魔女は微笑む epilogue
潮風を肌に感じながら、冴木は隣にいるみれいとただ黙って景色を眺めていた。
波止場を歩く人たちが、とてもちっぽけに見えた。空や、宇宙から見たらスカイデッキにいる冴木たちも米粒のように小さい存在に見えるだろう。
一羽のカモメが近くに降り立ったかと思うと、後を追うようにもう一羽現れた。どちらからともなく近づいて、クチバシや喉の辺りをつついている。
「冴木先輩、今回も名推理でしたわね」
穏やかな風が、みれいのピンクレッドの髪を揺らしている。
「まぐれだよ」
冴木は本心でそういった。決して謙遜などではない。
「私、一ノ瀬さんと二人で推理していて分かりましたわ。やっぱり探偵にはなれっこないって。だってそもそも犯人の目星すらつけられなかったんですもの」
みれいが少し寂しそうな顔で、カモメを見つめていた。
「誰にだって得手不得手はある。僕は人の心情なんかは読み取れない、けど有栖川君は違う。僕が逡巡しているときに、声を掛けてくれたじゃないか」
「それは……なんだか冴木先輩がどこか遠くへ行ってしまうような気がしたんですの」
みれいがどこか
「どこかって? 僕が帰るのはいつだって君の隣だよ」
「え……?」
聞き取れなかったのかと、冴木がみれいの方へ顔を向けると、互いの視線が交差した。
「あ、いや」冴木は目線を逸らした。「アパートね。隣の部屋だろう」
返事をきいたみれいがクスクスと笑いだした。
「そうですわよね。それに、もうスイーツをお食べになって早くお帰りになりたいんじゃありません?」
「……心情を読み取らないでくれよ」
「誰のでも読み取れるわけじゃありませんわ。冴木先輩が分かりやすすぎるんですのよ」
「そうかな」
「そうですわ」
そこで、急に電子音が鳴った。冴木はスマートフォンを持っていないので、必然的にそれはみれいから発せられたものだと分かる。その音に驚いたのか、二羽のカモメは飛び立っていった。
「もしもし……えっ! それは本当ですの!?」
冴木の役に立たない第六感が、危険シグナルを発する。だが、その場を動く気はなかった。
「冴木先輩、また事件ですわ!」
「君も大変だね」
「他人事じゃないですわよ、さぁ行きましょう。冴木先輩は私の名探偵なんですから!」
みれいが鼻息荒く手を掴んで、船内へ向けて歩き出す。
まるで引きずられるようにして、スカイデッキを後にする。いつだって冴木の意志はたんぽぽの綿毛のように吹かれるままだ。
「全く……」
冴木は満更でもない様子で、小さくぼやいた。
「探偵なんて、うんざりだ」
その声はさざ波に掻き消されて、誰にも聞こえることなく消えていった。
探偵なんて、うんざりだ。 霧氷 こあ @coachanfly
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