第17話 3億3000万円

「3億3000万円のフェラーリのオーナーじゃ」

 フェラーリ、世界で10台しか作られなかった限定版だ。街を走れば人々の目が自分に集まるのが分かる。正確には自分ではなくて車にだが、そんなことは気にしない。歩道を歩いているジュリー、カレンの親子が目に入った。早速、かたわにフェラーリを止めてクラクションを鳴らし声を掛ける。

「よー、仲良くお散歩かい」

 二人はフェラーリに乗っている渡辺を見て驚く。

「どうしたのよ、その車?」

 ジュリーの問いに、

「信長様がくれたのよ。輸血の礼だって。さすが信長、天下人、気前がいいね」

 渡辺の声がはずむ。

「まあ、それは良かったわね。でも、もらったってことは贈与になる訳だから、税金の支払いが大変ね。一億は用意しとかなくっちゃだめよ」

「えっ……」

 ジュリーの言葉に渡辺の顔がこおり付いた。

 しばらく宙を見ながら考えていたが、

「やっぱ、返しとくよ。俺には分不相応ぶんふそうおう代物しろものだしな」

 渡辺に一億の現金は到底無理とうていむりな話だ。

「でも、あの織田信長がいったんあげた物を受け取るかしら。無礼者!なんて言って成敗されるかもよ」

 カレンが意地悪そうな顔を向けて言う。

「心配ない。信長様は俺のことを弟とも思っていると言ってくれたんだ。まさか殺したりはしないよ」

「だめ、織田信長を甘く見ちゃいけないよ。彼は実の弟も平気で殺してるんだからね」

「…………」

 カレンの言葉に渡辺の身体はさらに凍り付いた。

「俺はどうすればいいんだ?」

「自分で考えなさい」

 そう言うとジュリー、カレンの親子はすたすたと歩き去った。


「あのー、大変心苦しいのでございまするが、このフェラーリ、お返ししとうございます。どうか受け取ってくださいまし」

 渡辺は、思い切って信長に切り出した。

「なんと、あれほど喜んでいたではないか。何処か気に入らぬことでもおありかな?」

 信長は笑いながら問う。だがその目は笑ってはいない。

「いえ、気に入らないどころか、あっしにはもったいないぐらいで」

「ではなぜに戻そうと?」

「税金でやんす。あのような高価なものを頂くと税金を取られるのでございます。貰った方もあげた方も。何億と来ます」

「ほぉー、税がかかるのか。今の世の地頭じとうは強欲じゃのう。だが、一度やった物を返してもらったとなれば、この信長の名折なおれ。返すには及ばず」

「えー………」

「それよりも、この太刀を売るので、また銀座とやらに乗せて行ってくれ」

 信長は、太刀を二振ふたふりり持っていた。

「また売るんでやすか?」

「ああ、この前、自衛隊とやらの演習を富士まで見に行った。今の世のいくさという物を検分しようと思っての。いやはや、このような太刀ではまこと太刀打たちうちできんわい。これは無用の長物じゃ。銭になるうちに売った方がよかろうと思うての」

 信長は、圧倒的火器を多用する演習を見て、旧来の武具に興味がなくなったのだ。

「そいつぁよろしい考えで。あたしゃ、演習というもの見たことないんでやんすが、すごいんでがんしょ?」

 渡辺の問いに、

「ああ、あれは一見の価値がある。お主も一度見物されるがよい。鉄の輿に大砲が附いてるのもあったのう」

戦車せんしゃでやんすか」

「あれは戦車というのか」

「へい、いくさくるまと書いて、戦車でやんす」

「なるほど」

「大きな箱のようなものが陣形じんけいをなして飛んできて、鉄砲を連射したのもあったのう」

「ヘリコプターでやんすね」

「左様か。どのような字を書く?」

「カタカナでヘリコプターでやんす」

「あれが欲しいのう」

「えっ!ありゃ売りもんじゃないでしょ」

「左様か」

「長い形のものがしりから火をいて飛び去ったが、あれは何じゃ?」

戦闘機せんとうきでやんすね」

「戦闘機と申すか。あれも欲しい」

「あれも売り物じゃないでしょ。買ったとしても何十億もいりまっせ」

「左様か」

 信長は、しばらく考えていた。さすがに何十億という金額は無理なのかと思いきや、次の言葉に驚いた。

「ヘリコプターとか戦闘機とやらをあやつるにもお上の朱印状が要るのか?」

 信長は本気なのだ。

「あれは何年も訓練しないとダメみたいっすよ。あきめた方がいいような・・・」

「で、あるか」

 さびしいそうに云った。

「何年もかかるとは、人生50年じゃ。そうなると、わしも爺じいじゃ、あきめるしかないわ」

「………」

 信長は、一人でささやいた。

 それを聞いていた渡辺は、

「諦めるのは早いでっせ。400年前は、人生50年とか言ったようですが、今は、人生80年ですぜ。100歳の爺さんも沢山いてますぜ。前に風呂で会った天竺まで攻めたという老人もよわい103年とか云ってましたぜ」

 それを聞いた信長は、

「なんと、103歳! それはまことか」

「へい、そうでおます。平均年齢は、男が83歳、女が90歳とか云ってました」

 渡辺がそう云うと、信長は、

「よっしゃ! 弥助、蘭丸、ヘリコプターと戦闘機の訓練じゃ」

 携帯電話で弥助と蘭丸を呼び出したのである。いつの間にか、信長も携帯電話を持っている。

「帰蝶も呼んでいる」


 弥助、蘭丸、帰蝶に何故か渡辺もいる。信長が舞を始めた。

人間じんかんわずか100年。下天げてんの内をくらぶれば、夢幻ゆめまぼろしのごとくなり。ひとたびしょうを得て、滅せぬ者のあるべきか。滅せぬ者のあるべきか」


                          つづく


    信長の話は、またやります。年末で忙しいので小説は来年です。

 




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ワープ 05 ~タイムマシーン~ かわごえともぞう @kwagoe

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