ハプニングホテルマン

吉村靜紅

1.ようこそびっくりホテルへ

「きゃあ!」

「うわあ!」

大きな物音とともに、男女の叫び声。かといってここはお化け屋敷でも事件現場でもない。

”ただの”ホテルである。だが、”普通の”ホテルとは言い難い。

「あ~、部屋入った早々びっくりした・・・・・・」

「さすが”びっくりホテル”、ハプニングホテルよね」

そう、ここは通称”びっくりホテル”。正式名称をハプニングホテルという、大変ふざけた場所なのだ。

男女の背後から声がした。

「ふふ、さっそく驚いていただけたようですね」

長髪の見目麗しい青年。彼がこのホテルのジェネラルマネージャー・・・・・・つまり総支配人の剣(つるぎ)昭樹(てるき)である。

「お客様の驚きの声、とてもナイスでしたよ!」褒められているとは思い難い言葉を客に放つと、剣は顔の横で手を叩いた。

「北川君、お客様の荷物よろしく、”びっくり人形二号”も片付けといてね」

「ああ」一言そう言って剣の後ろから、呼ばれた北川健(たける)が現れる。オフホワイトの制服越しからもわかる筋肉にまかせ、客二人分の荷物を抱えていた。

「筋肉すげえ・・・・・・、」

と、感心しつつ二人が部屋に足を踏み入れた瞬間。

「「うわあ!!・・・・・・また人形!?」」

「その子が”びっくり人形一号”です♪」剣がにこにことしてそう言い残した。



剣と、フロントで合流した石山がスタッフルームへ。

ここでスタッフとその役割について説明する。

ドアマンの石山飛男。アフロヘアで古めかしい言語を多用する彼の仕事内容は、ホテル正面玄関にてお客様を出迎えることから始まる。基本、ハプニングホテルではフロントまでお客様を案内し、団体の場合北川と共に荷物を運ぶこともある。他に、雨の日や雪の日に傘の用意や入口付近の道を掃除したりもする。

石山はその感性を気に入られイベントのアイデア構想を行う時もある。また、ホテルのスケジュール管理も彼の仕事だ。


ベル係の北川健。筋肉を愛する彼の仕事は、まずフロントでお客様の荷物を受け取り部屋まで運ぶ。そして室内やホテル内の設備について一通り案内する。北川は元来口下手な方ではあるが、的確かつ簡潔に物事を伝えられるところをみて、剣にこの立場を命じられた。一番はその筋力を買われたのだが。


フロントの橘春華。帰国子女の彼女は家柄のこともあり、語学力やマナーの身についた人物に合った、ホテルの顔とも言えるこの担当だ。チェックイン、アウトの手続き、会計、予約管理、案内など仕事内容は幅広い。それでも彼女は美しい所作でこなすので、皆が認めるハプニングホテルの顔だ。


コンシェルジュの九重紬。おっとりとした彼女はバイリンガルであり、外国人のお客様との接点もあるこのポジションには適任の人材だった。フロントがホテル内部の仕事を担当するのに対し、こちらは外部とのコミュニケーションも大事となる。宅配便の受付、タクシーの手配等、諸々お客様の希望に合わせ行動する仕事だ。


ハウスキーピングの宮子さん。一見笑顔の絶えない優しいおばちゃん、といった風貌だが、謎が多く、名字は剣しか知らない。そんな彼女の仕事は、主に客室の清掃やベッドメイキングだ。また、ホテル内レストランのウエイトレスもこなす、なかなか侮れない人物なのである。


ルームサービスの柴真琴。145センチメートルの身長とその名字から、あだ名は”豆柴”。仕事内容はドリンクなどを部屋に運び、お客様に届け、気さくな彼女の性格によりお客様の状態を会話から引き出す。また宮子さん同様ウエイトレスをすることもある。

その他といえば、石山のツッコミ担当だろうか。


宴会スタッフの左良平。楽天家な彼は剣の補佐的立場であり、石山含めハプニングホテルのイベントを共に考えている。イベントや宴の事前準備も担当する。


そして最後に、総支配人の剣昭樹だ。ジェネラルマネージャーとも呼ばれる彼の仕事は、主に二種類に分けられる。

まず、接客のトップ。こちらとしては、ホテル内を”歩く”ことから始まる。剣は基本スタッフのことを信頼しているのであまり気にしていないが、各担当の仕事に不備はないか。また、ホテル設備に不備はないか。お客様はどう過ごしていて、満足しているか・・・・・・。など、これだけでもなかなか気を遣う仕事だ。

そして、経営のトップ。よりお客様に満足していただけるサービスの展開や向上、それが売り上げに繋がる。スタッフそれぞれがいかにスムーズに仕事をこなせるかもサービス向上の要なので、そこも手が抜けない。加えて、剣はハプニングホテルのイベントも考えなくてはならない。

そもそもハプニングホテルは剣の祖父である剣重男が始めた事業であり、剣の父春男がそれを継がなかったため孫の昭樹に話が来たという経緯がある。重男の思いも、春男の思いも充分に汲んだ上で、専門学校卒業後すぐハプニングホテルを継いだ。剣の母、美咲は複雑ながらも、剣自身の覚悟を信じて送り出してくれた。きっとわが子のこと以外にも気苦労が多いと思われるが、それでも何も言わない母に剣は深く感謝しているし、いざとなれば父とともに支えていくつもりでもある。

ただ、今現在の剣にとって、ハプニングホテルは生きる意味である。ー祖父がそうであったように。


さて、話は戻り、現在のハプニングホテル。

スタッフ控え室には、柴、九重、剣、石山、左の五人がいる。まず九重が、「今回のファーストびっくりもあのお人形たちで?」と尋ねた。

「ああ、今回は良い反応だったね。彼氏さんが彼女さんから部屋に入れようとしたものだから、彼女さんの叫び声で余計に驚きが増したみたい」

「女人ファーストですな」石山がそう言うと、すかさず柴が「石山さん、それこの間も言ってましたけど、気に入ってます?」と突っ込んだ。

それを横目に左が、「今回はプロポーズ大作戦なんだろ?」と確認を取る。

「うん。彼女さんからの、ね。今どきそれもアリだよね」

「素直にレディーファーストって言えないんですか?」柴はまだ突っ込んでいる。石山への攻撃はしつこくなりがちだ。

「柴、気にすんなって。それにしてもなんで彼女さんから?やっぱり彼氏さんの踏ん切りがつかなくて、ってやつか」左が腕を組む。

「それが彼女さんー木山愛理様は、最近唯一の親友が結婚して遠くに引っ越してしまったらしい。その時感じた孤独感と羨ましさが彼女を焦らせているんだろうね」

先日木山愛理から予約の電話が来た際、対応したのが剣であった。

「ハプニングホテルさんはお客の願いを叶えてくれるって、聞いたことがあって・・・・・・、」

「ええ、私共は自ら考えるだけでなく、お客様の要望を叶えることも大事にしております。なにかあればお伝えください」

口調からも不安や焦りが垣間見えた愛理からの電話に、剣はある”ハプニング”を思いついた。

「ーで、どうするんだ?」左はわずかに口角を上げて剣に問う。

「もちろん応援するよ。ただその前に、彼氏さんに話を聞きたいね」

「彼氏さん?なにか気になるんですか?」やっと落ち着いた柴が尋ねる。

「まあ、ちょっとね」そう返すと、剣は控え室を出た。


「宮田様」

剣はロビーのソファにひとり腰掛けた宮田広輝ー愛理の彼氏に声をかけた。

「あ、どうも、えっと・・・・・・剣さん」

「覚えていただき恐縮です。木山様は?」

「部屋に、長旅だったので少し休んでいて」

「宮田様もご一緒に休まれないのですか?」

「実は彼女寝ちゃってて、あんなに人形で驚いてたのに、横になったと思ったらすぐ」

「ふふ、よほどお疲れのようですね」

そこまで話したところで、橘がコーヒーを淹れて運んできた。宮田はそれを受け取って礼を言うと、コーヒーをゆっくり口にした。味も問題ないのが表情でわかる。

「宮田様、もう少しよろしいでしょうか」

「? はい」

「単刀直入に申し上げます。宮田様は、木山様と添い遂げるつもりでいらっしゃいますか?」

「え・・・・・・」突然の質問に戸惑う宮田。無理もない、初対面のホテルマンに結婚の意志を問われては、それは言葉につまる。しかし、宮田はすぐに返答した。

「もちろん、あります」

「プロポーズは考えていらしゃる?」

「いえ、」

剣はそこまで聞いて、満足した。これが聞きたかったのだ。彼がプロポーズを考えているか否か、その答えによって”演出”が決まってくるのだ。

「なるほど、立ち入った質問を失礼しました。お許しください」

「いやそんな!実はそのことで悩んでいて、ちょっと話せただけでもすっきりしました」

「焦っておいでですか?タイミングや言葉がわからないとか」

「まさにそれです・・・・・・、彼女も待っていてくれてたとしたら申し訳なくて」

そこで剣は、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「その悩み、私共にあずけてみませんか?」


翌日、朝食の時間。

木山宮田カップルが朝食をとっているのを見届けながら、左は剣に問う。

「なあ、結局どうするんだ?彼氏さんにプロポーズさせるのか?」

「ふふ、まあ、作戦決行はチェックアウト前だから」剣はあくまでも笑みを崩すことなく飄々としている。

「ま、お前のことだから心配はしてないけどな」左は苦笑いでそう呟いた。

ホテル内廊下では、柴と宮子さんが話している。

「宮子さん、どう思います?どっちがプロポーズするんでしょう」

「そうねえ、」宮子さんは笑顔のまま、「どちらにせよ、ここに来たからには幸せなふたりになりますよ」と答えた。柴は同感です、と返す。

木山と宮田は二泊三日このホテルに宿泊する。三日目の朝、ふたりにはどのようなハプニングが待ち受けているのだろう。


チェックアウト日の朝。木山と宮田は荷物をすっかり片付けて、最後の朝食を楽しんでいた。

「ここの食事、創作料理って聞いてたけど、独創的ですごいよね」

「さすがハプニングホテルだよなあ、なにかとびっくりさせられたし」

「お風呂にマーライオンみたいなのがいたのは怖かったわ・・・・・・」

「あ~あれね、ウケるよ」

ふたりが思い思いにホテルの感想を述べているのを、遠くから左と石山、北川が眺めている。

「大丈夫であろうか、あの仕掛けで」石山が呟く。

「剣総支配人の考えることだ、あのふたりには合ってるんだろうよ」左がそう返す。北川はというと、ただ頷いていた。


部屋に戻った木山愛理と宮田広輝は、荷物を集めながらこんな会話をしていた。

「ねえ広くん、もう帰るけどさ、まだあると思う?ハプニング」

「ああ、あるんじゃない?これまで結構な頻度であったし」

「そうだよね」そこで愛理は隠すように息を吐いて、

「また一緒に来たいね」と呟く。聞こえていないと思っていたが、広輝が一拍置いて、

「また来よう」

と返した。


フロントにふたりが向かうと、そこには可愛らしい世界が広がっていた。

壁にも、床にも、散りばめられた風船たち。”happy"や”von voyage"などと綴られたウォールステッカー。あちこちにぬいぐるみも座っている。

「本日までの二泊三日、楽しんでいただけましたでしょうか」剣が問いかける。

先ほどふたりはここを通ったのだ。その時は変わった様子はなかった。荷物を取りに行ったわずかな時間で、ここまで飾りつけられている。

驚きを見せたふたりを、橘が受付まで誘導する。続いて九重が、両手に布を被せた状態で歩み寄り、「この布をおふたりで取っていただけますか」と言った。

互いの顔を見つつ、一緒に布を取る。隠された両手には一つずつ小さな箱が乗っていた。

「そちらをおふたりで交換してから、開けていただけますか」橘が言う。

これでスタッフの仕事は概ね終わったようなものだった。

木山と宮田は、言われた通り手に取った小箱を交換してから開けてみた。するとそこには、

「おもちゃの指輪?」

キラキラと窓からの光りやホテルの明かりを反射して、おもちゃの指輪が輝いていた。なんだこれは、と思うところだろうが、おもちゃとはいえ”指輪を交換した”ことがこのふたりにとっては大きな意味を持っていた。

「広くん・・・・・・、私、伝えたいことがあって」

「俺もだよ。一緒に言おうか」愛理が頷く。広輝が小さくせーの、と言うと、

「「結婚してください」」

ふたりの声が重なった。ゆっくり頷きあう。

その場のホテルスタッフが大きな拍手を贈ると、愛理は涙を浮かべつつも笑顔だ。ひろきも幸せそうに笑みを浮かべている。

「木山様、そして宮田様、おめでとうございます

私共が見守ることができるのは当ホテルにいらっしゃる間だけですが、どうかおふたりが幸多き人生を歩んでいけますように」剣はそう言うと、

「再びおふたりに拍手を!」と声を上げた。

スタッフが拍手喝采でその場を彩る中、愛理は広輝に「私から言おうと思ってたのに」と告げると、広輝は

「同時だったし、先に伝えたいことがある、って言ったのは愛理だからいいじゃん」と笑った。愛理はそうね、とつられて笑った。


「宮子さんの言う通り、おふたりは幸せになりましたね」

柴がにこやかに言うと、左が「おいおい」とため息混じりに言った。

「あのふたりはまだまだこれからだぞ?」

「総支配人も、私達が見守れるのは当ホテルにいらっしゃる間のみ、と仰りましたし・・・・・・、本当にその通りですものね」と橘が続ける。それに対し柴が「なんだかもどかしいですね」とこぼすと、剣がこう言った。

「この先おふたりにどんな困難があっても、ここでの思い出は残ります。

それで良いのです、我々は」

剣は会心の笑みだった。他のスタッフもそれにつられるように笑顔になる。

また一組、ハプニングホテルに幸せを見つけた。それがこのホテルの役目なのだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハプニングホテルマン 吉村靜紅 @shizuka-yoshimura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ