すぎるひかり、ひとつ、ふたつ。

奔埜しおり

センチメンタル

 コツンと額をあてて、窓の向こう側を眺める。

 真っ黒な空、オレンジ色の灯りが、ひとつ、ふたつ、迫ってきてはうしろへ流れていく。

 少しだけ視線を斜め下に向ければ、建物から漏れた灯りが星のように瞬いて、その隙間をおもちゃみたいな車が走っている。

 視線を右に向ける。

 まっすぐ前を見てハンドルを握る横顔が、小さく笑った。


「なに」

「ばれた?」

「ばれるばれる」


 軽やかな笑い声が、静かな車内に広がる。


「ありがとね、運転」

「いーえー。そもそも僕がどっか行こって言ったし」


 車に乗っていくような距離で、どこか行きたい。


 そんなことを彼が言ったのは、先週の事だった。

 色々話し合った結果、高速道路を使う距離にある、という理由だけでアウトレットに行くことになった。


「にしても、たくさん買ったねー」


 ちらりとミラー越しにうしろを見れば、買い物袋が座席の上に並んでいた。私も彼も、あまり物欲はないほうなので、珍しい。


「だな。これで冬は乗り越えられそうだ」

「ふふ、ちょっと楽しみになってきた」

「冬が?」

「うん。選んでもらった服も、冬になれば着れるしね」

「なるほど、確かに」


 彼の口が弧を描いているのを盗み見て、また窓に頭を預けながら外を見る。

 オレンジ色が、通り過ぎていく。


「なんかさ」

「うん?」

「夜の高速道路ってさ、しんみりしない? せん、せんしてぃ、違う、せん……」

「センチメンタル?」

「そう、センチメンタル!」

「なる?」

「なんだろ、なる」

「へえ」

「ならない?」

「うーん、言われてみれば」

「みれば?」

「なる、かも?」

「気、使ってる?」


 はっきりしない答えにそう返せば、使ってませーん、と子供のような返事が返ってくる。

 明るい声色に、思わず小さく笑ってしまう。


「なんかね、小さいころとか。祖父母の家に行くときによく高速道路を使ってたからかもなんだけど。ああ、ここを降りたら、楽しい時間が終わるんだなあって」

「そういう感じかあ」

「うん。今思うと、行きの高速道路ってワクワクしてたし、なおさらかも」

「なるほどね。日常と非日常の間にある道なんだ」

「ああ、確かにそうかも」


 パンっと両手を鳴らせば、隣からくすくすと笑い声が聞こえてくる。


「そのセンチメンタルな感じ、嫌なの?」

「うーん、嫌ってわけじゃないかも。むしろ好き?」

「そうなんだ」

「うん、そう。寂しいというか、胸がきゅってなるけれど、でも、別に嫌じゃないんだよね、不思議と」

「なら、よかった」


 トンネルに入る。

 眼を細めて笑う横顔が、オレンジの光に照らされる。


「……なんか、今日、やけに見てくる気がするんだけど」

「気のせいだよ」

「本当に?」

「いつもと同じくらい見てるから」

「じゃあ、そろそろ穴が空くな、僕」

「空いてる空いてる」

「え、どこ」

「……耳、とか、鼻とか口とか……?」

「じゃあ、穴が増えるんだ」

「例えば?」

「えー……目があと二つ増える。右と左に」


 想像してみる。


「いつでも目が合うね」

「眼鏡かけたら視界が大変なことになりそうだけどな」

「確かに。オーダーメイドの眼鏡にしないとだね」

「高そう」

「違いない」


 軽やかな笑い声が、また車内に満ちていく。

 窓に視線を移しながら、この時間がまだ続けばいいな、と小さく祈った。

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