Ayakashi - per Mechanica

森茶民 フドロジェクト 山岸

山間雨 はてね



 樺や楠が茂る曲がりくねった山道を登れば、暗い木目が良く映える長閑な坂街が見えて来る。

 その街の中心とも外周とも言えない隠微な場所には、変わり者が店主だと言う店が開かれている。

 そこは、拡張義体の追加拡張機能専門店──つまるところ義体の改造屋なのだが……特異なのはそこでは無い。そのお店は、「設計図も含め、ほぼ全てが自動機械任せ」では無く、「殆ど全てを人力」という非合理極まりない事をする、そんなお店であった。



 カチャカチャと、金属が小刻みに触れ合う音が響く板張の──赤杉だろうか?──その狭い店内。男が一人、背を天井に向けて寝台に寝そべっており、男の背中に接続されている箱に、部屋の隅に在る大きな箱の様な物から伸びている四本の機械腕が小刻みに動き、作業を行っていた。

 手持ち無沙汰で暇なのか、寝そべっている男が、機械腕を操縦している者へと話し掛ける。

「そいやぁお前さん、自動機械は使わねぇのかい?有るんだろ?」

 大きな箱の者は無関心そうな声音で答えた。

「お前のは特殊だからな」

「そうは言ってもよお、国家資格持ちなんだろ?なら、読み込ませれないって訳じゃねぇんだろ?そっちの方が楽じゃねぇのか?お前さんいつも言ってるじゃねぇか、もっと時間が欲しいって」

「今日は随分とお喋りだな。まぁ答えてやるけどよ、確かにアレを使った方が楽だ。だがな、アレは強化パッチがな、イタチごっこだし、金が嵩むんだよ……」

「あぁ〜また何か突破されたらしいもんなぁ……あれ?でもお前さん、ここ闇じゃ無ぇんだろ?補助金貰えんじゃねぇのか?」

「確かにそうだけどよ、そっちに金回しちまうと、買いたい部品が買えなくなんだよ」

「へぇ……どこも世知辛ぇもんなんだなぁ………」

 よし、終わった。そう大きな箱は言って、寝そべっている男の背中の箱をパチリと閉めると、四腕は縮こまるように折り畳まれて、その根元の大きな箱から二本の追加腕を装着した男が出て来る。この男がこの店の店主なのだ。

 「で、何が言いたいんだ?今日はえらくお喋りじゃねぇか」

 店主は樹脂ボトル飲料を寝そべっていた男の近くの机に置いて話を促した。

「あぁ……やっぱり、分かっちまうか……」

 沈痛な面持ちで視線を彷徨わせ、何度か口を開閉させる。

 トコトコトコ……少し間、壁を叩く雨の音ばかりが店内をこだまする。

 男ははぁと溜息をつくと、意を決した様に飲料をぐいと飲み込み、実はな……と話し始めた

 



 ああそろそろ終業時刻だなって事で、いつもの通り出入センサの確認をしてたのよ。うしたら、山ん中入ったまんまで出て来てねえ奴が居るってエラー吐きやがってよ。

 まぁ念の為その記録を確認したんだが……確かに一人、165センチくらいの手ぶらの女が、この山に入った儘、どこにも出てねぇみてぇでよ、見た感じガキじゃねぇし、出入届けも無かったからよ、あぁ面倒くせぇって、同僚と駐在さん呼んで、その3人でドローン飛ばしたんだよ。だけど、その女らしい生体反応が無くてな、あぁ面倒な事に成ったなって思って、通報したんだ。

 んで、次の日、つまりは今日の朝なんだけどよ、警察と消防が来て、その時は偶々大きな何かから隠れてて、反応しなかったのかもしれないっつって、何かゴツいドローンを10台ほど展開してたら、お前も知っての通り、雨が降って来やがった。雨が降ると、受信が難しく成るじゃねぇか?まぁ、一応飛ばしたんだが、やっぱり反応しなくてよ。ここら辺、大きな谷とか無いからさ、反応しないなんて、小さい、洞窟どうくつ未満のくぼみか、野生動物が掘った穴が、色々複合的に巨大化してて、そこに落っこちたとか、仏に成ってるかしか無いから、とりあえず、その窪みを回ったんだが、まぁ、居なくてな。

 あぁ、こりゃいよいよ、山狩りしねぇといけねぇって、一度麓に降りようとしたら、急に土砂降りに成って来やがってよ、地盤強化が有っても一溜りがねぇって程でな。急いで降りようにも、まさに一寸先は闇って具合の凄まじさで、ほんの1メートル先も見えなくてな、そりゃもう焦ったのなんのって、なるべく急いで歩いたさ。

 でもよ、思ったんだよ。ここってそんなハゲ山じゃねぇよなって……

 当たり前の話しだよな、地盤強化にゃ、植林が必須だ。そのかいあって、ここらの山は緑豊かだ。中に入っちまえば、空も見えないくらいにだ。そんな所で、桶で水被ったみたいに一瞬でびしょ濡れに成るなんざ、明らかに変だ。

 そりゃあ、即座に診断プロトコルを実行したさ、でも、どこからも侵入された形跡が無くてな……

 もう、こりゃ普通じゃねぇ、ヤベェってんで、大声出して周りに呼び掛けたんだが、ごうごうごうごう凄い音でな、あぁこりゃ聞こえねぇなって、ちょっと立ち止まって、後ろの奴を待ったんだよ。でも、いくら待ったって来やしねぇ。俺だって、一瞬すれ違ったんじゃねぇか?って頭をよぎったさ、でもよ、お前さんがプロの様に、俺達もプロだ。警察や消防だって、この山に来る回数は俺達よりは少ないが、ここら辺山ばっかなんだ。俺達が選んだ安全な道から外れるなんて有り得ねぇ。

 つまり、なんもかんも異常な空間だったんだよ。もう俺ゃ怖くてよ…このまんま降りて大丈夫なのか?って何回もその場で逡巡したよ。でも、そうしたってらちが開かねぇし、ごうごうごうごう、バチバチバチバチってそんな音だけで、回りを見渡しても真っ暗だし、上は怖くて見れねぇしで、もうどんどん不安になっちまってよ…とりあえず、内部インストールした音楽掛けて、絶対人が居るだろう麓に向かう事にしたんだ。

 そしたらまぁ、特に何事も無く降りれたんだけどよ……そこに誰も居なくて、もう必死に探し回ったんだけど、見付からなくてよ、どうすんだよって頭抱えてたら、山から捜索隊が降りて来てよ、まぁ、俺ゃ怒られたんだけど、兎に角ほっとしてな、そこに座り込んじまって、待機の方も自販機まで行ってただけみたいで、もう、何事も無くて良かったぁって話しなんだが、俺明日も当番でさ、ドローンで土砂崩れとか無いか確認しなきゃならなくてよ、何か変なの映り込みやしねぇかって不安で、何か、そういうのが映りそうだったら誤魔化してくれる様な、良い感じのカメラとか……。

「ねぇよ馬鹿。この奇天烈な音ぁ鳴る玩具やっから、麓の病院で安定剤でも貰って来い」

「あ!店主お前、信じてねぇなぁ!」

「バッカお前、んな事ぁなぇよ、興味津々だよ俺ゃ、もう頭ん中その話しばっかだせ?ほら、とりあえずコレ食えよ」

 そうして馬鹿騒ぎして、男はぴぷぅぴぷぅ奇天烈な音を鳴らしながら、傘を差して帰って行った。


 扉が開いた瞬間に広がる、ざあざあという雨音、ぽとぽとぴちょぴちょという滴の音。

 この山間の街に於いて、雨は珍しい物では無い。雨水タンクと浄水器が置かれて無い家を探す方が大変なくらい、雨が身近な街なのだ。

 だから、こんなふうに霧は立ち込めて、開いた扉の隙間から霧が家屋の中へと入り込むことだって、まま有る事なのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Ayakashi - per Mechanica 森茶民 フドロジェクト 山岸 @morityamin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ