷっ…無謀で無駄な事に対して躍起になっちゃう人間ってさぁ、妾的にどんな時代や世界でもほんと愉快に見えちゃうんだよね…あの帝国といい…ふふふ。だからこそ、弄り甲斐があるんだけどね♪


楽しそうに何かを話すただの少女に戻った狂菓きょうかと男の幽霊の側を足早に通り過ぎ…校舎の外に出ると、空に浮かぶ美しく輝く三日月が俺の目に映って…歩みを止めた。



「いつ見ても…反吐が出るなぁ。」



俺の口から出た『私』のそんな呟き声は、息を切らして走って追ってきた彼女の声でかき消されていった。


                   了














































































































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はろ〜はろうぃんっ 蠱毒 暦 @yamayama18

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ