頼れるうさみみ


 翌日。

 僕は朝一でギルドへ向かい、退屈そうにあくびをしながら施設前の掃除そうじを行っていた職員に声を掛ける。


 白いメイドのようなエプロンドレスに、肩まで掛かる銀色の真っ直ぐな髪。

 何より特徴的な長いうさみみを持つ少女――シロ。


「やあ、おはよう」

「おぁよ……ってあれ、リン早番だっけ」

「いや、ちょっとね。今って他に誰か来てるかい?」

「んーん。まだ私だけ――それよりリン。昨日はよくも……」


 彼女はじとっとした目で僕をめ付ける。

 夜の職務を押し付けて帰宅したことについて怒っているのだろう。

 その手には竹製のほうきが固く、それはもう固く握られていた。


 このままでは話を聞いてもらう前に全身複雑骨折しかねない……なんて。

 もちろん、これは想定済みだ。


「悪かったよ。これはほんの気持ちだ」


 そう言って用意してきた取れたてのバッファローのミルクを投げ渡す。

 受け取ったシロはしばしそれを眺め、はぁ、とため息をついた。


「反省してるならまぁ……いいけど」


 よし、ちょろい。

 

「それで? 言いたいことがあるんでしょ」

「ああ、実はね……」


 と、ここまで取り付けておいて言葉に詰まってしまう。

 ……一体、何をどう説明するのが分かりやすいのだろうか?


 サキュバスを名乗るあの少女について、僕ですらよく分かっていない。

 宝箱に封印されていて、男を見るのが初めてで、しきたりだかでいきなり求婚されて、襲われて……。

 ううん。考えても分からないことだらけだ。


「んー、濃っ。……でなに? どしたの」


 ミルクを流し込んで、シロは心配した様子で顔を覗き込んでくる。

 ……うまく意見がまとまらないなら、とりあえず起きたことを正直に話してしまった方がいいだろうか。


「シロ。信じられない話かもしれないけど、とても真剣なんだ。聞いてくれるかい?」

「な、なに。そんなに改まって……いいけど」


 なぜか頬を若干赤らめてうつむきがちになるシロ。

 まあ、シロは信頼できる友人だ。きっと今回の件についても理解してくれるはず。

 僕は彼女の目を真っ直ぐ見据え、小さく空気を肺に流し込んだ。



「実は昨晩――――宝箱から現れた美少女サキュバスに求婚されて精という精をしぼり尽くされそうになったんだ!」



 ……シロの口から飲んだばかりのミルクが噴出される。

 次にこちらを見た彼女の目は、それだけで周囲の気温を氷点下まで下げかねないほど冷たいものとなっていた。

 そして苦々しく吐き捨てる。


「しね」


 ああ、馬鹿を見る目をしてるー!

 僕は館に引っ込んでしまいそうな彼女を必死に引き留めて叫ぶ。

 

「ま、待ってくれシロ! 僕と君の仲じゃないか!」

「今忙しいんで。エロガキの妄想聞いてる余裕とかないですー」

「本当なんだ! 本当にサキュバスが、魔族がいたんだよ! あやうくお尻の穴も三倍にされるところだったんだ!」

「ちょっと、あんまり大声出さないでよ……知り合いだと思われるでしょ」

「友人とすら扱われなくなった!?」


 僕たちがこれまでに築き上げた熱い信頼関係に涙が止まらない。

 だけどこのままじゃダメだ……僕は何とか閉まりかけたギルドの扉に半身を滑り込ませることに成功する。

 それを見てシロが残念そうに呟いた。


「はあ。しぶとい変態……」

「ひどいじゃないかシロ。せっかく取れたてのミルク・・・・・・・・までしぼってきたのに……」

「ミルク……しぼ……あ。ま、まさかリン、これ・・って……!」

 

 顔を真っ赤にして、わなわなと震える手でミルクの瓶を見つめるシロ。

 そのまま口元に付いたミルクを拭うと、「ひぅ」と小さく鳴いた。


 ……あれ? これはもしかしてとんでもない勘違いをされているんじゃないか……?

 

 慌てて誤解を解こうと口を開いた瞬間――全てが遅かったことを悟る。

 涙目の彼女は片手を大きく振りかぶっていて……。


「――――この、へんたいっ!」


 気付けば眼前に、すっかり中身の消えた小さなビンが飛んできていたのであった。






「……ひどい誤解だ」


 さて、すっかりギルドが活気づくころ。

 僕とシロは施設内に用意されている治療室にて二人きりとなっていた。


「ごめん……。でも、リンの言い方にも問題あったと思う」

「それはそう。いつつ……」


 おでこに出来た傷に消毒を当てられて、ぴりっとした痛みが身体に走る。

 まあ誤解も解けたし、このくらいの傷は安いものだ。

 しかし今後は言い方にはよく気をつける事にしよう……。


「それで、僕はどうしたらいいと思う?」

「んー……とりあえず、その子が目覚めるまでに食事を用意しておいた方がいいかもね」

「食事?」

「そう。空腹で襲ってきたのなら、お腹満たしてあげないと目覚めても同じことの繰り返しになる」


 確かにそうかもしれない。

 数百年ぶりに箱から出たと言っていたし、それだけ経てば魔族であろうと相当お腹が空いているはず。

 

 しかし問題は食事の内容だ……。

 いくら外見だけとはいえ、あんな小さな女の子にサキュバス流の食事をさせるのは気が引けるというか。


「シロ。相手の年齢が合法なら犯罪にならないと思うかい?」

「……なに。そういうのが好きなの」


 そう言うとシロは自身の身体を見る。

 そういうのって何だろう。まさか僕に幼女趣味があると思っているのだろうか。


 確かにシロはルチルより背も高く、年齢差を考えなければお姉ちゃんといった感じだ。

 しかし胸は同様に小さいため、自分もそういう対象と見られているのかと不安になったのかもしれない。

 ここは誤解を解くために一つ言っておくべきだろう。


「大丈夫だよシロ。僕にそんな趣味は無いし」

「どこ見て言ってんのこの変態……っ!」


 なぜだろう。彼女の眼には殺意が籠っていた。


「はぁ……。まあ別に、リンが……その。そういうことする必要は無いと思う。サキュバスにはこれで充分だから」


 そう言って彼女が指したのは僕のおでこを傷付けた空の瓶。


「これって……」

「マーモットのミルク……なんだよね本当に。とにかく、サキュバスってあまり頭良くないから。それっぽいの・・・・・・で十分騙されてくれるしお腹も膨れるの」

「そんな単純に出来てるんだ……身体」


 確かにあまり賢いイメージは湧かないけども。

 

「満腹になれば冷静に話を聞けると思う。色々と決めるのはそれからでいいんじゃない」

「そうだね。ありがとうシロ、助かったよ」

「別に、まだ解決したわけじゃないし。……一度無力化してるから大丈夫だと思うけど、無理そうだったらいつでも言って」

「うん。頼りにしてるよ」


 紆余曲折あったものの頼りになる味方がいて良かった。持つべきものは友達だね。

 とりあえずの策も纏まったところで、実行のため今日はこのまま帰ることにしよう。


 去り際、少し気になっていたことを聞いてみる。


「シロが異種族について詳しいのは知ってるけど、よくサキュバスの生態まで知ってたね」

「ん。まあね。……知ってるよ、誰よりも」


 背を向けていたから、彼女の表情は読めなかったけど……。

 それはなんだか、妙に含みのある言い方な気がした。

 

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嫁がサキュバスでもいいですか? 小さくてもいいですか? 門番 @kaedemel

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