ギルドで職業斡旋している職員だけど辞めたいんだが

ハンパー

第1話 ガテン系ドワーフさんは教えたい

「だからよ、俺もエルフたちのような吟遊詩人になりたいんだよ!」


泥で汚れた薄汚い作業着に身を包み、おそらく手入れをしていなさそうな長いひげを揺らしながら、ドワーフの男はギルドの職業相談窓口で大きな声をあげていた。


「ですから、先ほどから何度も申し上げている通り、ギルドでは吟遊詩人といったお仕事のご紹介は行っていないんですよ!」


そのドワーフの男と相対して負けじと反論しているのは、ギルドの職員であるグレン・オスカーという青年だ。

グレンは昼休みを返上してまで一時間以上ドワーフの男に同じ説明を繰り返しており、朝から処理しなければならない山のような書類がほぼ手つかずで残っているため残業を覚悟していた時に、ここまで長引くとは思わなかったドワーフの男の無茶な要求に対し同じ問答を繰り返し続け、もう昼休みも終わる頃合いだというのに朝はろくに食事を摂っておらず空腹で苛立ちを隠せなくなってきていた。


「それは俺がドワーフだから、土木系の建築作業しか募集が無いんだろうが!」

「求人に種族は関係ありませんよ。そもそもの吟遊詩人という仕事が募集されるような職種ではないんです」

「嘘つけ! それならあのエルフたちはどうやって生計を立てているんだ! 広場でもチヤホヤされやがって……」


吟遊詩人とは俗称であり、ギルドでは無職や遊び人と扱いはそう変わらない。

ただエルフ族は高度な学問を確立しており、余暇の遊びに詩や音楽といった創作活動として吟遊詩人といった活動を行うこともある。

卓越したセンスと高い知性を持ち、しかもなぜか長身で美形が多いエルフ族は特に若い女性からも好評で、エルフ族の吟遊詩人が来た時は広場が若い女性で埋まることもあるくらいだ。


現場仕事ばかり回されているドワーフの男は、そんなエルフたちがどうにもお気に召さないらしく、自分もそんな仕事がしたいと言ってきているのだ。

無茶である。


「エルフという種族で一括りにされるのもいかがなものかと……エルフ族の方でもあなたのように建築系のお仕事をされている方もいらっしゃいますよ?」

「あいつらはな、設計やら施工管理やらで現場仕事なんてほとんどやらねぇんだ! 不公平だろうがよ! そんで俺たちドワーフはいつも最前線で暑い日でも寒い日でも肉体労働ばかりで酷使しやがる!」

「種族的な優位性というのは確かにあります。エルフ族の方々は自らの領土で高度な学問の育成機関を持っています。しかし、ドワーフ族の方も決して例外ではなく建築以外にも宝飾や武具といった高度な鍛冶技術を持った職人を育成するノウハウを種族で独占している側面もございますので、種族によって適職が偏ってしまうことは実際問題としてあります」


基本的にギルドは国の行政とは関りを持たない独立した組織だ。

グレンの住むオリエタル王国では貿易が盛んな国でもあるため、様々な種族が住む国ではあるが、一方でエルフ族の住む国やドワーフ族が住む国でもその国の方針にギルドは一切関与しないことがその国家との協定で明記されている。


つまり、国が種族の優位性を活用して生産を伸ばしノウハウを独占するならば、その国民の適職が偏ってしまう現象はどうしても起こってしまう。

ドワーフは鍛冶、宝飾、採掘などの技術者を多く輩出しているから適職もそういった現場仕事に偏ってしまうし、エルフも設計や測量、学者などの頭脳労働をさせる事に向いているという傾向になってしまう。


共和国といった多種族で治める国であったり、オリエタル王国のように政治は絶対王政ではあるが他種族の受け入れに寛容な国では求人に種族で限定することはない。

ただ、どうしても種族で得意とする分野がはっきりと出ている以上、採用する側も種族で選んでしまいがちになってしまうのだ。


「でもよ、俺は現場仕事じゃなく自分の能力をもっと活かした仕事がしたいんだ! 例えば、新人の育成なんかも得意なんだぜ? そういった専門技術を指導するような仕事がしたいんだ!」

「そうでしたか……それなら、ギルドでも技能開発といった技術職の育成プログラムを用意しておりますので、その指導員であれば募集が出ていると思いますよ」

「それだ! それなら俺の能力が活かせるかもしれねぇ! 紹介してくれ!」

「かしこまりました。管轄が異なるので総合受付に技能課を尋ねたらご案内できます」

「ありがとよ! んじゃ、ちょっと行ってくるわ!」


ドワーフの男は意気揚々と総合受付に向かって歩いて行った。

グレンは自分のデスクに戻って大きくため息をついた。

もうすでに昼休みが終わりを告げ、周囲が黙々と仕事を再開していたので自分だけ休憩するのも気が引けたが、課長はグレンに休憩を取るように指示してきた。


休憩室で遅めの昼食を食べていた時、ニヤニヤと笑いながらグレンのもとに近寄ってくる男がいた。


「よぉ、グレン。相変わらず疲れた顔してんな」

「なんだジル。また仕事をサボってるのか?」

「今日は暇なんだよ。それに、監査課が暇なのは平和の証なんだぜ?」


彼は、ジル・エルコーダというグレンとは同期でギルドに採用された職員だが、平民出のグレンとは違ってエルコーダ家という貴族の御曹司であるジルは、ギルドの監査課というエリートが集まる部署に配属されていた。

同期のよしみでグレンのもとにふらりと遊びに来てはからかいに来る。身分や地位は一切気にせず接してくれるグレンにとってはありがたい友人のひとりである。


「さっきグレンと話してたドワーフのおっさんな、今度は技能課でボヤいてたぜ」

「……そうか」

「ひどい男だよなぁ、グレンは。指導員で採用されないと分かっていながら紹介するなんてよ」

「まぁ、あれだけ熱望されたら無下にするわけにもいかないだろ。どのみち経験不足や動機不十分だとしても、それは自己責任だからな」


グレンはギルドで働くことを少しだけ後悔していた。

採用された時は家族全員で喜んでくれたし、グレンもエリート官僚になることを目標にして一生懸命に仕事を覚えてきた。

しかし、ギルドという組織も表向きは公明正大に出自を問わず雇用を促進していくなどと謳い文句にしてはいるが、その実態は学歴や身分によって役職から昇進にいたるまでガチガチに縛られ、格差が浮き彫りになったような保守的な組織だった。

それはつまり、平民出のグレンにとっては今以上のポジションに昇進できる可能性そのものが低いということを、ギルドという組織で四年働いているうちに嫌でも思い知った。


とはいえ、給与に関しては民間で働くよりもずっと高い水準なので両親への仕送りをしてもお釣りがくる。

だからギルドでどれだけ嫌な仕事をしていても、転職をするほどの決心がつかないままでいた。

だが、このまま保守的な組織で働いていても良いものか、グレンは答えがまったく見えない問題に悩まされるような、妙な息苦しさを感じ続けていた。


「なぁ、ジル。生きていくって大変だな」


同期に漏らした言葉は、今のグレンにとってひどく単純な本音だった。

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