第2話 お父さんエルフは話したい

その昔、魔族という悪魔の種族が大陸全土に対し侵攻を開始した。

当時、魔族を統べる王——魔王として君臨した独裁者は卓越した手腕で軍事展開を行い、また高いカリスマ性を持っていた事から魔族たちは自滅もいとわぬ覚悟で大陸を攻め、魔族以外のすべての種族は恐怖の底に叩き落された。


しかし、いつまでも魔族たちを野放しにしていては世界が滅ぶと悟った国々は、すべての種族が協力して魔族に対抗すべく兵力を共有する仕組みとして作られた組織がギルドだった。


ギルドは既存の兵士だけでなく、長期的な戦闘に備えて兵士の育成や魔術の普及、食糧の確保など様々な支援策をすべての国と共有し、数百年にわたる魔族との戦争が魔王の討伐という偉業によって終結した。


やがて魔王討伐の話は伝説として語り継がれ、歴史の1ページとして刻まれることとなった。



☆☆☆


「ひきこもりの娘を社会復帰させたい」


グレンは目の前の高級そうなローブを着たいかにも高位の身分だと思わせるエルフ族の男性より、娘の社会復帰について相談を受けていた。


「ええと……大変恐縮ではございますが、こちらは求職課で仕事をご紹介する窓口でございまして、福祉課で一度ご相談されてみてはいかがでしょうか」

「先ほど、その福祉課に相談に行ったがこちらの窓口を案内されたのだが?」

「それは大変失礼いたしました。それでしたら、一度こちらでお伺いいたします」


エルフ族より相談を持ち掛けられることはとても珍しい。

珍しいという事は前例に乏しく、保守的な組織でもあるギルドでは前例の無い事案については忌避する傾向にある。

本来なら社会復帰させたい家族の相談を聞くのは福祉課の役割であるはずなのに、福祉課はあろうことか面倒事だと判断した相談者を求職課へたらい回しにしたのだ。

グレンは心の中で福祉課に悪態をつきながら、話を聞く準備を整えた。


「それで、ご息女は現在ご自宅に?」

「ああ、そうなる。恥ずかしい話なのだが娘は生まれた時から引っ込み思案で、あまり人と話したがらないのだ」

「ちなみに、そのような状態になってからどれくらいになりますか?」

「およそ二百年になる」


二百年。

そう、エルフ族は人類では計り知れないほどの長命種だ。

エルフ族の相談が面倒事となる最大の理由が、長命種ならではの問題に起因する。

親身になって話を聞こうにも、エルフ族では寿命のスケールがあまりにも違い過ぎるため、その言葉通り”話にならない”のだ。


「左様でございましたか……ちなみに、エルフ族専門の相談窓口はご存知ですか?」


だからこそ、エルフ族の悩みはエルフ族に聞いてもらうのが一番なのだ。

グレンはすかさず、ギルドではない外部組織にエルフ族が運営しているエルフ族専門の相談窓口があることを伝えてとっとと話を切り上げようと思っていた。


「無論だ。だが、奴らはどうにも信用ならない。以前も相談に行った時は娘に必要なのは療養期間だと言って、高いカウンセリングまで受けさせていたのだが、これといって何の進展もなく二百年が過ぎた。奴らが本当に仕事をする気があるのか、まったくもって信用ならん」

「左様でございますか……」


だが、グレンの目論見はすぐに砕け散ってしまった。

エルフ族は長命であるがゆえに、問題解決の時間も相当な長さになる。

だが、エルフ族にありがちな牧歌的な対応に当のエルフ族本人が痺れを切らしてしまったのだろう。


エルフ族は温厚で理知的な性格が多い傾向にある。

だがそれはあくまで互いにエルフ族同士で生活を営んでいる場合がほとんどで、人間社会と共生しているエルフは時間感覚を人間に合わせる必要があるため、たとえエルフ族同士であっても意見が食い違ってしまうことがあるのも無理はない話だ。


だからと言って、人間の尺度でエルフ族の問題にあたって良いものか。

グレンは心の中で迷っていた。


「ちなみに、ご本人様は社会復帰について何か明確な意思などはございますか?」

「ううむ……まぁ、娘も年頃なのでな。時折、外を見ては自分も出かけてみたいと口にする時があるのだが」

「それでしたら、まずいきなり仕事から探すのではなくご家族で一緒に散歩したり、外の世界に興味を持っていただくように接してみてはいかがでしょうか。もちろん、お仕事でしたら簡単なお手伝い程度の求人をご紹介いたしますので」

「そうか……まぁ、そうだよな。だが、私も仕事が忙しくて娘とどう接して良いのか、私もあまり分かっていないんだ」


グレンはそれを相談されてもなぁと心の中で思った。

決して表情には出さないが。


「やはり、そういった問題はご家族で一度しっかりと話し合ってみるべきだと思いますよ。私どもとしても、職業相談であればご本人様と直接お話をお伺いしたいですし、ご家族の方と同伴でも構いませんので、ギルドにお越しいただける様になりましたら、微力ながらご協力させていただきます」

「ありがとう。失礼だが君の名前は?」

「申し遅れました。私、ギルド求職課のグレン・オスカーと申します」

「グレン君か、分かった。次もまた、ぜひ君に相談したいと思う」


グレンはしまった、と思ったが時すでに遅し。

すっかり担当者だと思い込んだエルフ族の父親は、丁寧な所作で何度もグレンにお礼の言葉を述べて去っていった。


「グレン君。あのエルフの方がご来所された時は、君に話を聞いてもらうようにするから」


会話の一部始終を遠くから見ていて、何一つ手助けをする素振りさえ見せなかった課長が、話が終わったタイミングでグレンに告げた。


頑張ってと課長に肩を優しく叩かれたグレンだが、これでまた一つグレンはギルドという職場を嫌いになりそうだった。

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ギルドで職業斡旋している職員だけど辞めたいんだが ハンパー @hamper2024

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