はろ〜はろうぃんっ
蠱毒 暦
無題 死者の日
きょうは…はろうぃんのひ
——とりっく・おあ・とりーと♪
おまじないのことばをいって、おかしをくれなきゃ…どんなイタズラをしてもへいきなたのしいじかん。
——とりっく・おあ・とりーと♪
むらにいるひとたちは、いちもくさんにわたしからにげていく。おいかけっこなら、まけないぞ!
がんばってつかまえて、おまじないのことばをいって、おかしをもってなかったら…イタズラしなきゃ。
10月30日
きょうは、まだおかーさんがいたときのゆめをみた。
つめたいゆかでめをさまして、りびんぐにいってあさごはんのパンをたべてると、やってきたおとーさんになんどもおなかをなぐられてはいちゃって…またおこってなぐられた。
おとーさんは、いなくなったおかーさんとはちがってわたしのめんどうをみてくれる。おこったり、なぐるのは、わたしが『いい子』になるためのおやとしてのしつけで、わたしがちゃんとしてないからだっていわれた。
だからわたしはおとーさんのいうとおりに、なぐられる。いつになったらわたしは『いい子』になれるのかな?
そうじをおわらせたわたしはいえをでて、にわのきのうえにいつもいるリスくんに、てをふってからとなりのいえのドアをたたいた。
「今日も来てくれたんだね。」
「うんっ。」
はやてお兄ちゃんは、いつもいえにいる。いろいろあって、がっこうにはいってないってまえにいってたっけ。
がっこうって…まえに、はやてお兄ちゃんは「さいあくだー」っていってたけど、どんなかんじなんだろう?
「ほら早く来なよ。そんな格好じゃ寒いでしょ。暖房かけてるからさ。」
はやてお兄ちゃんへやは、ぽかぽかして…いいにおいがした。
「ほら、ホットミルクでも飲みなって。」
おちゃは…なんかにがくてすきじゃないけど、はやてお兄ちゃんの、ほっとみるくはすきだった。おかーさんのやいてくれたおかしも…たべたいなぁ。
「よし、落ち着いた所で…いつもの頼むよ。」
「…うん。」
わたしはきているふくをすべてぬぐと、はやてお兄ちゃんは『しかくいなにか』でぱしゃぱしゃとする。
「あぁ…いいよ、可愛らしいなぁ…じゃあ、座ってこっちに股を開いてみようか?」
はやてお兄ちゃんにいわれるままにしたがうとずぼんをぬいで、『ぼうじょうのなにか』をこすりはじめて……
「…あ//……ふぅ。」
わたしのかおに、へんなにおいのする『しろいもの』がたくさんふちゃくした。なんどなめても…やっぱりへんなあじがする。そんなわたしにはやてお兄ちゃんがたおるをくれた。
「そういえばさ…その……初経って来たの?」
「……?」
いみがよくわかんなくて、かおをふくてがとまってしまった。でもはやてお兄ちゃんはおとーさんとちがって、わたしをなぐらずに、いいかたをかえてくれた。
「…あー、お股から血とか出たかな?」
「…!」
きのうのあさおきたときに、ぱんつもゆかもまっかっかになっていたことをおもいだした。
「うんっ、でたよ!おとーさんにきいても、よくわからなかったんだぁ…」
はやてお兄ちゃんは、わたしの話をうんうんときいてくれた。
「そうかそうか……くくっ、ついに童貞卒業できるぜ…ゴムでも買っとくか。」
「…どーてい?」
「あ、いや何でもないよ?…そうだ。」
はやて兄ちゃんはくろーぜっとからふくやかぼちゃのかめんをとりだして、わたしにみせてくれた。
「はやてお兄ちゃん…これなに?」
「ハロウィンの衣装なんだ。でも…あーサイズが合わなくて…試しに着てみたら?」
わたしはぱんつをはいてからはやてお兄ちゃんにわたされた、まっしろなわんぴーすをきて…かぼちゃのかめんをつけた。
「どう?」
「凄い…やっぱり似合ってるよ!!!『カボチャ少女のパプキちゃん〜魔族磔刑の旅〜』のパプキちゃんにそっくり…」
「かぼちゃしょうじょ?」
へやのかべにはられてる…あれかな?
「あ。何でもないんだよ…ええと明日はハロウィンだし、これを着て…
「…はろうぃんってなに?」
「え…まあ意味は色々あるけど…誰かにトリック・オア・トリートって仮装した子供が言えばお菓子が貰えて、もしもお菓子を渡さなかったら悪戯をしてもいい日…かな?その日だけは誰であれ悪い子になれるんだ。」
「おかし…とりっく・おあ・とりーと。イタズラ…『わるい子』になれる…!」
はろうぃんなんて、そんなたのしそうなひがあるなんて…おとーさんもおかーさんも…どうしておしえてくれなかったんだろう。そうぞうすると、むねがどきどきして、こころがあったかくなるのがわかる。
「…楽しみかい?」
「うんっ!!はやてお兄ちゃんも行くの?」
「え、僕?……僕は…っ。」
へんなかおをして、だまってなにかをこらえてすこししたら、いつものやさしいひょうじょうにもどった。
「よっしゃ行くか!クラスメイトに会うかもしれないのが憂鬱だけど…」
「ほんと!ほんとに!!!」
「あ、ああ…そんなにはしゃぐなよ…っと、そろそろ帰りな。僕の親が帰ってくる。今着てるその服は…この袋に入れてね。」
きがえてから、はやてお兄ちゃんにみおくられて、いえにかえってなんかいもおとーさんになぐられても…このきもちはうすれることはなかった。
あしたのはろうぃん。楽しみだなぁ……
……。
10月31日
『ハロウィンパーティは夜から始まるから、一応親に許可は…お互いしなくても別にいっか。場所は教えたけど…俺と一緒に行くか?』
まっくらなけものみちをひとりであるく。はやてお兄ちゃんにみえをはらなければよかった。
てにもっているのは、がいこつをもしたおかしいれ…だって、はやてお兄ちゃんがいってた。
かいちゅうでんとうはない。こっそり、いえをでてきたから…あとでおとーさんにおこられるかもしれない。
でもきょうは…はろうぃん。あのことばをいえば、だいじょうぶ……だよね?
「とりっく・おあ・とりーと… とりっく・おあ・とりーと?とりっく・おあ・とりーと!とりっく・おあ・とりーと♪」
こえにだすと、だんだんとこころがおちついていく…なにかのおまじないなのかも?
ほら、だってめのまえがぱっとあかるくなっ…
…逃げ——ドンッ!!!!
あたまがちかちかして、からだがふわふわととんで…ごろごろと、どてをころがって……ボチャンとたんぼのなかにおちた。
め…あかない。くち…すこしうごく。みみ…きこえない。はな…どろのにおいがする。
つめたい…つめたい……よぉ。
みぎてににぎっていた、おかしいれは…あれ…みぎて…どこ?おとしちゃったのかな……わからないや。
ねむたい……まだ、おかしもらってないのに…はやて…おにい…ちゃ……
……
………
…………
……………
………………?
おきあがる。
からだがなんだか、とってもかるい。さっきまでぜんぜんうごかなかったのに…でもこれで、はろうぃんぱーてぃーにいける!!
——あれ?リスくん……みんなもいきたいの?いいよ!いっしょにいこっ♪
…ハロウィンはまだ終わらない。
10月31日
僕は体育館で準備を手伝った後、校門前であの子が来るのを待っていた。
(そろそろ…ハロウィンパーティ始まるぞ。)
高校での一件もあったから…渋々、部屋の奥底に入れていた中学の演劇で使っていた兎の着ぐるみを着て、やってきたはいいものの……
(早く来いよ…ったく。)
一年前に、都会からいかにもヤバそうな男と住民票も戸籍も持っていない謎の少女…あの子が俺の家の隣に引っ越して来たらしいと両親が言っていたのを聞いた。
そんな訳あり親子(?)なんてどうせ自分とは無縁だろうと忘れかけていた頃。コミケで都市部に行った帰りに偶然、ゴミ捨てをしていたあの子と出会ってしまった。
あちらから話しかけてきたりと僕よりかは何百倍、純粋無垢で元気ではあるけど、どこか言葉はたどたどしく何よりも僕と同じく…目の奥が死んでいた。
その後、何度か会う機会があって…仲良くなったり何となーくあの子の家の事情を知った。だからといって、あの子を助ける訳でもなくその純粋無垢な気持ちを利用した。あれやこれやで自分の部屋に連れ込んで…色んな事をさせた。
コスプレや、写真撮影……果ては、手〇〇や顔◯…我ながら最低だなと思うが、騙される方も悪いのだ。もしも犯罪者として捕まる日が来たら「ああ…最高の人生だった!!!!!!」と心の底から叫ぶだろう。僕はロリコンだからな。
でも…もう今日はそんな気分じゃない。
「本気で楽しみにしてたよな…あの子。」
最初はハロウィンがなんなのかも知らなかったのに昨日のあのはしゃぎ様…そこで初めてちゃんとした笑顔が見れた気がして……
(……羨ましかったんだ。)
僕もあの子みたいな、決して物事や人物を疑う事を知らずに、ペラペラと自分の情報を吐き出すような純粋な奴だったから。
きっと誰かの踏み台にされたのだろうと、そこで生まれて初めて人間の闇を知って…気がつけば、恐怖で高校に行けなくなっていた。
「触発されちゃったのかもな。」
小さく呟いて…失笑した。
あの子との関わりで、僕も…少しは変われたのかもしれない。昔だったら校門とはいえ高校の敷地に入る事なんて、到底無理だっただろうから。
(もう一歩、踏み出す時なのかもな。)
あの子に会ったら、偽名をやめて…ちゃんと本名を言おう。そして…あの子の名前を……
——プップッー!!!
「ちょっと、キミ…通れないんだけど…」
「あ、すいません…すぐに退きま…」
トラックを避けようとした時に、前面が凹んでいて…誰かの右腕とボロボロになった俺が渡したお菓子入れが僕の目に映った。
「ん…?キミ何を……っ!?!?」
僕はすぐに着ぐるみを脱いで、トラックに近づき、めり込んでいたお菓子入れを取って…暗い夜道を懐中電灯片手に走り始める。
(あの子はどこだ!?は…早く見つけないと……)
らしくもなく無我夢中で走っていたからか、僕と入れ違いで…ぼんやりとした何かとその後ろを歩く獣の群れが通り過ぎた事に
……気づく事は出来なかった。
10月31日
畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖
わぁ…たっくさんのおかし!!はやてお兄ちゃんはどこだろう?みんな、おかしはまだたべちゃだめだよ!!!
キャンディ、クッキー、ドーナツ…パンケーキ…あれパイ?マカロン…って、てれびでみたやつだ!飲み物は…おちゃはやだな…しゅわしゅわしてるのも……っ、ホットミルク…!!!
畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖
畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖 畏怖
みんなどうしたの?こわがらなくてもいいんだよ??ああ…そっか!たべるまえに、おまじないをいわなくちゃ。
——とりっく・おあ・とりー…
ズドンッ……
むねに2つのあながあいた。
「はぁはぁ……化け物め!!早く出ていけ!!!」
『つつじょうのなにか』にうたれた。でも…いたくない。すぐにあなはなくなった。でていけって…いわれても……う〜ん。
『もしもお菓子を渡さなかったら悪戯してもいい日…かな?』
…あっ、そっか。きょうは『わるい子』になってイタズラしてもいいんだ!!!でも、イタズラってなにをすればいいんだろう?
ひとがこまっちゃうことをしたらいいのかな…こまること…こまること……あっ、いのちがなくなったらこまっちゃうよね?
「待っ…」
よーし、おちてるたまを1つひろって…えいやっ!
……ドサッ。
おかしのほうがおいしいのに、カラスさんたちはかわってるね。
悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴
悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴
悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴
悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴
悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴
悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴
悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴
悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴 悲鳴
でもこれじゃおかし…たべられないよね。イタズラしちゃったから。でも、まだたくさんいるから…つぎのひとにおまじないのことばをいわなきゃ。あれれ…いなくなっちゃった。
なら…みんな、おいかけっこのじかんだよ!!
——とりっく・おあ・とりーと!
「あぁ…く、来るな!?」
ことわられちゃったから、イタズラしないと…
あ。クマさんがおなかをぐちゃぐちゃにしちゃった。みんな、そんなにイタズラがしたいの?
……なら、つぎからはやいものがちでいこっ♪
——とりっく・おあ・とりーと☆
「「「ひっ…い、命だけは……」」」
うわぁ!コウモリさんはやいね!!
…トントン
——とりっく・おあ・とりーと?
なかにいるけど…みんな、どうし、
……バキィィィィドゴーーン!!!!!
あわわ。イノシシちゃんがどあ、こわしちゃった。まっ、いいよね♪よーし…いっくよー!!!
——とりっく・おあ・とりーと!?
わたし、おかしもってないのに、イタズラしないでよ!!
「よし…何とか捕獲した…」
ドスッ…
「あ、はぁ?貫通…し…て……」
まさか…り、リスくん!!ドングリでわたしを助けてくれたの?
…こくり。シュパッ!!
あしのろーぷをしゅとーできってどっかにいっちゃった。はろうぃんはまだまだ、これから…ふぁぁ〜ちょっぴりねむたいや。
…これ以降も、『いい子』にする事をやめた少女は止まらなかった。
校門や壁は木々で完全に塞がれ、校舎には動物が闊歩し、たとえ閉じこもったとしても…
——とりっく・おあ・とりーと?
——とりっく・おあ・とりーと!
——とりっく・おあ・とりーと♪
——とりっく・おあ・とりーと〜
——とりっく・おあ・とりーと///
——とりっく・おあ・とりーと☆
星はなく。逃げ惑う人々は赤き月の元…自由になった少女にイタズラされる。
気がつけば、高校にいた奴らは全てイタズラの餌食に遭い…その結果、少女は1個もお菓子を手に入れられずに、獣共が狂うように死んだ人間を捕食している中、たった1人で村の方へ歩いていく。
未だに夜は明けず、その目的地は…すでに定まっていた。
10月31日
「……チッ!!」
いつまでもガキが帰って来ない事にイライラしながら缶ビールを投げつけたり、机や物に八つ当たりをしていると…玄関の方から誰かがノックする音が聞こえた。
ハロウィンパーティなんて誰にそんな事を吹き込まれたのかや無断で行った事を追求してやろうと、玄関に行って、扉を開けた。
——おとーさん…とりっく・おあ・とりーと!!
「……?」
しかしそこには誰もいない。空には赤い月が登っているという異常事態よりも…男は自身の心にあった煮えたぎる怒りを優先した。
——あれ…きこえてる?
「おい…早く姿を見せろ!!!ハロウィンパーティなんて、勝手に行きやがって…!!!!!俺とお前が余所者だっていう、自覚あるのか!?」
——おかしないの…?イタズラしてもいいの?ねえおとーさん?
ふと、隣に住んでいる引きこもりのクソガキとあのガキが仲良く話している姿を思い出した。
「あのクソガキめ…次に会った時は、お前の目の前で、その腐った根性をクソガキの親に代わって教育し直してやる。」
——いやだけど…イタズラしちゃえ!
そう呟いて、ドアを閉めようとすると…腹部に激痛が走った。
「あぐっ…!?」
——おかしは?ねえ…おとーさん、おかしは?おかしちょうだい。おかしちょうだい。おかしおかしおかしおかしおかしおかしおかしおかしおかしおかしおかしおかしおかしおかし………
両腕で抑えても関係なく、変わらない激痛が何度も何度も…執拗に腹部を襲う。
「ぐぁ…おぇぇぇぇ……やめて、許し……助け…誰かぁ…だずげで…そこに…そこにいるんだろ!?!?おい…おいぃぃ!!」
木の上で見守っていた私と一瞬、目が合うが…
……助ける訳がないだろう。
——少女が4歳になるハロウィン前日。
一族の財産目当てで私と妻を殺し、少女の親に成り代わった挙句、毎日のように暴力を振るい、お菓子すらも渡さないグズはもう…地獄に堕ちろ。
私は…もう君を親友だとは思わない。
「…お、ぉぉ……あ。」
吐瀉物や血、臓物を吐いて、吐いて、吐いて、吐いて…いつしかぴくりとも動かなくなった。
——おとーさんもおかし。くれないんだね。
悲しげに少女にとっては『偽物の父親だったモノ』から目を逸らした。
——ふぁぁ〜はやてお兄ちゃん…どこにいるの?あれ、リスくん…ついてきてくれたんだ。
…くいっ。
——ついてきて…ってこと?っ、まってよー!
少女と共に、廃墟と化した
10月31日
走って走って走って…走った。こんなに走る事になるなんて…本当に久しぶりだ。
「……はぁ…はぁ……」
ただ闇雲に走っている訳ではない。道の端っこに落ちてたお菓子入れの破片。
『カボチャ少女のパプキちゃん〜魔族磔刑の旅〜』全32話(OVAも含む)を34週し、設定資料集を読み込んだ僕にとっては、最高の道しるべになった。
(懐中電灯…持って来てよかった。)
それを頼りに、また走る。
獣道に入り……30分くらい経過した頃。僕は自然と足を止めていた。
「…破片がない。」
そこで漸く、月が赤くなっている事に気がついて…
——はやてお兄ちゃんっ!
声がした前方を見ると、いつの間にかあの子はいた。
「お…おい。」
——はやてお兄ちゃん…どうしたの?
白いワンピースや濁った緑と黒色が混ざったような長髪は泥と血で汚れ、カボチャの仮面は大きくヒビが入っていて…色白の肌は心なしか、青白くなっている。
そこまでならいい。今日はハロウィンなんだ。凄く気合いが入ってるなと目を見て言えたさ。
——おかしいれ、みつけてくれたんだ!…あのね、ここにこれたのはリスくんのおかげでね、あ、あれ…どこにいったの?
体が半透明で、足先から今にも消えかけてるのは…明らかに手が込んでるとか、そんなんじゃ説明が出来ない事くらい、オカルトがにわかな僕にだって分かる。
あれは……幽霊だ。
…すすっ。
小さい何かが足にぶつかった感触も気にならない。この気持ちは恐怖…?違う。畏怖とか、崇拝とか…そんな気持ちじゃない。
——あのね、ここにくるまで、なんどもおまじないのことばをいったんだけど…いっこもおかしもらえなかったんだ。はやてお兄ちゃん…
——ねえ、どうしてないてるの?
憐憫…そうだ。この気持ちは憐憫だ。今更そう思っても、もう……意味がないのに。
考えないようにしていただけで、最初から分かってた事じゃないか。あのトラックに血で汚れていた右腕があった時点で既に……
僕はあの子をこれ以上、不安を抱かせないように、ゴシゴシと涙を腕で拭いた。
「…お菓子。一個も貰ってないんだってね。」
——うん。ふぁ…なんだか、ねむたいよ。
「こんなに夜更かししてたらね。じゃあ寝る前に、僕にあの言葉を言ってごらん。」
——はやてお兄ちゃん、おかしもってるの!?
「勿論さ。」
僕が自信満々に言うと、あの子はとても喜んだ様子で、まるで眠気を感じさせない元気な声で言った。
——とりっく・おあ〜・とりーと!!!はやてお兄ちゃん…おかしくれなきゃ、イタズラしちゃうぞ?
その仕草が可愛すぎて、一瞬だけ尊死しそうになるが、さっきの謎の感触があった左のズボンのポケットから僕は冷静にお菓子を取り出す。
——このにおい…かぼちゃとクルミの…おかーさんのにおいがする!!
「…そっか。」
あの子が僕の手にあるスコーンを取って、それを少し眺めてから…満面の笑みを僕に浮かべて
「ありがとう、はやてお兄ちゃん!!」
影も形もなく僕の目の前から消えて、持っていたスコーンが物理法則に従って地面に落ちる。
「……」
赤い月は元の見慣れた姿に戻り、山の谷間から日が登り始めている。長いようで短かった10月31日…あの子との最初で最期のハロウィンは終わった。
11月1日
身体的にも精神的にもどっと疲れてしまい、これから家に帰ろうとしていると突然、物陰から小さい何かが僕の顔に回し蹴りを放った。
「痛っ…な、なんだ…」
「……まだ終わりではない。とても癪ではあるが君に、やって欲しい事があるのだ。」
「り、リスがしゃべった!?」
「黙れ。いいから早くついて来い。」
リスに殺意を向けられて、渋々だったがついていく。獣道を少し歩き、土手を降り、荒れ果てた田んぼの中央でリスも…僕の足も止まり自然と震え声でリスに問いかけていた。
「やって欲しい事って…まさか。」
「そうだ。ここに祠を立てて、少女…私の娘を供養して欲しいのだ。」
「…娘っていうのは、どういう事なんだ?」
僕の方を見ずに、ぷかぷかと浮かぶ少女の亡骸を眺めるリスはこう答えた。
「私の娘に対して、ゲスな行為に及んでいたクソ野郎に教える筋合いはない。が…祠を立ててくれたらその礼として1つだけ、私が分かる範囲でだが、質問を許してやってもいい。」
「なんで上から目線……あのさ、祠を立てるって言われても、僕の力だけじゃ…それに、」
「これだけは教えてやる。我々一族は元々、この箱庭世界の住民ではない。」
(??何言ってるんだ、このリス。)
「…技術面での心配なら不要だ。初めからクソ野郎に期待する程、落ちぶれてはいない。」
リスがパチンと指を鳴らすと、ぞろぞろと獣達が建材を背負ってやって来るという異様な光景に対して、思わず僕は声を漏らした。
「う、うわぁ……」
「お前は、娘の火葬が出来そうな場所を探してこい。簡単だろう?」
「そんなの…僕がやる必要ないじゃないか。あの動物達にやらせれば…」
そこでやっと、リスは僕の方に顔を向けた。
「わざわざ私が声に出して言わなければ分からないのかこのクソ野郎は。これは娘の親としては本当に、本当に…口が裂けても言いたくない事だが、私がやるよりも、君がやった方が娘は絶対に喜ぶ。」
リスがしないであろう苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていて、僕はハッとした。
(意地を張っても仕方ない…か。)
あの子が死んだって認めたくない自分がいる。でも認めたくなくても…一度何かを失えば、永遠に元には戻らない。それでも時には進まなきゃいけない時もあるんだ。
そう僕に思わせてくれたあの子の為になるというのなら、何だってしてやれる。何度だって…罪を重ねよう。
そんな想いを胸に、僕はあの子の体をびしょ濡れになろうと構わずに両手で抱えた。
(軽いけど…少し重いな。)
「火葬。ここじゃ出来ないから一度、移すけど、いい?」
その想いが伝わったのか、リスは深く頷いた。
11月1日
火葬も無事に終えて、動物達が荒れ果てた田んぼの中央に作った石造りの小さな祠に骨壺を奉納し終えた頃には、すっかり日が落ちていた。
既に手伝ってくれた動物達はなく…リスと僕だけが、祠の前にいる。
「ご苦労。」
「本当だよ…どれだけ大変だったか。」
僕は、祠に置かれた形が崩れてしまったスコーンを一瞥する。
「そのスコーンってさ。確かあの子が…お母さんの匂いがするとか言ってたけど…」
「これは亡き妻から預かっていたものだ。とはいえ、私も既に死人だがな。」
「なら、どうしてお前は生きてるんだよ。」
「死ぬ間際に、一族の禁術を使ってペットだったリスに私の魂を『憑依』させたのだ。それ以降、ずっと娘を見守っていた。」
気がつけば僕は拳を握りしめていた。
「なんであれ生きてるんだったら、一度でもいい…あの子に会ってやれば…良かったんじゃないのか。」
「…この姿で会いに行った所で、余計に娘を混乱させるだけだ。それに禁術の代償もある。何度もこうして話したり、力を行使する事は出来ないのだよ。」
「それでも親か!?お前なら、トラックに轢かれる瞬間にあの子を助ける事だって!!」
リスが目を見開いて、声を張り上げた。
「ああ助けたかったさ!!!!クソ野郎…君に分かるか?娘の為に密かに妻のスコーンを会場に持って行こうとした道中で、娘が轢かれる瞬間を目撃してしまった私の気持ちが。第一、君が娘と一緒にいてやればよかったのだ!!」
「あの子が断ったんだよ…1人で行きたいって!」
「っ、愚昧極まったな!!!伊達に1年も一緒にいたというのに、娘なりの可愛らしい照れ隠しだと何故気づかないのだこのクソ野郎は!!!!」
1時間後。
「ふ……どうあっても平行線になるか。今回はこのクソ野郎に娘を任せてしまった私に落ち度があるという事にしておいてやろう。」
「…おい。僕が悪いみたいな言い方をやめてくれ。一緒にここまで頑張ったのに、それはないだろ!」
「……殆どは私の力でやらせたのだがな。」
リスは木造りの祠の屋根の上に飛び乗った。
「そんな事したら…バチが当たるぞ?」
「いちいち会話をするのに、クソ野郎の視線に合わせて顔を上に向けるのが疲れたのだよ…私と妻の自慢の娘ならこれくらい笑って許して…く、くれるだろう。」
「…はぁ。」
「その態度。やはり私が人間だった頃に会っていれば、我が娘の一件の事も含めて、数千回はうっかり殺してしまっているだろうな。」
(リスに凄まれてもなぁ。)
「そんな感情を押し殺して…これからの事について、クソ野郎に言っておく事がある。」
「…これからの事?」
「絶対に…私が言う事を黙って脳に焼き付けてでも覚えておけ。」
その気迫に僕は思わず息を呑んで話を促した。
「ではまず、祠を作った理由だが…それは、娘を封印する為だ。」
「は……封印…!?!?」
「黙れと言っただろうクソ野郎。私の娘は生後間もない頃に、一族によって『混沌神』の魂の片割れが内包された…特別な存在なのだ。故にもし何者かに悪用されれば大変な事になる。よって封印せざるを得なかった。」
(混沌神……一族……はぁ?)
突っ込みたい所が山のようにあるが、僕は何とか足りない脳を回転させて1つの結論を得た。
「つまり、まだ生きているけど今は遊び疲れて…寝てる状態ってことなのか?」
「その認識でいい。だから決して祠を壊してはいけない。移動したりしても駄目だ。分かったな?クソ野郎。」
リスはふと、月を眺めた。
「そろそろか…約束通り、1つだけ質問していいぞ。」
一族がどうとか、箱庭がなんだとか、こんな超常現象をどうやって引き起こしたんだよとか…色々聞きたい事はある………けど。
「僕の名前は、
「…?」
「お前と…あの子の名前を教えてくれませんか?」
「……」
リスは祠の上で小首を傾げた。
「あ、あれ?もしもーし!!リスの真似をして誤魔化そうとすんなよ!!え、あれ…嘘だろ、まさか、時間切れ…おい約束は守れって!!!」
「……ふん。ただの冗談だというのに…クソ野郎はそんな事も分からないのか。」
「分かんないよ!?」
「———だ。これで貸し借りゼロだな。」
「…えっ、今何て言った?あ…待てよ!!」
祠からサッと飛び降りて、こちらを向いた。
「後はクソ野郎の好きにしたまえ。この先、何をやらかそうが私は知らんし、興味もない。だがもし…」
「心配してくれてありがとう…
辛うじて聞こえてたリスの本名を呼んだ瞬間、凄いスピードで僕から逃げて行ってしまった。
………
……
10月31日
トントントン…
今日は…ハロウィンの日。
子供であれば、誰だってお菓子をくれなきゃ悪戯が出来る…本当なら、あの子が主役になれる筈だった日。
「はい…えーと、どちら様ですか?」
「こんばんは…去年のハロウィン。あなたは、
「…っ!?な、何故それを…生存者は私1人の筈…」
あの子を轢き殺し、その事実を隠蔽した運送業者。高校や
僕は包丁を男に向ける。
「トリック・オア・ジエンド…あの子の代わりに僕に死ぬまで悪戯されるか、安らかに死にたいか…選べ。」
「っ……この、亡霊め!!」
「…!」
男に顔を殴られた拍子に落としてしまった包丁が僕の左胸を突き刺した…真っ赤な血が床にポタポタとこぼれ落ちる…が。
「なら…」
激痛が僕の体中を支配しても尚、頭突きで男を怯ませて、玄関に仰向けで押し倒す。
「…っ、どうして…まだ動ける!?」
「…悪戯の時間だ。」
刺さった包丁を血をぶち撒けながら胸から引き抜いて…僕は嗤った。
……
10月31日の早朝に起きた某アパート2階で起きた殺人事件の続報です。
被害に遭ったのは48歳で運送業者をしていた
現場に残された血痕や髪の毛を鑑定した所…南瓜村で行方不明の当時、16歳だった
容疑者は左胸から血を流しながら、スーパーで買い物をしたり、街中を歩く姿を歩行者に何度も目撃されていた事が分かり…っ、たった今、容疑者は深夜に封鎖された
……
11月2日…否。10月31日
あの子を殺した男は悪戯してやった。
だから……お菓子…お菓子を作ろう。
2日も過ぎてしまったけれど、僕のハロウィンはまだ終わっていない。警察に捕まるのも、眠るのにもまだ少し早い。
思うように動かない体を無理やり動かして、あの子がいる祠に辿り着いた頃には、太陽が沈んでいて…辺りはすっかり真っ暗だった。
「…ごめん。ずっと、待たせてた。」
そこには2年前と全く変わらない姿のあの子がいて……僕が来ただけで、とても喜んでくれた。
「1人で寂しかったろ。実はこれ…作ってみたんだ。ずっと、家庭科室で試作してた中で1番美味く出来てさ。」
満天の星空の下で、僕は2年前に言えなかった言葉を言った。
「実は僕はお前に本名も教えずに、ただ踏み台にしていた…悪い奴なんだ。」
——はやてお兄ちゃん…『わるい子』なの?
「うん。今更、謝った所で許されない事だって分かってる。だから…ずっと側にいるよ。」
——ずっと…ってどれくらい?
「明日、明後日、明々後日を両手どころか、頭の中でも数えきれない位さ。」
——えっと…ひい、ふう、みい…
両手を見ながら数える姿を微笑ましく眺めていると、ふとその手を止めた。
——よくわかんないけど…はやてお兄ちゃんとずっとずっーといれるなら、まいにちがはろうぃんだね!!
「いやどういう事だよ…ったく。とりあえず、これ食べるか?」
——うんっ、いっしょにたべよ♪
「ああ。そうだなぁ…」
—これからは、ずっと…一緒だ。
………
……
…
「…っ!?容疑者を発見しました…が。」
「これは…一体。こんな場所に祠なんて…」
11月3日の早朝。
…荒れ果てた田んぼの真ん中にある木造りの祠に、堂々と満ち足りた表情をした容疑者が寄りかかっている姿を。
その祠の中には、紙皿の上に乗せられた二口だけ食べられたショートケーキに2本のフォークが刺さっている…なんて、誰にも悟らせない最期だった。
……
翌年。例のあの事件についての報道の影響なのか、ハロウィンの夜に怖いもの見たさでオカルトマニアも含め、色んな奴らがこの祠を見にやってくるようになった。
曰く…
だがそこにはもう『ハロウィンの怪物』はいない。いるとするなら、それは…
——はや…まことお兄ちゃん!あしたは、はろうぃんだよ!!
—毎日ずっと言ってるじゃないかそれ。確かに明日はハロウィンだけど。
——おかしくれなきゃ、イタズラしちゃうよ?
—お前にイタズラされちゃうなんて…本望でしかない。主に下半身の方をイタズラしちゃってくれると……
——むー。おまえってなまえじゃないよ、まことお兄ちゃん。
—あ。そうだったね…あ、
——?こえがちいさくてきこえなかったよ。
—さぁてどんなお菓子がお望みかなぁ!?狂菓ちゃん…ケーキ、スコーン、クッキー…真お兄ちゃんが何でも作っちゃうぞ!!!
——えっ!?やったぁ!!じゃあ、じゃあ……
…私と妻の自慢の娘と、死んでも娘を誑かし続けやがるクソ野郎だけだ。
By 寡黙で親バカのリス
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