あなたとわたしとこの星と

秋のやすこ

訪れるその時まであなたのもとで

今日もあたりまえに広がっていく青空と太陽。

光が大地を照らして名前も知らない葉っぱがキランと輝いていて、笑ってるみたいでかわいい。

先で立っているかっこいいあなたの顔が、逆光でよく見えない。

背がもうちょっとだけ大きかったらいいのになぁ…


女の子は背が小さい方がいいってよく言うけれど、わたしはそれに当てはまらないみたい。


暑かった夏が終わりを迎えて、そろそろ秋とバトンタッチするころ、涼しげで優しい風がわたしたちを目的地に案内してくれているような気がする。


今日のお出かけはただただ散歩をするだけ…けどそんな歩くだけの時間が好き。

歩くだけの時間が好きというよりは、あなたと歩いていることが好きなの。


少しだけ見上げて眺める横顔、時々こっちを向いて微笑んでくれた顔。私が見つめることで見れる顔と、あなたが見つめてくれることで見れる顔、同じようだけど、わたしにとっては違く見えるの。


はしゃぎすぎて段差につまづいちゃうちょっとだけドジなところとか、わたしよりはしゃいじゃってどうするのー?って思うけど、全部全部大好きだよ。


右を向けば、少し先に海が見える。


「今日、いつもより綺麗に見えるね」


「こうたくんもそう思う?わたしも」


なんだか前に見た時よりも、青が透き通っていて泳いでる魚まで見えてしまいそう。不思議だな、目はそんなに良くないのに。


「降りる?」


「今日はいいかなぁ。こうたくん、近くで見たい?」


「ちょっとね、次来れるかわからないし」


そっか。いつまでも来れるわけじゃないもんね、今日が最後かもしれないんだから。


「じゃあ降りよ!」


「いいの?」


「いいんだよー!こうたくんが好きなところはわたしも好きだから!それに…次来れるかわからないのは、わたしも思うから…」


あなたは微笑んでからわたしの手を握ってちょっぴり早足で砂浜へ続く階段を降りていく。

握られた手はあなたの体温に包まれていて、温かい。

スタスタと降りていく速度は、一人だったら絶対に出さない速度、あなたとだから安心して降りれる。

でもサンダルだから降りにくいんだからね、もー。


わたしが感傷的になっちゃったこと、バレちゃったのかな。


「やっぱり降りてきてよかったー。あのまま過ぎてたら後悔しちゃってたかも」


波打ち際に立って、海水を足で浴びてると、長いこと歩いたこともあってか疲れが取れていくような感じがする。

冷たい温泉みたい。


ざぁからさぁに変換されていく波の音、転がる貝殻、わたしの前を通り過ぎていく小さいカニ。

しゃがんで水平線を眺めるあなた。

今日が綺麗に見えるのはそんな小さな事象が構成してくれているからなんだ。


「やっぱり…人いないね」


「まぁ、俺たちみたいな選択をした人は少ないだろうからね」


明日、この星は滅ぶ。

地球の周辺を回る小惑星が突如軌道を外れて、巨大隕石となって私たちが住むこの星に降りかかる。今この瞬間も、どこかで小さな隕石の破片が降ってる。


国が出した結論は、隕石の対処は不可能ということ。火星に移住するためのロケットが今朝飛び立った。親も親戚も、友達も、みんなあれで空へ行ってしまった。


わたしたちが選んだ道は、この星と、あなたと運命を共にすること。

火星は良い噂を聞かなかったし、なによりこの場所と離れることが嫌だった。


「だって、こんなに綺麗なのに…」


本当にここが火の海になるなんて思えない、だってこんなに青が済んでいて穏やかな風が流れてるのに。

ましてや、わたしたちが死んでしまうなんて。


「湿っぽいのはナシでって言ったのはシオリでしょ?俺たちは最後まで俺たちらしくいよう」


「…バレちゃった?」


「わかるよ。君のことはなんでも」


すごいなぁ、やっぱりあなたには隠し事できないね。


「うん、ごめんね。さっそろそろ行こ!」


パシャリと写真を三枚撮ってから階段を上がって、砂を流してまた歩き出す。


「お腹空いちゃった」


周囲に響かない程度、わたしのお腹の中でご飯の時間だと信号が鳴った。歩いている最中の突然の信号でもわたしはいつでもこの信号に従って生きてきた。


「俺も空いた、どこかで食べようか。冷たいかもしれないけど」


わたしたちが入ったのはこぢんまりとした定食屋。

中は静かで生活感が溢れていて地元の人に愛されていそうな店、綺麗な方をあなたはわたしに出して、わたしはもぐもぐと食べ始める。


「結構不安だったけど大丈夫?もう美味しくないんじゃない?」


お米は硬くなってておにぎりを食べているみたいだしお味噌汁は冷たい。割り箸もなんか変な感じで割れちゃったし、まぁこれはわたしがへたっぴなだけだから何も悪くないんだけど。


「うんん!美味しいよ!こうたくんは美味しい?」


「俺も、美味しい」


「じゃあ一緒だね!」


質も量も高さも関係なくて、体で感じる味覚じゃなくて。心で感じるあなたとの時間と空間が美味しさと幸福を形成してくれるの。それはあなたも一緒でしょ。


いつもはあなたが払ってくれるけど、今日だけはどうしても甘えられなかったから、自分の分を出した。

そして出入り口で扉を開ける寸前「ごちそうさまでした」とキッチンに向かってせーので言った。


ありがとうございましたの声は聞こえず、残っているのは咄嗟に逃げ出していったことが見てとれる倒れた椅子や割れた食器、それと静寂があるだけ。

わたしたちは顔を見合わせてから店を出た。


「あー!綺麗な夕日!」


すりガラス越しから見えてたから綺麗なのはわかっていたけど、ここまでとは思わなかった。橙が海を照らすと青が塗り替わる。神様が星を使って塗り絵をしているみたい。


神様が海を塗り替えるのなら、わたしも色を白に変えてしまいたい。わたしが今着てるワンピースみたいに。

空も海もあなたも世界全部、悲しみも何もわからないように。


またあなたと一緒にこの海が見える街まで、一緒に行きたい。


「家まで送るよ」


「ありがとう」


いつもの行動だけど、多分送ってもらえるのはこれが最後、何十分も歩いて歩いて家までの道がもっともっと長ければいいのにって。

もしも願いが叶うなら、本当に神様がいるなら、あと少しだけ、もう少しだけでいいから、この場所で笑っていさせて。


「じゃあ、また明日」


「朝、迎えに来るよ」


おかえりで迎えてくれるお母さんもお父さんも、今はロケット中で眠れないんだと思う。だってわたしも眠れないから。

ごめんね。最期の最期に親より早くに死んじゃう、最大の親不孝もので、みんな大好き。


「おはよう」


「おはよ」


今日で、終わる。

空を見上げると、お月様より大きい隕石が迫っているのがよく見える。

夏は終わったのに、すごく暑い。


わたしとあなたが初めて会った、学校の屋上がわたしとあなたの最期の場所。


「シオリ、ずっとずっと大好きだよ」


「あー!わたしが先に言いたかったのにー」


「はは、譲れないかな。ここだけは」


そんなの、わたしだって譲れないのに。

あなたもこれが最期なことがわかってるのに、いつもと一緒な顔に見える。

いや、ほんとはあなたも怖いんだ。


あなたがわたしのことをなんでもわかるみたいに、わたしも、あなたのことがわかるみたいだね。もうちょっと早くに気づきたかったけど。


「もしも、また会えたら、あなたと一緒にいさせて?」


「もちろん。僕も君のそばにいたい」


この星が終わる時もその先もずっとずっと、わたしはあなたの大切な人でありますようにと願って願って。

泣いちゃいそうなくらいに幸せなこの日々と、この先の幸せである生まれ変わず、そのままのわたしとあなたがいつかまたこの場所でもう一度会えますようにと。


とうとう星が近づく、破片が次々と全部消していく。どこまでも広がっていくあの大地も、二人で寄り添ったあの日も全部。


あなたはわたしを肩に抱き寄せて、わたしもあなたに身を委ねる。


街の自動避難の音楽が流れて、最期の終わりの合図がわたしたちを刺す。


でも、あなたとならもう怖くないから。







いつしかの日の残骸をどかし、水浸しの階段をスタスタ上がって扉を開ける。

そこにあったのは、誰かと誰かが身を寄せ合って最期を迎えたと考えられる跡だった。

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あなたとわたしとこの星と 秋のやすこ @yasuko88

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